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『ページを飾る白き竜』
ファルス・ティレイラ3733

「ようやく今日のお仕事が終わった〜。さて、早速だけど、この本の調査をしないとね!」
 なんでも屋さんのお仕事を終えた私の手の中には、依頼人にから貰った一冊の本があった。
 綺麗な装丁の本なのに、その依頼人が捨てようとしていたので譲ってほしいとお願いしたのだ。
 この本は、依頼人では開く事すら出来なかったらしい。多分魔力が込めらているせいだろう。これは、ただの本じゃなくて本型の魔道具の一種なのだ。
 依頼人は危険なものかもしれないから注意するようにと忠告をしてくれたけど、私は手渡された瞬間からこの魔法の本の効果が気になって仕方がなかった。
 目の前に好物があったら、誰だって我慢なんて出来ないと思う。甘いお菓子とか、美味しいお茶とか、たとえば好奇心をくすぐる不思議なものとか!
 ファルス・ティレイラ(3733)を知っている人なら、きっと分かってくれると思う。この私が、こういった好奇心をそそるものを前にして、試さず大人しく我慢してるだなんて出来るはずないって事を。
 私は、そっとその本へと触れる。指先から、魔力が伝わってきた。
 私なら、きっとこの本を開く事が出来る。開きたい。お願いだから開かせてほしい!
「や、やった! 本当に開いた!」
 私の祈りが届いたのか、魔力の相性が良かったのか。本の表紙が、まるで歓迎するかのようにゆっくりと開いていった。
 瞬間、ぐらりと視界が揺れる。世界が回った。
 いや、回っているのは世界じゃない。私? 私が回っている?
「わ、わわわっ!?」
 何かに引っ張られるような感覚に逆らう事が出来ず、私はそのまま本の中へと吸い込まれていった。

 ◆

 目が覚める。起き上がって、辺りを見渡すと見覚えのない草原がそこには広がっていた。
 綺麗に咲き誇る花のまわりを飛んでいるのは、キラキラと光る美しい蝶々。本の表紙にも描かれていた蝶だ。という事は……。
「私、あの本の中の世界に入れたんだ!」
 思わず「やったー」と両手を上にあげてしまう。ワクワクとした気持ちを抑えきれず、私は早速この本の中の世界を探検する事に決めた。

 しばらく歩くと、洞窟のようなものが目に入ってきた。いかにも、何かがありそうって感じだ。
 いったいこの中には、何があるのだろう? お宝が眠っているとか? それとも、洞窟を抜けるともっと綺麗な景色が広がっていたりするのかもしれない!
「中に入ってみるしかないよね!」
 早速足を踏み入れる。先の見えない暗闇だけど、不思議と不安は感じなかった。
 ここが現実ではなく本の中の世界だというのもあるし、何よりこの先に何が待っているのか分からないというドキドキの方が強かったからだ。
 意気揚々と私は奥へと進んでいく。不意に、足元に何か糸のようなものが張られている事に気付いた。
「ん、何これ? 白い糸?」
 もしかして、他の探索者が残した目印? だとすると、この糸を辿っていくと素敵な場所に辿り着けるのかもしれない。
「でも、この糸……粘着質でなんだか嫌な感じだなぁ」
 試しに触ってみたら、なんだかネバネバしていて好んでもう一度触りたい感触ではなかった。
 でも、何かに似ているような気もする。いったい何だったっけ?

