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『オレとあんたとドレッド号』
モーla1404)&ホリィ・ホースla0092)&ドレッド号la1404#FS-10

 インターフェイスはコミュニケーション・モンスターでなければいけない。なぜかって? キャリアーの乗員がコミュ障でもいいようにだ。
 モー(la1404)の義体を製作し、メンテナンスを一手に引き受けている技師は、モニタの向こうで胸を張って説明してくれたものだが、モー自身はどうにも納得がいかなかった。
 ヴァルキュリアの義体は、意思なる電気信号器を巡らせて事を為す器に過ぎない。と言いつつかなり深刻に相性が存在するので、乗り換えた数秒後にはあっさり馴染んで自然に動かせたこの体、相当に相性がいいんだろう。
 まあ、あたりまえって言やあたりまえなんだけどな。二代前に使ってたのとほとんどいっしょなんだからさ。
 ただし。問題は一代前の義体とはあまりに大きく異なっていることだ。誰だってとまどうだろう? いきなり4を2に、4を1に減らされたら。
 どうしたのかねアレかねアレ? とかうざったく訊いてくる技師をイラっとにらみつけ、モーはダミった声で回答する。
「この新しい義体、なんで牛じゃなくて女子なんだよ!?」
 おう、“なん”と“し”でライムか。だが、リリックが弱くてライムが浮いてるな。フロウも一本調子だからこう……
「ラップしてねーわー」
 げんなり言い返し、モーはあらためて自分の体を見下ろした。
 メリハリ効かせたナイスバディは健康的な小麦色。金の髪は挙動に合わせてしゃらりとなびき、碧眼には映らないその顔も、愛嬌と凜然が同居する美少女タイプである。……うん、とても昨日までジャージー牛だったとは思えない変わりよう。
「コミュ障、普通にドン引きじゃね?」
 これなら普通に牛のままでよかったんじゃなかろうか。数百キロ級のボディにはなるが、抱きつくとあたたかいし、マスコット的な癒やし効果も狙えるかもしれないし。
 しかし技師はいやいやとかぶりを振って。
 君にその体を用意した理由はコミュニケーションだけのことじゃないのさ。
「じゃあなんだよ?」
 決まってるだろう。牛だと出てこれないからだ。

