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『一閃 1』
水嶋・琴美8036

 自衛隊内非公式特殊部隊、特務統合機動課所属である無敗のくノ一、水嶋琴美(8036)に与えられた今回の任務は――とある要人の暗殺である。

 まぁ、要人と言っても、この場合国家の中枢に属する様な要人では無く、あくまで民間人、ではある。
 但し民間人ではあっても、世界各国への影響力を考えると――単なる民間人とは到底言えない、只事では無い相手でもあったりする。
 機密上詳細を書き記す事は出来ないが、現代の世を構成するのに不可欠なネットワーク、コンピュータから各種インフラに――ごく身近な家電や自家用車、ひょっとすると各家庭や施設、場合によっては街自体まで。スマートの名で包括されるそれらインテリジェンスパッケージ全てを制御する根幹――に当たる重要な規格が存在する。それを水面下で隠密裏に、かつ暴力的に脅かし、制圧しようとしている「表の会社組織」の貌も持ち合わせている裏の組織――その長が、今回暗殺対象になっている要人になる。

 表向きの方法としては、規格自体を保持する巨大企業を狙った、様々な方面からの――そして同時に、目聡い投資家達からも隠し遂せる様な方法での密やかかつ確実な株の買い付けや資産の買収。そして裏向きでは――表とは比べ物にならない程の「色々」になる。それこそ手段を選ばない。暴力や犯罪行為も絡め、「表の方法」を隠密裏に補助し、着々と成果を上げ続けている、のだそう。
 もしこのまま放っておいたなら、その「規格」が今回の暗殺対象の手に落ちる――つまり、「現代社会の基盤」とも言える物が胡乱な輩に根こそぎ奪われるのは時間の問題。

「つまり。そうなる前にこちらも手段を選ばず阻止すべしと。そうですね?」

 琴美。
 一通り信じ難い説明を受けた所で、当たり前の様にすかさず確認する。本当の事であれば大事も大事――が、水嶋琴美は全く動じない。
 ただ、当たり前の任務を受ける、それだけの反応しかしない。
 そしてそれは、上官も同じ。
 当たり前の任務を与える――それだけの様子にしか見えない。

「……ああ。表の手段で対抗する事は出来ない。対策以前に、この事実自体が明らかになった時点で社会不安の煽りを受けて投資家達が踊り出す。そうなれば終わりだ。表で対策をする為にはまず議題に上げる――「明らかにする」事が必須だからな。真っ当な方法で解決出来る事には限りがある」

 全く当たり前で無い内容が、当たり前に話される。法の埒外で動き、国家と国民の生活を守る。本来ならばあってはならない――けれど同時に無くては困る暴力装置。

 そう。

「その為に特務統合機動課があるのでしょう」
「ああ。だからこの話が回されて来た訳だ。今回の暗殺対象――この頭が牽引する事で初めて、ここまでの事をやってのけている。その下の幹部ならどう立ち回ったとしてもまだ御し易い。つまり頭を獲るのが一番簡単な解決手段にして、同時に難題だ」
「誰が――何が居ますか」
「お前を当てたくなる相手、だな」
「忍びの者ですか」
「名も知れぬ得体の知れない傭兵、として知られる連中が護衛と工作の為に雇われている」
「ああ、それで私を――と」

 ……「名も知れぬ得体の知れない傭兵」として、裏の世界で広く知られる「個人」が率いる組織。広く知られている割に、アイコンとなる特徴は無いに等しい――その時点で、プロ中のプロである。ただ、それが恐らく忍びの一団であるだろう事は、同様の技術を使う者からすれば察しが付いている。手下は道具として惜しげも無く使い潰し、雇い主に望まれた通りの結果を出す。これまでに失敗は、無い。

