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『似たもの同士』
LUCKla3613)&霜月 愁la0034

 あいつらも存外に頭が回るものだ――そう思ったときにはもう、回り込んでいたレールワームの一閃を受け、右腕がちぎれ飛んでいた。
 こちらの世界には存在しない金属を組み合わせた義体。技師は「黎明期の腕時計」と例えたものだが――丹念に削り出された部品の数々を精密に組み合わせた体内ギミックはまさに、マイスターの手で造られるよりなかった腕時計さながらだ。
 不足なく動かすにはまったく必要のない精密と細密。
 その不必要を推して細やかに、濃やかに組み上げられた体は、造り手の心尽くしによるものなのだろう。
 だからこそ。
 LUCK(la3613)は敵よりも自らのちぎれた腕へ左手を伸ばし、戦場へ倒れ込む。おかげで無事に掴み止めはしたが、そのまま地へ倒れ込み、息を詰まらせた。
 俺としたことが、とんだ無様を晒したものだ。
 自嘲している間に、駆け寄ってきた回復・支援担当の新人ライセンサーたちが戸板ならぬシールドの裏へ彼を乗せ。後方へ向かう。
 戦闘に慣れぬ彼らの歩はおそろしく遅いながら、LUCKはおとなしく運ばれるよりなかった。自分で退くと言い出せば、新人の心意気を穢すことになるからだ。
 こうして彼は救護陣地へ放り込まれる。それ以上、できることもしてもらえることもないままに。

 LUCKはすべての記憶を喪い、異世界から流れ着いたサイボーグである。
 先に少しばかり触れたが、その体は異世界の技術で組まれた義体であり、こちらの世界には存在しない理をもって駆動している。シールドの修復であれば、EXISへの親和性を備えたLUCKも問題なく受けることができるのだが……こうして義体そのものを損なってしまえばもうお手上げだ。なにせこの世界の技師には彼を修理する技術がないのだから。
 もちろんLUCK自身にも、自らの義体のことはまるで理解できていない。むしろなぜこうなっているのか予想すらできない有様だ。構造も機能も、それ以上に右腕がちぎれると同時に痛覚をカットして巻き取られ、今は肩の傷口を塞ぐようにして貼りついている金色の神経糸の正体も。
 この神経の“主”はどうやら俺とは別にいるらしいがな。
 気味が悪いどころかむしろ安堵している自分がいることに気づかぬまま、彼は傍らに置いた右腕を見る。戦場、その最前線を保つため奮戦した代償に失くした利き腕を。
 己の未熟を恥じるのは後にするとして、これでは戦場へ戻れもしないし、箸も使えまい。
「ラック!」
 そんなとき、聞き慣れた霜月 愁(la0034)の声がしたものだから、ついLUCKは声に出してしまったのだ。
「スプーンかフォークを持っていないか?」


 数に任せた包囲陣を組んで押し寄せるナイトメア群へ対し、数で圧倒的に劣るSALFは人員を分散させてあたるよりなかった。
 それはルーキーを多数含めたライセンサーすべてが最前線へ押し出されることと同義であり、それでも被害が抑えられていたのは、愁のような歴戦のエースが核となって戦線を支えていればこそだ。
「盾持ちはそのまま防御姿勢で防衛線を維持してください! 新人さんはその裏から強く押し込んで!」
 経験の浅い者たちを盾裏へ回し、その命を守りながら盾の“錨”として機能させる。それは気づかいというばかりでなく、今ですら大きく劣っている数を損なわぬためであり、そして。
「出ます」
 半ば目蓋を落とした菩薩眼を巡らせ、盾壁から跳び出す愁。
 肩に担いだ大鎌「八咫烏」を宙で薙ぎ、その遠心力をもってもう一回転、後ろ回し蹴りを打って着地する。石突を跳ね上げて弾き、反動に乗せてうなずかせた鎌刃の先で穿ち、柄でいなして滑らせ、付け根にある刃で裂いた。
 愁の挙動がひとつ重ねられるごとに、1体のナイトメアが斃れ伏す。周囲はすべて敵、故にこそ彼は持てる力のすべてを攻めに注ぐことができる。
 その奮迅をきざはしに、攻撃を担うライセンサーが展開して敵を攻め立て、盾が描いた防衛線もまた一歩、また一歩と前へ進みゆく。
 それを見送った愁はすぐに通信機を作戦本部へと繋ぎ。
「こちら0034、右翼方面第二部隊は敵の攻撃部隊を押し返しつつあります。押し込まれている方面があれば転戦しますので、指示を願います」
 本部は愁の認識番号からエース級であることを確認し、戦域の現状を俯瞰した上で告げた。中央方面第一部隊に大穴を開けられた。フォローへ回ってくれ。
 中央方面には確かLUCKがいたはずだ。割り振られた部隊まではわからないが……さすがにこの鉄火場のただ中、戦いに無関係な問い合わせを本部へ行う非常識は演じられない。
 愁は喉元へとこみ上げる冷たい不安を飲み下し、踏み出した。