 彼女――あくまでボディに合わせての人称代名詞ではあるが――は現状、専用キャリアー“ドレッド号(FS-10)”のブリッジに設置された“操縦水槽”へ、上下逆さま状態で浮かんでいる。それ以上のことは想像にお任せするが、その通りの有様でだ。
 と。モーが逆さまで浮かんでいるこの水槽、せっかくなので解説しておけば、深さ4メートル、幅6メートルの透明な“風呂桶”である。
 技師的には、風呂状ならぬ筒状にしつらえ、艦内へくまなく巡らせる予定だったのだが……モーの強い要望を受け、艦首へEXISの衝角を設置する突撃仕様に改修されたことで、シンプルなものにせざるをえなくなった。すなわち、モーから発せられる電荷式命令信号の受信体である超々電気伝導ゲルをひとつところへ詰め込み、その物理的な量をもって頭脳=モーを守るシステムに。
 おかげでブリッジは水槽でいっぱいいっぱいだし、中から這い出してくるだけで大仕事な有様。確かに牛のままではまず中に入れないだろうし、入れたとしても出てくるのは不可能だ。
 まー、入っちまえば牛でも問題ねーんだけどな。中にいたら栄養直入れされっから腹も減んねーし、出るもんもねーからトイレ行かなくていいし。考えてみたらそれって神じゃね?
 なんていう思考に反応し、水槽の底が七色に点灯する。
 浮いてるだけじゃ寂しかろう? とかいう技師の気づかいによる機能なのだが。
「ラブホじゃねーんだからさぁ……」
 よくわからない機能さえなければいい艦(ふね)なのだ、モー曰く「オレの本当の体」なドレッド号は。
 まずもって思いきりがいい。衝角使用時に艦を衝撃から守る耐ショック設備と武装管理機能――戦闘時には立ち入り禁止となる無人区域――で埋められた前部と、巨大なエアインテークを備えた加速特化型エンジンを詰め込んだ後部。有り体に言えばアンバランスに過ぎる突撃仕様である。
 そして残された中央部だが……ブリッジ同様、けしてスペース的に恵まれているとは言えないながら、アサルトコアのカーゴや人員の居住スペースを備えていた。
 カーゴから近過ぎて落ち着かないとか、各室が狭くてぎゅうぎゅうだとか問題も多いわけだが、このへんはしかたない。ハイパーブースト中のエンジン近くにいたら落ち着くどころじゃないし、突撃した艦の前部にいたら普通に死ぬし。
 それによー、難癖つけるよかいいとこ見ろってハナシだろ。
 そう。待機人員が出撃するために辿る導線が短く、いざアサルトコアに乗り込めば横360度×縦180度の回転式カタパルトの力でどこへでも撃ち出してやれる。これは一般的構造を備える他のキャリアーにない大きな利であろう。
 それだけじゃねーぞ? ドレッド号はな、カッコいい!
 カメラを艦内から艦外――ドレッド号を係留した洋上浮きドック「オリーブ」の整備点検用へ切り替える。
 幾隻ものキャリアーが収納されたドック内だが、艶を抑えた緑で塗装されたドレッド号は重く厚い風情を湛え、際立っていた。
 そしてなにより、艦首を白く飾るドクロマークである。
 真っ向からこれを見据えた敵の末路を予言するものである。すなわち「この虚なる眼孔と対した者は死するであろう」。ただしここでは終わらない。続く文言は「あるいは我が頭蓋砕かれ、爆ぜ散るものか」。
 敵がどんな悪夢だって逃げやしねーさ。活ってのは死中にあるんだろ? だったら死の輪っかくぐって取りに行くだけだぜ。
 胸の内で決めたモーを、ささやかなアラームが呼んだ。艦内に侵入者あり。
「防壁は!? スルーされたってなんだよ……生体パターン解析」
 そこまで命令しておいて、詰まる。
 さっきまで騒がしかった技師が黙り込んでいるのはなぜだ? 視線を微妙にずらして、普段は飲まないお高めなエナジードリンクをすすり込んでいるのは……
「おい、あんたまさか、買収」
『サプライズだよ子猫ちゃん、サ・プ・ラ〜イズ♪』
 がぼごぼげべぶべ! ゲルの内であわてふためくモー。
 ドックに係留されたドレッド号は、その管理顕現の約76パーセントをモーから外部へ委譲することとなる。“ヤツ”に買収された技師が艦の監視システムへ干渉したなら、モーには感知のしようがないのだ。
 じたばた水槽から這い出そうとしては滑って落ちているらしいモーの有様をスピーカー越しに聞きながら、ヤツことホリィ・ホース(la0092)はやれやれ、息をついた。
「愛しいあたしの帰還に駆けつけてようとしてくれるのはうれしいけど、落ち着いておくれよ。あたしは逃げやしないから」
『逃げんのはオレだあああああ!!』
 おやー、なにやら非歓迎ムードだねぇ。
 思いながら、ホリィは手元の資料へ目を落とす。技師から横流してもらったモーの新義体。新しいのに懐かしく感じるのは、それが過去のアップグレード版で、だからこそ過去の記憶が蘇るせいだ。


