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『追憶』
la4017

 虚(la4017)はふと毛先に行くほど紅くなる黒髪を揺らして、動きを止めた。
 ――『あの子』のことを思い出したからだ。

 それまでは普段の、いつも通りの日常だった。
 SALFの居住区にあてがわれた自分の住まいで朝起きて、朝食を食べて、本部に立ち寄ったりする。
 その途中、見かけたライセンサーの何気ない仕草が、『あの子』を彷彿とさせるものだったためか。それとも、どこからか聞こえてきた誰かの笑い声が、『あの子』に似ていると頭が認識したからか。
 いや、きっかけはもはや何だっていい。
 だってもう虚の脳裏には『あの子』が蘇ってしまったから。
 一度意識に浮上してきた『あの子』の記憶はどんどん虚の頭の中で大きくなって、瞬く間に脳内を埋め尽くす。
 『あの子』の最期が思い出され、虚はその場に立ち尽くした。

 異世界からの放浪者である虚は、SALFに来た時から、いや、『あの子を殺し』てからずっと、『あの子』のことが心の中心に在った。
 『あの子』のことを思うたび湧き上がるのは、底のない後悔と失った悲しみと全てはもう元には戻らないという絶望。
 こちらの世界の人間と同じ姿でありながら自分を『化け物』と呼称しているのも、自分が今も生きているのは贖罪であるかのように悲観しているのも、全て『あの子』との過去の中に存在している。

 虚は以前の世界で『化け物』に連なる存在を殲滅する組織の一員だった。
 ある時『あの子』と共に『化け物』を倒すために向かった先で、それは起きた。
 解っているのは、『あの子』は自分の代わりに『化け物』になってしまったのだということと、その『あの子』を自分の手で殺したのだということ。
 『化け物』になると分かっていて、『あの子』はそれでも虚を助けたのだ。
 全て己の弱さが招いた結果だ。
「私に、もっと力があれば……助けられたのだろうか」
 無意識に口をついて言葉がこぼれた。
 何度そう自問したことだろう。
「……いや、たらればを言ったところで、か。奴が言っていたな、ありとあらゆる可能性を演算したが……即時抹殺が最適解、なのだと」
 それも何度もたどり着いた答だった。
 何度自問し考えても同じ答にしか行きつかない。
 そして何度そう結論したところで、後悔は消えはしないのだ。
 なぜなら、起きてしまったことを変えることはできず、
「結果、私は……このような姿になったのだから」
 虚は自嘲的に独り言ちて、己の両手を見つめる。
 虚にだけは、自分自身の変わり果てた姿が見えていた。

 『即時抹殺が最適解』だから、『殺すのが当然だった』と簡単に割り切れたなら、自分は『化け物』にならなかったのかもしれない。
 だが、『あの子』をその手で殺し、それを正しいことをしたのだと割り切れというのは無理な話だった。たとえそうすることが組織の一員としてプロの姿勢だったとしても。

 最期に『あの子』は言った。
 『泣かないで、笑ってて』
 と。
 『化け物』を全て倒せば平和になるから。

 それが『あの子』との最期の約束だ。
 しかし虚は『あの子』を殺してしまったことに絶望し、悲しみと虚無を抱え『化け物』に連なる存在になってしまった。
 『化け物』となった『あの子』を、『あの子』だと知っていながらその手で殺した自分こそが、『化け物』。
 だから虚は自ら『虚』になった。
 『あの子』は虚を『化け物』にすまいと自分の身を犠牲にしてまで己を助けたのに、虚は結局『あの子』との約束を裏切ってしまったのだ。
 『あの子』を守りたかったのに。
 その命ばかりか約束も守れていない。
 そんな自分はやはり『化け物』と呼ぶに相応しいのだろう、と虚は皮肉に満ちた己の過去を思う。

 あの日から後悔や悲しみ、贖罪の気持ちが虚の心を苛み続け、感情も抜け落ちて行ってしまった。
 『あの子』は笑ってて、と言ったけれど、虚の贖罪を求める心はそれを許すことができず。
「泣いてはいないが、笑ってもいないな」
 自嘲気味に笑うことすらその表情には現れない。
 虚は遠い目をしていた。
「ああ、そういえば――」
 『あの子』に私は何と呼ばれていたのだったか。
 もう、自分の本来の名前が思い出せなかった。
「――仕方ない、か。私は『化け物』なのだから」

 『化け物』になってしまったけれど、『あの子』との約束は果たさなければならない。
 『あの子』の最期の願いだから。
 今は『化け物』ではなく『ナイトメア』がはびこっている世界に転移してしまったが、それが何だというのだ。
 世界が違うからと言って『あの子』の願いが、約束が無効になる訳ではない。
 もう自分は笑うことを覚えてはいないかもしれないけれど、『あの子』のことだけは決して忘れない。
 『あの子』が望んだ平和を実現させるためだけに、虚は生きる。
 虚に残されているのは『あの子』との約束だけなのだから。
 それさえもできないのなら、今後悔にまみれながらも生きている意味などない。
 すでに『あの子』を裏切っている自分には、これしか『あの子』に贖罪する道はないのだ。

「私はあの子のために、場所は違えど――全ての人の敵を倒さなければならない」
 決然と、しかしどこか思いつめたような深紅の瞳で虚はつぶやくのだった――。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご注文ありがとうございました!

具体的なエピソードではなかったので、こちらで設定を参考にさせていただき発注文の内容をふくらませながら書かせていただきました。
虚さんの仄暗く自分をあえて罰するような心情をちゃんと描写できていたらいいのですが。
気に入ってもらえましたら嬉しいです。

解釈が「そうじゃない」とかイメージと違うという所がありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

またご注文いただけたら幸いです。

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久遠由純 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月06日

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