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『一閃 4』
水嶋・琴美8036

 挑まれた最後の勝負。標的の居ない、護衛だけの乗った、囮の車。

 内、頭が乗っていると確信出来る該当の車がスピードを上げる直前。水嶋琴美(8036)はすかさず鎖付のクナイを複数本投擲し、車のタイヤの動きを阻害した。防弾仕様の可能性を鑑み、初めからパンクは狙わない――ホイールに障害物を絡めて機能不全を起こさせる事を狙う。走りながらもがくりがくりと車体が数度派手に揺れ、やがてタイヤが外れ飛んで行く――そうなればまともに走り続けられる訳も無い。ブレーキを踏めど制御を離れ暴走するのは必至。事実そうなる前に車から飛び出て来た人影一つ。その手元から鎖付クナイの投擲元、つまり琴美を狙って即座に手裏剣が連続で飛来する。
 琴美はそれらを当然の様に僅かな身ごなしで避け、護衛の頭と対峙する――琴美のその背後で、轟音と共に手裏剣が一気に起爆した。風圧からしてそれなりの威力。そして護衛の頭の背後でも、暴走車両が壁に衝突。轟音と共に炎上し、不安を誘う警告電子音がただ平坦に鳴り響く。

 そこまでの舞台が整った所で、琴美は護衛の頭と対峙する。直後、話す事など何も無い。そうとでも言いたげな態度で、すぐさま護衛の頭は琴美に躍り掛かっている――が。
 次の瞬間には、躍り掛かるその姿が――蹈鞴を踏む様にたどたどしく進み過ぎ、棒立ちになったかと思うとよろめき、倒れ伏した。……首筋から噴き上がる赤色を、ばら撒きながら。
 躍り掛かられていた筈の琴美の姿は、既に、やや離れた位置に軽やかに着地している――接地の瞬間、その体の豊かな部分がゆるやかに弾んで見えたかもしれない。飛び退っていたのだとその時点で漸くわかる。伸びやかな肢体が、もうそこに当たり前の様に佇んでいる。
 つまり護衛の頭の方が先に動いた様に見えたのだが、実際に刃を相手に届かせたのは琴美の方が先だった訳である。撃ったのは、ただの一閃。護衛の頭が躍り掛かって来る――近付いて来るのをこれ幸いと、琴美は先に一歩踏み出し、最小限の動きだけで護衛の頭の首筋を斬り裂いた訳である。

 その時点で、他愛もありませんでしたわね? と拍子抜け。前評判では自分と比される程の相手。ならばと琴美は己が出し得る最速を以って動いたのだが、その速度がもう護衛の頭の数段上を行っていた、らしい。

 ……まぁ、終わったのなら構いませんわ、後は仕上げだけ。

 思いつつ、琴美はサポートに恃んでいる課員に連絡を取る――暗殺対象個人の居場所や、護衛の頭以外の囮として出た車については、そちらの課員がずっと補促し続けている。……逃がしてはいない。すぐにそう連絡が付いた。



 それから。
 書き記すのも無粋な程、本来の任務はあっさりと完遂する。取り逃がした護衛の残党も片付けた。目的である暗殺対象を殺すのは問題にならない以上、戦いの山場は護衛の頭である忍び。前評判も聞いている。つまり、幾ら拍子抜けと感じても、あれもまた強者だった筈なのだ。……「それ」を簡単に倒せる実力を持つこの身。自分と同じだけの評判を持つ相手であっても、これ程簡単に潰せてしまう。
 任務の成功は当たり前――けれどそれでも、成功の味はいつも甘美で琴美のお気に入りである。結果的にどれ程容易い任務であったとしても、それは同様。「成功」――それ自体に、堪らない高揚を覚える。……幾ら自分ではそう思えなくとも、倒した相手は、客観的には強者なのだ。
 なら、どれ程「困難」な任務が当てられようと、自分が失敗や敗北などする筈も無い――いや、絶対に有り得ないと言っていいだろう。……困難とされた任務が本当に困難だった例が無いのだ。これでは今後共にどんな敵であっても、この私の体にただ触れるだけの事すら叶わないだろう。状況が許したならば誰にでも見せ付けたくなる様な、この魅力溢れる艶やかな体には。ましてや倒すなど、夢のまた夢。
 私はその位に、強く在っている。