 アサルトコアでSサイズナイトメアの防御陣を突き抜け、爆撃誘導用のビーコンを打ち込み、離脱する。
 それがSALFからホリィへ与えられた任務であり、彼女が敵陣の内に在る時間を最小限に削減するための輸送機で支援火力こそがドレッド号だった。
 それにしてもこの塗装とドクロ、アニメの宇宙海賊を思い出させる代物である。さらにはかわいらしい声で『頭脳戦艦ドレッド号、しょーがねーから乗っけてやるぜ』とか言うわけだ。逆に興味を引かれ、ホリィは乗り込んだ。
『まさか、戦う理由は自由のため? それとも勝利、栄光、名誉、父上のためとか?』
『は? 頭沸いてんのかよ?』
 頭脳戦艦を名乗るものだから厨二病かと思ったのだが、実際はただただクソ生意気で。それもまたホリィの興味を掻き立てる。
 なんだろうね、声からしてかわいい女の子なのはまちがいないのにこのやさぐれ感。でも、不思議なほど曲がってないんだよ。気持ちがまっすぐな子は、きらいじゃない。
 むしろ大好物だ。とまでは思考に乗せぬまま、彼女は案内に従って艦内を進む。
 それにしても偏った船だ。案内図を見る限り、前部は耐ショック構造、後部はばかでかいエンジンで埋められていて、人やアサルトコアが乗っていられるスペースは中央部へ寄せ集められていた。
 そもそも現状のキャリアーは的として巨大な割に装甲が薄く、とても前線の楔として機能できる代物ではないのだ。それを無理矢理に突撃仕様艦として仕立て上げるのだから、当然犠牲になるものが出てくるのだろう。
 ただし、ここで犠牲に数えられるカーゴスペースと居住区は、平時であればこそ犠牲だが戦地においては逆の意味を持つこととなる。
 真っ先に的となる前部、必然的に狙われる後部、どちらにも“人間”が存在しないことで、思いきりのいい戦闘機動が可能になる。
 しかもなにより大切なライセンサーとアサルトコアを散り散りにしないことで、装甲を集中させて守り抜くことができるのだ。この任務にドレッド号が選ばれた理由は、そこにある。
 一点集中型の強みってわけだ。ホリィは導き出した結論を「まあ、それはともあれ」と放り捨て。
 これからいっしょに死線を跨いで往復するんだ。命賭けの共連れは声以上にかわいい子がいいね。

 果たして。
 ホリィはブリッジの出入り口の向こうに鎮座する操縦水槽のただ中に、金髪碧眼の美少女を見出す、
『俺が頭脳戦艦の脳みそってわけだ。一応、この義体の認識名はモーってことになってる。で、おまえが俺に落っことされるアサルトコアの脳みそか――ってなんだよなに無理矢理ブリッジ入ってきてんだよいやいや上着脱ぐな水槽によじ登んなダイブすんなあああああああああ!!』
 あたしはあんたと出逢ってしまった。それ以上に語ることはないよ子猫ちゃん。それでもトークがしたいなら、あたしはその口を塞ぎに行くだけさ。
 と、いうようなことをゴボゴボ言い放って、ホリィはモーを抱き寄せた。そしてその後のことはご想像にお任せするわけなんだが、それだけではあまりにもなので、この後演じられた作戦については報告しておこう。

