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『雨の先』
LUCKla3613

 日々の内にふと穴が空く。
 SALFからの依頼がちょうど途切れていて、この機会に出かけようかと思える場所もなく、数少ない友人とも連絡がつかず……
「ああ、いや、いそがしいときに手間を取らせてしまってすまなかった」
 通話を切り、いよいよ観念したLUCK(la3613)は自室のソファへ体を投げ出した。ひと月後に予定されていたイマジナリードライブとの親和性を計る検査を繰り上げてもらえないかと医師へ問い、あっさり断られてだ。
 医師は彼に言った。EXISの取り扱いに違和感がないならそれでよし。仮に違和感があってもLUCKの体機能を調整する術はないのだから。

 彼の体は中枢神経系――すなわち脳と脊椎――以外のすべてが造りもので、彼をスキャンしたこちらの世界の医師と機械技師は、口をそろえて『なぜ動くのかわからない』と言ったものだ。
 LUCKも実際にデータを見せてもらったのだが、比較物として渡された人型ヴァルキュリアやアサルトコアの内部構造図と自分のそれはあまりにもちがっていた。
 簡単に言ってしまえば、人に近過ぎるのだ。機械化のもっともたる意義は効率化にある。だというのに、LUCKの骨、臓腑、筋肉は、その形状も機能も、まさに人のそれと酷似しており、効率化の欠片も見いだせない。
 それでいて、それらを形造る素材は既知に未知を含む金属であり、まったく未知の技術によって組み合わされ、解析不能な未知の理でもって稼働しているのだ。
 かろうじてこちらの世界の技術との共通項が見い出せるのは関節部のアクチュエーターくらいだが、それにしても構造の解析などできようはずがなかった。
 いや、それよりもだ。体内に張り巡らされた神経が、種別を問わずもれなく純金であることの意味はなんだ? 検査結果によればなんの変哲もない純金であるはずが、自在に伸縮してLUCKのすべてを繋ぎ続けていられる理由は?

 俺にもわからんがな、ただし。伝導率うんぬんを語るようなことじゃない。それだけは確かなことだ。
 電気信号を伝達する素材として、金を上回るものはいくつもある。少なくとも、人さながら動く体にふさわしい素材は他にあろう。
 それを推すだけの意味はあるのだ。金でなければならなかった意義も。
 そうでなければ、空(から)の心が訴えることもないだろう。たとえなにを疑えど、己が内へ巡る金ばかりは疑うな。
 と。
 造りものであるはずの胃が収縮し、LUCKに空腹をアピールする。
 そういえば、生理信号のカットは非常時にしかできないんだったな。まあ、こんな自分が人であることを忘れずに済むのはありがたいことだが。
 苦笑して立ち上がれば、窓の外は雨。雨音に心揺らして思いに沈むなど、自分はいつから乙女へ変じたものか。いや、それよりも今は燃料補給だ。
 バイザーの奥で両眼をすがめ、LUCKはほとんど使うことのないキッチンへと向かう。

 フリーズドライの野菜スープに米という、非常食兼用の食料を組み合わせた即席雑炊をさらりと食す。味はまあお察しだが、そもそも家にいることが少ないので生鮮食品は置かないようにしているし、自分ひとりの食事のために買い出すほどの気力もないからこれで充分。
 そして沸かした湯の余りでインスタントコーヒーを淹れ、カップを手にソファへ戻る。
「……」
 あいかわらず雨は止んでいない。なのに、窓から光が差し込んでいて。
 ガラス越しに空を見上げてみれば、世界を影へと沈み込ませるほどに黒々しかった雲が、今はまぶしく輝いていた。白の向こうから降り落ちる金光を映して――
 ああ、金だ。
 あの色に過ぎるほど深い感慨を抱いてしまうのは、体の内を繋がれているからというばかりではない。喪った記憶と俺を繋ぐもの……それこそ縁というよりないものを感じるからだ。
 自らへ語りかけ、LUCKは左手を握り込んだ。ただそれだけの挙動の中で15のアクチュエーターが稼働し、黄金の神経に感触という信号が伝う。
 なぜ俺がこの義体に入ることとなったものか。未だにきっかけの欠片すら思い出せはしない。ただ、無理矢理入れられたわけでも、やむを得ず入ったのでもないだろう。
 俺は俺の意志を貫き、記憶と引き換えにしてでも繋ぎたい縁へ手を伸ばすため、この義体を選んだ。なぜかな、それだけは確信できる。
 すると胸に、やわらかなぬくもりが流れ込んできた。
 いつもそうだ。過去という巨大な空白がもたらす不安を、同じ空白であるはずのなにかが押し流し、冷えた心をあたためる。正直を言えば、ぬくもりの正体は知りたい。しかしながら、それを求めるのが無粋であることも弁えていた。
 置いてくるべきものだったからこそ俺は置き去り、忘れ果てたんだろう。
 しかし、憶測しかできない状況だからこそ、気になってしまうのだ。ああ、姿形のないぬくもりよりも確かな安堵が得られたなら……

 飴玉ねだる童の如き無様を晒すより、空(から)の己が行くべき先を見やれ。

 どこからか聞こえてきたアルトに、LUCKは薄笑んだ。
「おまえが言うなら従おう」
 彼が窮地に陥った際や迷いの奥底へ沈み込んだとき、希に語りかけてきては先を示す声音。それが自分の妄想が生み出したものでないことを、LUCKは知っている。当然、客観的な証拠はひとつとしてないのだがどうでもいい、なぜならこれは、単なる真実だから。
「なにも思い出せない俺にとって、おまえと繋がれた金色の縁は唯一絶対のよすがだからな」
 アルトが応えることはなかったが――おそらくあきれているのだ――LUCKはかまわず言葉を継いだ。
「問題は、この縁の糸先が俺のどこに結わえられていて、おまえのどこに結ばれているのかだ」
 ふむ、数寄者かと思わば浮かれた阿呆か。
 思わず、といった風情で紡がれたアルトへ肩をすくめてみせ、LUCKはソファの上で丸まっていた腰をうんと伸ばす。自分に残された数少ない生体部ではあるし、内には縁の糸である黄金の神経が通ってもいる。できうる限り大事に扱いたいところだが、今はさておいて。
「いくら俺でも冗談くらいは言うさ。披露する機会さえあれば、だが」
 声の主はきっと、冷めたアルトで斯様な機は要らぬと言うはずだ。いや、それ以前に応えてくれさえしないか。ああ、わかっている。“おまえ”は縁を結んだ者を濃やかに甘やかしながら、近づき過ぎんようぞんざいに突き放すんだろう。
 無意識の内に真実の一端へ辿り着いていることに気づかぬまま、LUCKはあらためて思った。
 行くべき先を見ろ、か。それがわからんからこそ悩んでもいるんだが。
「おまえがいる先へ行くにはいったい、どこへ向かえばいい?」
 これもまた無意識に紡がれたLUCKの疑問へ、アルトはふと声音を緩め。
 何処の戦場(いくさば)へ。
 LUCKはうなずき、胸中で応えた。
 焦って探しに行くような野暮はやらかさんさ。おまえがそこにいることが知れた。それだけで俺は待てる。黄金の縁が引き合うそのときまで。

 雨音に揺らされる中、いつしかLUCKはまどろみへと落ちていく。
 おまえに会えても俺はきっと、おまえだとは気づかないんだろう。そして過去のにおいを嗅ぎ取って昔話をせがんで、応えてくれないことに打ちひしがれるんだ。
 でもな、それで終わらせたりしない。そこから始めるんだからな。俺と、おまえの――


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2020年04月03日

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