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『一閃 3』
水嶋・琴美8036

 選んだ選択肢は、ビルへの突入。
 但し、ごくごく素直に暗殺対象――標的を狙う為に、では無い。

 水嶋琴美(8036)は密やかにビルに侵入すると、ちょっとした破壊工作を実行する。「何者かが自分達の雇い主、頭を狙って進入して来た」。その事を敢えて知らしめる為に。「標的を狙ってビルを順々に上り攻略して行く」――琴美自身は実はそうしていないが、データ上の方では「そうしている」様に見せ掛けて貰う。……勿論、クラッキングでこれを実行するのは琴美が今回のサポートを任せた情報処理担当の課員。同時に、琴美は現場でしか出来ない活動に入る。データに現実味を持たせる為か、はたまた護衛の忍びの裏をかく為か――事前の説明は最低限。つまり、何をする気なのかは本人以外にはわからない。サポート役の課員にも知らされていない。

 忍びの焙烙玉――もといここは現代的に時限式の爆弾となるが、それの設置をまず行う。データ上の撹乱でビル内の警備を誤魔化した場所、その裏の裏……シミュレーションで考え得る限りの、忍びを相手にするならではの更なる裏をかいた場所をまず狙う。結果として初手ではあまり重要な場所を狙える訳では無いのだが、それでいい。本当に重要な場所を狙うのは護衛の忍び――その下っ端が軽々に踊り出して、狙いたい場所が本当に手薄になってから。
 裏をかくのは忍びの常套手段。裏をかき合うのも同じ事。けれどその練度は個々人で確実に違ってくる。一枚二枚程度の裏なら読まれるのが当たり前。なら三枚目は、四枚目は――五枚目は。裏を重ねれば重ねる程、傍から見れば何をしているのか全く見当が付かなくなる。それでも次々ぴたりぴたりと嵌って行くピース。疑いようの無い破滅的な結果に繋がって行く。
 ……それ自体がもう、幻惑の術にも等しいかもしれない。



 腹の底にまで響く様な、振動を伴う不穏な爆裂音が時間差で轟く。あちらで起きたかと思ったらこちら。琴美はそんな中で密かに待機、辺りの様子を伺っている。持ち得る技前による完璧な隠形で、隠し切れない程の肉体的艶やかさを隠し切ると言う矛盾を成立。そろそろ、動きがある筈だ――と。
 思った通りに、すっと急に姿を現した男が居る――まるで、たった今ここで隠形を解いたとでも言う様な唐突な現れ方。息を荒げても冷や汗をかいてもいないが、本来そうしているのが自然でもある様な緊張した面持ちで、ある方角を――爆発があった方角を意識していると見て取れた。
 恐らくは今この場所が暫定的な安全地帯と判断し、他へと連絡を取るなり次の手を考えるなり――とにかく俄かな小休止のつもりで来たのだろう。

 が。

 そこは、安全地帯どころでは無い。
 琴美は既に、そこに居る。

 緊張した面持ちの男、その背後からわざと見せ付けるよう男の顔の前まで腕を回し、クナイの切っ先を喉元に突き付けぴたりと構える。完全に静止してから、琴美は隠形を解除――男の動きが完全に固まる。呼吸すら――心臓すら一度止まったかもしれない。下手な動きをしたら即座に死。そうであると自らの置かれている状況を認識するのが早い――つまり本来なら、それだけの手練な筈だ。
 が、琴美の前ではまるで赤ん坊である。

