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『巡りゆく季節へ』
ユリアン・クレティエka1664)&エアルドフリスka1856)&エステル・クレティエka3783

 木々が色づき始めた頃、ユリアン・クレティエ(ka1664)はアメノハナの移植に向けて動き出した。
 本格的な冬が来る前に終えてしまおうという意図もあったが、それ以外にも理由はある。
 風も雨も流れ巡る――そういうことだ。
 村からは1/3くらい持って行ってくれて構わないと言われていたが大事をとって最終的には1/4ほどに決めた。
 もっとも1/4とはいえ移植にはそれなりの広さを必要とする。
 そこでユリアンは師エアルドフリス(ka1856)と話し合い、王国領にある自身の実家の薬草園に移植することに決めた。
 自宅裏には森が広がっており、緑に囲まれ静かな薬草園はアメノハナの群生地に環境が似てなくもない、何より――。
「ここで私に?」
 エステル・クレティエ(ka3783)がユリアンとエアルドフリス、そして2人が持参したアメノハナへと視線を向けた。
 そう、エステルがいるから。
 エステルになら託すことができる、ユリアンと師はそう考えた。
 寧ろ風来坊気質な自身達より、薬草園を継ぐと決めた妹のほうが大地に根を張る花とも相性が良いかもしれない――とは言え一方的な頼みだと十分承知しているのだが。
 全く……、深々とした溜息の後、
「……わかりました。任されてあげます!」
 エステルが宣言した。
「開花を安定させる前に、託してごめん」
 申し訳なさから自然と頭が下がる。
「兄様、そうじゃないでしょ」
 呆れ口調の妹は「深い感謝を。よろしく頼む」と差し出されたエアルドフリスの手を「私を頼ってくれて嬉しいです」と握り返していた。
 ユリアンも慌てて師に倣う。
「エシィ、これは今までの観察記録」
 草臥れた手帳を懐から取り出し差し出す。
 群生地、薬局、それぞれの気候、土の温度、アメノハナの様子などを細かく記録したものだ。移植を決めてからは薬草園のデータもできる限り集めた。
「根は深く張るから穴も深めに……」
「いいえ、穴は浅めで行きましょう。その方が根が自力で深く張れるようになるもの」
 これくらい、とエステルは見本を掘る。続いて「根周りの土をほぐして、先端を指一本分くらい切って……」と二人にてきぱきと指示を出す。
 日々学んでいるのだろう。薬草園を継ぐ、妹の本気が伝わってきた。
 エステルに任せて正解だった、と改めて思わずにはいられない。
 その視線にエステルが「なに?」と首を傾げる。
「本当に頼りになる妹で助かる」
「兄様のフォローは慣れてるもの。……でもでも、見届けないなんて許しませんから」
 ずいっと詰め寄られ、ユリアンは半歩退く。
「もちろん放り投げる気は……」
「ちゃんと定期的に家に帰って来る事」
「……ぅッ。必ず帰るよ」
 兄が言い終える前に妹が被せる。「定期的」というところが自分をよく知っている妹の言葉だな、とユリアンは思う。
 ちらっと師をみれば我関せずといった風にアメノハナを植えていた。
「エアルド先生も是非いらして下さい。母もおもてなししたいって言ってます」
 だが妹は師に対しても礼儀正しく釘を刺すことを忘れない。しっかり者だ。
「勿論、お招きとあらば参上するとも。この薬草園はたいそう興味深いしね」
 敵わない――と師弟は顔を見合わせた。