 地上からの長距離攻撃をドクロ輝く艦首で押し割り、投下ポイントまで辿り着いたドレッド号はカタパルトに自らをセットしたホリィ機にゴーサインを送る。
『狭いカーゴからようやく広い空へ出られるかな。とは言っても、敵弾に塞がれてて眺めはそれほどじゃないけど』
 コクピットのあちこちに据えつけたカメラへ自らの姿を映すホリィは、意識が分散されているとは思えないなめらかな手捌きで愛機を発進させた。
 ドレッド号は、でたらめにブースターを噴かして回避機動を行うホリィ機を支援しつつ旋回、突き上げてくる敵弾を回避する。
 ダメージの怖さは積み重ねにある。小さな傷が引っ掻き続けられることで裂け、重傷化するようにだ。この艦のコンセプトである一撃離脱が為し得ず、上空待機を続けなければならない以上は、装甲に頼って呆けてなどいられない。
『サイズはとにかく、さすがにこれだけの数がいると壮観だね。地の果てまで埋め尽くす悪夢の欠片、ああ、覚えのない詩心に目覚めそうだ』
 どうやらホリィ、動画投稿サイトへアップするための動画素材を撮っているらしいのだが……モーからすればそんな場合かと思うよりない。Sサイズがアサルトコアの脚へしがみつき、よじ登ってきているのだ。あれがコクピットハッチの強制解放装置にまで辿り着いたら、ホリィは生きたまま食い殺される。
『おっと、相方が心配してるみたいだ。言葉はなくとも心は通じるもの。その前に体で通じてきたんだけど』
 モーがなにかを言い返すより早く、ホリィは自らハッチを跳ね開けた。それと同時、両手へ握り込んだパームガンに火を噴かせ、腰まで上がってきていたナイトメアをぶち抜く。
『迫るナイトメア、そいつを撃ち払うパームガン。ホリィ“Palmy”ホースがモニタの向こうの子猫ちゃんたちに贈る安心で安全なスリル劇場、楽しんでもらえたかな?』
 ハッチを元通りに閉めて敵陣のただ中へ突っ込んだホリィ機は、地へビーコンを叩きつけ、ドレッド号へ手を挙げてみせた。
 敵の攻撃を引きつけるべく、100メートルにまで高度を下げていたドレッド号は、それこそ額をすりつけるように敵の弾幕を押し払い。ホリィ機を回収するとすぐにハイパーブーストを起動、一気に戦域を突き抜けた。
『さて、敵を置き去って飛んでいる途中だけど、ここでカメラを止めようか。子猫ちゃんたち、次の戦場でまた逢おう』
 と、ハンガーに固定された機体の内より、ホリィがモーへ語りかける。
『というわけで、初めての共同作業も100点で終えられた。これからそっちに行くよ。今日って日を100点以上の120点で締めくくりた――』
 ハンガーから緊急解放されたホリィ機が、がぱっと開いたカーゴの下部から落ちていく。戦域から外れたSALFの支配地域であればこその実力行使ではあったが、ここまでやられてもホリィは120点をあきらめず、その猛攻にげんなりレベルを超えたモーは牛型義体へ篭もって草を食んで過ごすことになる。


『そこ動くなよ! 絶対動くなよ!』
 スピーカーからあふれ出るモーの声音に薄笑み、ホリィは談話室のソファに背を投げ出した。
 この部屋の広さは20畳ほどで、壁際をタオル地のカバーをかけたローソファーが取り巻いている。ちなみになぜカバーがタオル地かといえば、基本薄着のモーがシャワー上がりにダイブしたときに水気を吸い取り、さらりとした肌触りを保証するためである。
 この談話室はモーのお気に入り空間で、だからこそホリィのお気に入り空間。それを抜きにしても、モーが滅多に使わないので極端に数が少ないトイレと繋がる貴重な場所、必然的に指定待機場所ともなっているわけだが、ともあれ。
「ああ。もちろんあんたの言いつけはちゃんと守るよ。だってあたしはいい子だからね」
 しれっと嘘をつくホリィ。
 しかし、モーの意に反して追いかけるつもりは、今日に限り、ない。
 どうやらこの艦をうまく操るには人型でなければならないらしい。実際、モーが牛状態だったとき、ドレッド号は戦闘への出動はしなかった。
 ここはもう、あたしの家でもある。家内安全を守るのは旦那の仕事だろう。せいぜい嫁が気分を損ねて牛にならないよう努めるさ。
「あー、そろそろ動いていいかな?」
『まだだっての! ってか外部ハッチ開かねーんだけど!』
 キーっと憤るモーの声をBGM代わり、ホリィは煙草の箱から1本を抜き出し、火を点けた。
 モーがいろいろあきらめて談話室へやってくるまで、もう少し時間がかかるだろう。
 あたしはゆっくり待つとするよ。これまで意外なくらい待ち続けてきたんだ。あと少し待つなんて、わけもないさ。


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2020年04月02日

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