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『一閃 2』
水嶋・琴美8036

 水嶋琴美(8036)が具え持つ美の『完成』。
 それは、単純に身形を整えるだけでは終わらない。
 それは例えば、任務に於ける戦いの中――持ち得る能力を最大限に発揮しているその時が。

 彼女は一番美しい。



 ……その美を発揮する為に、身形だけでは無い準備を整える。

 いや、別に美しく見せるのが主たる目的でも無い。琴美にとって一番の目的は、強者とされる者(結果として琴美にとっては全然強者では無いのだが)を倒す事。己の強さを実感する事。己が技前を存分に揮える舞台に己の身を置く事――肉体的な艶やかな魅力はそこに勝手に付いて来る様な物である。
 と言っても、これまた決して疎かにしている訳では無い。
 琴美にしてみれば、自分を見る他者の反応は――何よりの楽しい娯楽の一つである。

 着替え以外の準備も勿論進めている。標的の居場所や行動範囲、タイムテーブルを確かめるのは当たり前――標的が普段座している攻略すべき砦がハイテクビルとなれば尚更、また違った手段も必要になって来る。幾ら琴美とは言えそんな場所に正直に真正面から乗り込んで力尽くでどうこうと言うのは物理的に無理だし、今回は「護衛」の忍びがどう出て来るかも考える必要がある――そして「標的」よりも「強者」とされているそちらこそが、琴美にとっては楽しみだったりするのだが。
 さておき、状況からして課内の情報要員を恃むのは必至。適材適所、琴美が一番能力を発揮出来るのは白兵に於ける最前線である。だからそこに至るまでは、幾ら琴美とは言え人の手を借りる。……ただ、そんな専門外の場面であってさえ、ふとした時に琴美の意見が一番の参考になったりする時も多々あるのだけれど。
 つまりその身の艶やかさ同様、有能さもまた何処に居ても隠せない、らしい。

 突入準備としてのネットワークへの侵入成功。当然、特務統合機動課の課員は琴美に限らず優秀な者が揃っている――まぁ、武力的には琴美が余りにも抜きん出ている為、中々表面には出て来ないのだが。反面、武力で無い面では――つまり琴美のサポートとしては、それなりに出番が多くなる。
 ネットワークへの侵入、内部を把握の後は――ビルの警備システムを誤魔化し、標的にまで到達する手段やルートをまず考える。わざと派手に警備システムを壊して撹乱を狙う場合もあるが、相手に忍びが居る以上、簡単にその手法が通る事はまず無い。勿論、誤魔化して密やかに突入する手法も読まれている可能性は高いが――そうやって密やかに赴けば、上手い具合に倒すべき敵「だけ」が琴美の存在に気付いてくれる事になる。……敵か味方か無関係か、の判別の問題。結果として殲滅も遣り易い。琴美が密やかに動く場合は、つまりそういう事である。

 戦闘を忌避するつもりなど、毛頭無い。



 陽炎が見えたと思ったかもしれない。無色の炎めいた空気の揺らめき。それに反応したのは、その場に居た通行人や店員、警備員の一部。見届けた時点で――和洋折衷の現代的なくノ一が躍動する。アスファルトを蹴った所も、名残の風圧が僅かにしか見えてはいまい。それで一気に推進した艶やかな肉体を視認出来た者はどれだけ居たか。恐らくは――音も無く頸動脈を一閃されたその前後――その瞬間、だけだったろう。