「失敗しない強者と伺っていましたが。勘違いにも程がありますわ――どれだけ甘やかされて来ましたの?」

 この程度の輩が私と比して語られる様な組織の忍びなんて、大変困りますわ。

 おどけて見える程に心外そうにそう告げて、琴美はそのまま引き戻す様にしてクナイを一閃。同時に飛び退く姿を見せたかと思うと、琴美はまた隠形に戻る――後に残るのは、首筋から赤を噴き上げた忍びの男が力無く崩れ落ちるその姿だけ。
 静から動へ。刹那にて切り替わるクナイの一閃、それを繰り出す捻られた動きだけで艶めかしくもくっきりと見える体のライン。飛び退く際に晒された伸びやかな美脚。それら躍動の様こそが、琴美にとっての美の極致――見る余裕がある者がもしその場に居たならば、思わず目を奪われてしまう事だろう。
 まるで夢幻の如き、艶やかなくノ一の躍動。それが露わになったのは――ほんの、ほんの僅かな間の事。そして勿論、噴いた血の一滴すらも浴びてはいない。琴美にとっては全てが当たり前の事である。

 難無く男を潰して一拍置いた後、ブーツの爪先で屍を転がして通信機の所持を確かめる。……必須と言う程では無いが、あればあったで悪くない道具。相手がこれからどう動く気か、リアルタイムでの様子を伺うのが易くなり、惑わすにも材料が増える。何なら直接連絡を取ったっていい――その方がより「素敵」な手応えを得られる場合もあるし。隙を衝いて敵を倒すのが忍びの本領だが、真っ向から叩き潰し蹂躙するのもまた、琴美にしてみれば愉しみにもなる。
 ただまぁ、今ここで「そう」してしまうのは、事前に立てた計画から外れてしまうから一応自制する。余興に愉しみは後回し。優先するのは、あくまで任務――真正直に暗殺対象を先に殺してしまっては恐らく護衛は手を引いてしまう。だからこそ、事前に計画を練りに練っている。
 要人暗殺と――護衛である「名も知れぬ得体の知れない忍び」の率いる組織殲滅の両立。その為のこの回りくどい計画。暗殺だけを考えるならもっと容易い手段もあるし、護衛を叩き潰すだけならそもそも真正面から躍り込んだ方が簡単だし手応えの方も期待が出来る。
 それら両方を擦り合わせ、最低ライン満足出来るだけの遣り方をと考えたのが今の計画だ。護衛である忍びの者向けに特化して場を攪乱し、そちらは密かに各個撃破。同時に標的には「砦が役立たずになっている」と思うようじわじわ不安を与え、逃亡を誘発。逃亡を実行するなら護衛の頭も何らかの形で供として出て来る訳だから、そこで護衛の頭の方をまず潰す。

 そこまで至れば、難しい事は何も無い。



 計画通りに忍びの手下を次々と密かに潰し、琴美は待機し続ける。標的の逃亡手段として考えられるのは、車かヘリコプターになる――但しビル最上階屋上のヘリポートに今ヘリコプターが居ない事は確認済みであるから――と言うか、実は来られない様に事前に細工してある訳だが――、まず車になる。それ以外の可能性もまぁあるが、取り敢えずは車と見ておいていい。普段使いの車になるか、はたまた偽装した他の車になるかは現時点では不明だが、取り敢えずその位なら琴美にはすぐ判別出来る――頭の中で再確認している所で、不意に空気が変わった気がした。
 下っ端を殺し尽くせたかはまだわからない。けれど少なくとも、次の動きに入った事だけは肌感覚でわかる――漸くですか、と琴美は息を吐く。

 ビルの地下駐車場、その出入り口へと意識を向ける。途端、車の鼻先が顔を出す――一台では無く、複数台がほぼ同時に全く別の方向へと散って行く。……なけなしの囮のつもりだろうが、乗り合わせている者の気配でほぼ丸見えである。
 と言うか。

 思わず口元が綻んでしまう。ああ、そう来たかと思う。

 ――車に乗っているのは、護衛の忍びだけである。標的はそもそも車に乗っていない。つまり。敵の方でもまた、誘っている。ここを狙えと――そう。護衛の頭もその中に居る。判別するのは容易い。一番自然に一般人に見える人物が、一番の手練。護衛の筈なのに標的から離れている時点で、最後の勝負――そのつもりなのだろう。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月03日

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