 中央方面は右翼の数十倍も酷い戦況だった。敵の主力を受け止めるべく盾持ちを多く配置したことで打撃力を損ない、そのせいで数を保たれた敵の殺到に晒されていたからだ。結果、攻撃担当のライセンサーが盾を守るという本末転倒を演じることとなり、歴戦の多くが重傷及び重体となって後方へ搬送されていた。
 ラックは!?
 駆けつけた他の増援と共に中央を押し返しつつ、愁は通信機が垂れ流す通信の欠片に耳を澄ませる。そして。
 3613、右腕部切断状態にて搬入。されど当方に補修の術なし――
 救護陣地から本部へ送られた報告に、彼はEXISを握る手へさらなる力を込めた。
「本部、交代要員の到着時刻を知らせてください! それまでに中央方面を落ち着かせます――僕は今日、定時で上がらせてもらいますので」


「持っていないか?」
 気の抜けたLUCKのセリフに、愁は大きく息をついた。
 サイボーグだからなのだろうが、右腕を肩の付け根から失った割に元気なものだ。とにかく友の命が無事で、動いていることに安堵した。
 と、LUCKはバイザーの奥に隠した目を眉と共にすがめ。
「それよりも愁、なぜここにいる?」
「怪我したって聞いたから、残業断って来たんだ。って、痛くない?」
 言いながらLUCKの背を支え、配給のドリンクパックの口を開けてやる。
 LUCKはそれを受け取りながらも不本意なため息をつき。
「痛みはシステムで遮断している……というか、腕から勝手に抜けた神経が伝達をカットしている。……それにこれは怪我ではなく、ただの破損だ。頭部と脊椎さえ無事なら、残りすべてが壊れたところで問題はない」
 淡々と言い返すLUCKだが、心中は言葉のように平らかではない。この戦場における愁の価値を知っていればこそ、自分のために心を割かせてしまったことが不本意だった。
 しかし愁はLUCKの気後れに対して怒った顔を突きつけ、頬を少し膨らませて。
「機械部分の故障が生体部分に影響することだってあるよね? いい機会だよ、ラックは死なないんじゃなくて死ににくいだけだってこと、きちんと自覚して。……んー、それにしても、新しい腕って用意できないかな」
 人、放浪者、ヴァルキュリア、そしてその他の動植物やナイトメア――さまざまな存在の傷と死とを見下ろしてきた経験を持つ愁に、友の傷への怖れはない。あらためてLUCKの右肩を観察すれば。
 肩の傷口は金色の金属ですっかり塞がれている。LUCK曰く神経糸であるとのことだが……それはそれとして、壊されたにしては断面が綺麗すぎる気もするが。横に置かれた右腕が見るからにスクラップなので、なんとも気になるところではあった。
「先割れスプーンを移植することも考えておかんとな。結論は今日中に出すとしてだ」
 本気か冗談か今ひとつわからない調子で言うLUCK。
 愁は眉根を引き下ろしたままひとつうなずいてみせた。
「じゃあ、その目処がつくまでサポートするよ。なにか僕にできることはない?」
「皆のために戦場へ戻ってほしいところではあるんだが」
 ラックはバイザーの奥の目を細め。
「そこにいてくれるなら、俺はなによりも心強く、心安い」
 普段は凜と気高く人を寄せつけないくせに、心許した者へだけは程よく弱みを見せてくる姫騎士のごとく――それはもう程よい弱さを切り出してきたのだった。
「うわー」
 愁は深いため息と共にげんなりとうめき声を垂れ流す。
 そっか。ラックってただの天然じゃなくて天然たらしなんだね……自分が男子で、他人よりもかなり冷静な質であることに感謝しつつ、愁は気持ちを切り替えた。言い添えておけば、このあたりのスイッチングのうまさも彼の持ち味である。
「いるだけなのは僕が落ち着かないから。とりあえずは素直に面倒みられてくれるとありがたいかな」