 いつか「本当に困難」な任務が言い渡される時は来るのだろうか。私自身が強者と思える手応えのある相手に出遭う事はあるだろうか。期待はしても、実現の可能性は薄い。それでもいつかと思ってしまうのは我儘か。持ち得る力を存分に揮って、自分でも認めるに足る強者を倒し、満足を得る。そうしたいと思うのは、叶わぬ夢だろうか。
 いや、そんな事は無い筈。

 きっと、いつか。

 琴美はそう、心を夢想に躍らせる。



 ……今回の任務もまた、成功裡に終わっている。
 つまり、持ち合わせている自信と実力通りの技前で、水嶋琴美の任務は今日も恙無く終わりを迎えた訳だ。

 いつもの如く、任務成功に酔い痴れて。
 いつもの如く、まだ見ぬ強者を求め。
 いつもの如く、自分の実力にも――魅力と受け取られるだろう、噎せ返る程に女性的な肉体的特徴にも酔い痴れて。

 それが許されるだけの圧倒的な実力も美貌も肉体的魅力も、確かにあるだろう。
 生半な事では失敗も敗北も、確かに有り得ないだろう。
 だが――それは、それこそは、決定的な矛盾を孕んではいないだろうか?

 彼女自身で認められる程のまだ見ぬ強者。
 ……もし、「圧倒的」以外の勝ち方を知らない彼女が、本当に「強い」と認められる者を相手取ってしまったとしたならば。
 それは既に、負ける事が前提になってしまうのでは無いだろうか。
 競り合ってのぎりぎりの勝利など、全く経験が無い彼女では。
 相手が「強い」と心底思えた時には、もう負けてしまっている事にはならないだろうか。

 ……そんな「強者」など夢想でしかなく、本当に現れる訳が無い?

 それこそ、そんな事はわからない。
 世界は刻々と変化する。
 琴美が永遠に最強で居られる可能性の方が、実は低くは無いだろうか。

 幾ら、今現在は敵無しの実力を持っていようとも。
 いつ思わぬ形で、苦戦や敗北の辛酸を舐める事になるかなど、わかった物では無い。

 いや。

 彼女は確かに聡明で、実力も自信もあり、その自負の通りの生活をこれまで送って来れてはいるが。
 同時に、どうしようもない程の傲慢さも持ち合わせてしまっている。
 ここまでの天賦が与えられてしまっていれば、ある程度は仕方の無い事かもしれないが。
 それでもそれは――「最大の落とし穴」たり得る、だろう。

 己が実力と成功体験を根拠に、「絶対」を驕る慢心。
 それは思考停止とも言えないか。

 自分がいつか苦戦したり敗北したりする可能性など、全く考えた事も無い水嶋琴美。
 ……そんな彼女が、もし、何かしらの思わぬ形で完膚無きまでの無様な敗北を喫してしまったら。

 想像するのも憚られる様な事になる気しかしない。

 そう、例えば――これまで彼女が敵に対してやって来た事がそのまま――いや、それよりも手酷く、何倍にもして返されてまず妥当である。数えるのも間に合わない程、そうしたい者は数多居る。サディスティックにボコボコに。好き放題の蹂躙が始まるだろう。
 いや、それだけでも済むまい。殺されるならまだましかもしれない――そんな、死ぬより酷い末路を追う可能性すら否定出来ない。彼女は見目麗しい女性である。圧倒的な強者である事実だけが、有象無象の劣情から身を守る盾でもあった。ならばそれが無くなれば――……?

 プライドも自信も圧し折られる様な、痛々しくも悲惨な目に遭う事はまず確実、だろう。

 ……本当に「そう」ならないと言う保証など、何処にも無いのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 水嶋琴美様にはいつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。
 結果的にまたも大変お待たせしているのですが。
 あと昨今は世間的に健康面で気懸かりな事が多いですから、どうぞ御自愛下さいとも追記を。

 内容ですが、忍びを敵にとの事だったので、一応、人外さんではなくしてみました。それと、忍びと言えば忍ぶんじゃなかろうかとついつい地味な感触になってしまった気もしています。
 後は、毎度の如くお任せ頂いた要素が上手く反映出来ているかなのですが……今回は如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年04月03日

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