 ……今おもむろに起こして見せた「陽炎の如き揺らめき」は「誘い」。細部まで周辺を警戒し反応出来る忍びが近場に居るだろう事を前提に、琴美が隠形を応用しつつわざと動いて見せた「己が残像」がその正体である。一般人では気付かない――気付けない。だから、反応したのは全て敵。とは言っても相当に勘働きのいい一般人が居る可能性も否定は出来ないから、念の為そこから更に峻別する。対象の身のこなしを見る。忍びならば多かれ少なかれ戦う者としての独特な動きを具えていて当たり前。琴美から見ればまだまだ拙かろうと、一般人と比較するなら流石に全然違うとわかる。
 判別が付けば、後は殲滅するだけ。その為のシミュレーションを頭の中で即座に構築。今はまず密やかさと速さを重視。そうなれば切り刻むより急所を一撃で獲る方が選択肢として選ばれる。今回は相手が人外では無いから急所を狙うに博打要素は薄い。忍びの端くれである以上、人外染みた術を使う可能性は否定出来ないが――それでもこの場で警戒している様な連中はまず下っ端の下っ端である。それ程高度な術を使える忍びでは無いだろう――少なくとも、琴美から見るならば。
 つまり少なくとも、クナイの刃が狙った急所を斬れない可能性――は薄い。だが、確実を求めるなら試す必要はある。そして琴美はまずその為に一人を狙う。アスファルトを蹴りその身を一気に推進し、一人目の標的に肉迫。そのまま首筋を――頸動脈を流れる様な一挙動で確実に獲りに行く。伸びやかな手指が迷い無くクナイの位置を微調整、これ以上無い完全な軌跡を力強く描く。
 無事目的通りに標的を獲った後、フォロースルーの後に急制動を掛ければ慣性の重みがその身に掛かる――そこまで来て思い出した様に豊満な胸が、熟れた臀部がたゆんと揺れる。そして着物の袖にスカートの裾、長い黒髪もふわり舞う。
 ただ、その魅惑的な様を確と目の当たりに出来た者は今この場には居ないだろう。その位の速度の中の出来事で、ほんの一瞬だけの静止もまた隠形の中に閉じ込められている。……「試し」は済んだ。その時点で琴美はすぐさま次の動きに――次の獲物の元へと迫っている。そこでも刹那の間だけの躍動の後、目的を達しては次、またその次へと、一つ一つ的確に、どんどんと標的を屠って行く。
 標的の方はされるがまま。琴美の速度に全く追い着けていない。だが本当は――彼らが例え下っ端も下っ端であったとしても、本来そこまで弱い訳じゃない。「名も知れぬ得体の知れない傭兵」として、裏の世界で広く知られる忍びが率いる組織の者――つまり幾ら下っ端、即ち使い捨ての駒も同然の人員とは言え、そんな組織に居る以上はボトムの実力もそれなりに高い筈なのだ。
 だが、琴美に掛かればその程度の実力では意味が無い。彼我の差が有り過ぎる――今の状況はまるっきり、煩い蠅を叩いて退治しているだけの様な物である。

 悉く獲られてしまっているのに、殲滅と言うにも物足りない程、呆気無い。
 傍から見れば、何故通行人や店員、警備員がいきなり倒れているのか、ちょっとした騒ぎになるかもしれない。絶命しているとまでわかれば、尚更――かまいたちでも起きたのかと頓珍漢な理由すら持ち出されるかもしれない。
 どちらにしても、これで一つ目の撹乱になる。琴美はそれに乗じて――次の動きを選択。選択肢はその時点で幾つか。自分がビルに突入するか、相手を外に誘い出すか――大まかに言えばこの二つ。細かく言うならそれ以上もある事になるが、どれを選ぶにしても相手の動き次第で変わって来る事だけは言える。

 さぁ、「蠅叩き」はどう受け取られるか――敵組織の頭は、どう出るか。
 恐らくは向こうも自衛隊の特務統合機動課が――無敗のくノ一が出て来ている事を承知し、叩き潰せる機会を期待していると見ていいだろう。蛇の道は蛇、その位の情報なら、漏れているのは仕方無い――いや。

 仕方無いと言うより、その漏洩した情報自体が、誘い出す為の餌と言った方が正確か。

 琴美の「敵」を――身の程知らずの、強者気取りを。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月03日

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