 とは言いながら、愁はうるさく友の面倒を見たがるような真似はしなかった。LUCKを疲れさせないよう視界の端にいて、必要に応じて内外へ動く。
 そんな中、SALFの部隊は各方面でナイトメア群を押し返し、優位を確立しつつあった。これならば休憩に入った人員共々、愁やLUCKが穴埋めに引っぱり出されることもあるまい。
「今回の作戦に参加してるライセンサーの中に放浪者の機械技師がいるんだ。休憩に入ったら来てくれるっていうから、それまでに食事、済ませておこう」
「ああ」
 味方キャリアーから届けられた食事は、湯気のたつグリーンカレーライスだった。
「意外に好き嫌いの分かれそうなメニューだな」
 かすかに首を傾げたLUCKの口元へ、グリーンカレーを吸わせた米の乗ったスプーンを運ぶ愁。
「ラックはどっち?」
「食えるものなら気にしない」
「じゃあ全部食べられるね」
 残された左手にスプーンを持つだけで食せるものを、ごく自然に愁の手を借りているLUCKである。
 そして愁もまた、それを茶化したりしなかった。
 自覚があるかは怪しいが、LUCKという男はいっそ母性と言いたくなるほどの父性を備えている。しかし、誰かのために張り詰め続けていればこそ、息を抜きたくなる瞬間が訪れるのだろう。例えばこうして体を損ない、気の置けない友がそばにいるときには。
 ほんとに姫騎士様だねラックは。でも。
 今はLUCKがそうあることを自らに赦した希少な“とき”なのだから、それでいい。
 その時間を与えてやれるものが自分であることは、なにより誇らしい。
「先割れスプーンなら具もカレーも逃さんのにな」
 などと真顔で語るLUCKの天然ぶりに思うところもありつつ、愁は気を取り直して話題を変えた。
「飲み物は要る? 飲みたいものもらってくるよ」
「この世界にはプリンを振って崩して飲む缶飲料があるそうだが」
「生憎だけど、半径50キロ内にそれが売ってる自販機存在しないから」
「しかし、今の俺が飲みたいものはそれしかない」
「たまに真顔で嘘つくの本気でやめて?」
 これもまたLUCKなりの甘えであるのだろうが、唐突に子どもじみるところがまた甘え下手丸出しで、妙に共感してしまう愁だった。


 自らを元魔王と名乗る年齢不詳の青年技師は、LUCKの肩口を見て指先でつつき、おもむろに自らの右腕を引きちぎった。
 これは生身ならぬ義腕であり、この世界の技術だけで造られたものではないのだと説明しつつ、技師がLUCKの右肩――金に塞がれた傷口へあてがった瞬間。
 金が解けて義腕の内へ潜り込み、神経状に展開。わずか数瞬で、技師の義腕はLUCKの右腕へ成り仰せたのだ。
 こちらの技術で調整ができるようメンテナンスをするので、時間ができたときにでも顔を出してほしいと言い残し、技師はするりと姿を消した。


「あの人も大概だけど、思った以上にラックってすごいね……」
「いや、俺も驚いている。でたらめだな、この体は」
 技師の話しぶりからして、彼はLUCKの義体を構築する異世界の技術に通じているのかもしれない。と、まあ、それはそれとしてだ。
「体も戻ったことだ。休憩は切り上げて、最後のひと押しへ参加するか」
「了解。ただし右腕に無理させないようにね」
 LUCKは生真面目にうなずき、愛剣たる竜尾刀「ディモルダクス」を愁へ投げ渡した。これ以上心配させたくないからな。俺のすべてをおまえに預ける。
 無二の信頼を預かった愁は、かけがえない友へ得物を投げ返す。
「フォローするよ」
 そう言うしかないよね。今日はラックを甘やかす日なんだから。
「頼む」
 何事もなかったように得物を佩き、LUCKは脚を速める。
 ――果たしてふたりの突撃を加えたSALFは勝利を確定させ、世界の一端を守り抜いたのだ。


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2020年04月06日

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