 ◆

 糸を辿って前に進んで行くと、少し開けた場所にくる事が出来た。この辺りで、少し休憩しようかな?
 けど、早く先に進むたいという気持ちもある。悩む私の背後で、不意に音がした。
 それと同時に、私は思い出す。さっき触れた糸の感触。あれが、いったい何に似ていたのか。
「あ、そっか。蜘蛛の糸に似てるんだ」
 思い出してスッキリし、思わず私は笑みを浮かべる。でも、にじり寄る気配に振り返った瞬間、私の笑顔は固まってしまった。
 だって、目が合ったから。いくつもの目と。蜘蛛特有の、あのいくつも並んだ恐ろしい瞳が、いつの間にか私の事を見ていた。
「ま、まさか、この洞窟って……」
 巨大蜘蛛のテリトリーだったの!?
 慌てて、私は本来の姿に戻る。竜の姿になってしまえば、この程度の蜘蛛相手に苦戦なんてしない。
 蜘蛛が吐き出してきた糸を、私は炎の魔力をまとった竜のブレスで焼き尽くした。
「残念でした! この程度の糸、私には通用しないよ!」
 再びブレスを吐き、今度は蜘蛛を狙う。
 見た目が大きい割に、大した敵じゃなくてよかった。動かなくなった相手を見て、私はホッと安堵の息を吐いた。
「まぁ、冒険にはこういう障害もつきものだもんね。それに、この洞窟の主が出てきたって事は、お宝も近いのかも……!」
 ますます、この先への期待が高まり、私は笑みを深めた。さて、冒険の続きに戻――。
「えっ!?」
 歩き出そうとした私を引き止めたのは、嫌な音だ。糸が吐き出されるみたいな音。それと同時に、身体に何かが絡みつく感触がした。
 慌てて振り返ると、倒れていたはずの蜘蛛とまた目が合う。嘘でしょ!? さっきまでのはまさか、死んだ振りだったの?
「わわっ! ちょっと待って!」
 私は慌てて翼を羽ばたかせ、逃げ回る。糸は私の肌へと触れると、粘液状になり絡みついてきた。最悪だ……。
「ううっ、早く取らないと……!」
 糸のせいか、動きが鈍る。その隙を狙ってか、蜘蛛は竜の身体すら簡単に覆える程の量の糸を容赦なく吐き出してきた。
 自慢の綺麗な紫色だったはずの私の身体は、すっかり白い糸に覆われてしまった。ベタベタした糸が身体に張り付いて、気持ちが悪い。
 逃げながらも、私は糸を取ろうとする。けれど、あれ? 何かがおかしいような……?
「な、なんか……身体が、動かしにくい……」
 まずは片腕についた糸を取ろうと思ったのに、思うように利き手は動かなかった。
 全身を覆っているこの糸に、完全に動きを阻害されてしまっているんだ。
「こうなったら、尻尾で……! や、やだ、こっちも動かない!?」
 なら、尻尾で振り払ってしまおうと思ったのに、尻尾もまた前肢と同じように上手く動かす事が出来ない。
 翼も同じだ。羽ばたかせようとしても、全然動かない。糸が取れるまで、飛ぶ事は出来なさそうだった。
 手も、翼も、尻尾もだめ……他のところも一つ一つ確認していく。けど、やっぱりどこも、動かない。動いてくれない。
 焦りと、混乱の中、私は思わず悲鳴をあげた。あげたはずだ。……なのに、私の耳にはその声は聞こえなかった。
 その時、気づく。ああ、私……口すらも、動かせなくなっちゃったんだ。
 こんな事なら、注意したほうが良いっていう依頼人の忠告をちゃんと聞いておけばよかった。
 今更後悔しても遅い。じわり、と涙が浮かぶ。でもそれは、ぴったりと顔にも張り付いている糸の膜に染み込むだけで、零れ落ちる事はなかった。
(私、どうしたらいいの? 師匠!? 誰かっ! ねぇ、誰でもいいから、誰か早く助けてよ〜!)
 どこか遠くで、風が本のページを捲るような音がする。
 魔法の本のページには、今、分厚い白い糸に覆われた竜のような形のモニュメントが描かれているのだろうか。それを確かめる術すらも、今の私には存在しないのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
一人称視点との事で、いつもとは少し違った雰囲気の作品になったかと存じますが、いかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら、幸いです。何か不備等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月03日

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