 まるで琴美の様な物である。

 ただ――琴美は味方を使い潰す様な真似はしない。使い潰すのは敵だけである。……琴美にしてみれば手下を、つまり味方の損害を前提にするなんて、そんなわざわざ「自分の生活する環境を悪化させる様な真似」をどうしてしようとするのかまるで意味がわからない。
 要するに、琴美と同じ様な物と言っても、結構根本的な所が違う。つまり「同じ様な物」と扱われる事自体琴美にしてみればあまり気分が宜しくない。そう扱われがちだからこそ、いつか何とかしたい不倶戴天の敵――そんな相手にもなる訳だ。
 当然、琴美自身と比較される以上、強い、とも聞いている。
 そしてこちらも琴美と同じく、失敗が無い、ともなれば。

 相手に取って不足無し、である。
 いや、そう期待しておきたいだけかもしれないが。

 ……きっと大した事の無い相手で終わると、侮りでは無く確信にも似た予感は――多分、心の何処かに疾うにある。



 要人暗殺――そしてその為に必要な手段として、護衛も潰す。
 ……琴美としては寧ろ後者をこそ目的にしたい所だが、任務は任務、勿論前者も疎かにするつもりは無い。

 上官の部屋にて任務の詳細を受け、琴美は退室。その時点で、任務に出る為の準備に取り掛かる方へと既に意識は向かっている。今回の目的は暗殺――つまり心置きなく「くノ一スタイル」で出られる任務と言う訳だ。
 何かの役割を装い人前に出る必要がある訳で無く、動き易く自分らしい戦闘服だけが必要な任務。それで歯応えが期待出来そうな強者と戦えるなら願ったりである。機会があれば潰したかった相手であるなら、尚更心も躍る物。
 早く早くと心を逸らせながら、琴美は割り当てられている更衣の為の部屋へと入る。堅苦しい自衛隊の制服を脱ぎ、鮮やかに戦闘服を身に着ける。

 まずは戦闘服のベースから。ぴっちりと体に密着するサイズにわざわざ作ってある、黒のインナーを肌身に伸ばす。琴美の艶めかしい体のラインをくっきりと露わにする素材のそれ。腕を通してから首を通し、インナーの外側に緑なす黒髪を引き出して――ゆったりとかき上げる様にして後ろに払うのがいつもの流れ。そうした時点で、腕や首、肩甲骨周りの動きに伴い揺れた豊満な胸が一旦落ち着く。はちきれそうな胸もきゅっと括れたウエストもインナーで確りとホールドされており、次へと自然に意識が向かう。
 次はスパッツ。色っぽく熟れた臀部にぴったりとフィットし、布地を伸ばせば肌の色を隠し尽くす。それでもそのカタチだけは――ラインは露わで、肌の色が見えなかろうが煽情的で見栄えがいい事に変わりは無い。

 見栄えと実用と――両立させるのが、琴美の流儀。

 インナーとスパッツの上は、着物の袖を半分程に短くし、腰に帯を巻いた形の上着と――ミニのプリーツスカートを身に着ける。これまたいつもの通り。これらも当然、見栄えと実用を両立した、わざとらしいまでに現代的なくノ一としてのアイコンになる。きつく帯を締めて豊満な胸を強調。わざわざ際どい短さに仕上げてあるプリーツスカートのミニ具合――女性性の魅力をこれでもかとばかりに強調する見栄え。そして単純に、琴美にとっての動き易さも重視してあるスタイルである。

 服を着終えれば、次は足元。履き口を緩めてある膝丈までの編み上げロングブーツ。そこにするりと脚を差し入れ、これまた丁寧にきつく締め上げる。最後に確りと紐を結べば、これで武器としても扱える戦闘用の美脚が完成。手元のグローブも同様にする。ここまで仕上げて、女らしい――いや、くノ一らしい――いやいや、琴美らしい均整の取れた美しさが完成すると言えるかもしれない。

 いや。
 まだ足りない、かもしれない。

『完成』すると言えるのは――寧ろこの先か。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月03日

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