 年が明け、薬局は一気に慌ただしさを増す。
 主であるエアルドフリスが薬局を閉め旅立つ。その準備のためだ。
 日常の診療に加え宿の片づけや患者への挨拶回りなど飛ぶように一日が過ぎていく。
 「不肖の兄の恩返しの手伝いです」とエステルが助っ人に来てくれた。
 何故か魔導カメラ持参で。
「先生、薬局や皆の写真を撮ってもいいですか?」
 薬局の様子を記念に残しておきたいらしい。
 力を貸してもらう身としては断る理由もない。
「一つポーズでもつけようか?」
 などと冗談半分にパイプを手に椅子に腰かけ恰好をつけた姿の写真。
 それが後世に残ることになるとはこの時のエアルドフリスには知る由もなかった。
 冬もそろそろ終わろうかという頃、ユリアンがアメノハナの村の少女を薬局へ招く。
 宿を引き払う前にアメノハナを育てていた場所を見せるために。
「少々散らかっているのは勘弁してもらいたい。何せ片づけ中なんでね」
 興味深そうに薬局内を見て回る少女にエアルドフリスが薬草茶を淹れながらウィンクを一つ。
 なんとなく背中に視線を感じたがそこは気付かないことにする。
 時には鈍感になるのも大人になるということだ、と弟子に心の中でアドバイスを送りながら。
「アメノハナのことなんだけど……」
 そんな師の心の声を知ってか知らずか、歓談のあとユリアンが切り出す。
「最後まで責任持てなくて、ごめん。開花条件の一つ……本当に盲点だった」
 窓辺で揺れるアメノハナは村育ちに比べ緑も濃く背も高い。だというのに此処で花を咲かせることは一度もなかった。
 温度、気象――あれこれ条件を変えてみても蕾はつかない。
 手詰まりとなった状況を崩してくれたのは楽師の少女の一言。
 ただ本格的な実証はこれからになってしまうのだが。
 それも含め……
 開花の条件には群生が必要だと思われること。
 そして寄り添い咲くならこの場所が手狭であること。
 一つ一つ誠実に説明するユリアンの横顔をエアルドフリスはみつめる。
 全てを一人背負い込もうとする危なっかしい少年ではなく、前を見据える青年がいた。
 縁とは不思議なものだと思わずにはいられない。
 よもや自分が師という立場になるとは。
 師としてどれほどのことができたかわからないが。
 いや変わったのは彼だけではない。自身もだ。
 ユリアンとの出会いはエアルドフリスにとって転機をもたらした。
 自分を見つめ直す機会となって。
 師と弟子――きっとそれは鏡みたいなものなのだろう。
「だから……」
 一度言葉を止め、ユリアンがエアルドフリスへと視線を向ける。
 先を促すように頷けばユリアンは再び少女へと向き直す。多分少女もユリアンから話を聞きたいはずだ。
「俺の実家の薬草園に……エステルに託すことにしたんだ」
 ユリアンとエステルのお家にアメノハナの花壇ができるのは素敵ね、と少女がはしゃぐ。
 そしてユリアンとエアルドフリスに今までの感謝を告げ、エステルにこれからのことを頼み可愛らしく頭を下げた。
「今度こそ上手く咲いたら、好きな場所で咲かせられるね」
 ユリアンの言葉に少女が破顔する。混じりけのない笑顔が眩しい。
「興味深い課題を貰ったこと、感謝しているよ」
 中々に手強かった、と腕を組んだエアルドフリスは「で、出来栄えはどうだろうか。村を代表して採点してくれまいか?」と少女に振る。
 暫く考え少女は鞄を探りだした。まずスケッチブックを取り出し、それから鞄の中を探りハンカチや本、蓋に小鳥が止まった硝子の箱をテーブルの上に並べていく。
 中に色とりどりの飴の詰まった硝子の箱は見覚えがある。エアルドフリスの大切な人の店で扱っている品だ。
 ユリアンが少女を迎えに行った際、手土産として持っていったのだろう。
 あった、と布でぐるっと巻いた筆を取りだした。
 そして広げたスケッチブックに大きく花丸を描く。
 だってこんなにも大きく元気に育ったから、というのが採点のポイントらしい。
 アメノハナのプランターを囲み写真を一枚撮ることも忘れない。
 撮影の後エアルドフリスはこそりと少女に袖を引かれた。
 もう会えないの?と不安そうな声。
「俺は何処にだって行くからね。だからきっとまた会いに行こう」
 小さな手と交わす指切り。
 良い旅路でありますように、少女からアメノハナの押し花の栞を贈られた。

 翌日は少女も交えて薬局の片づけや掃除に精を出す。
 果たしてどこに詰め込まれていたのだろう。テーブルの上に山と積まれたカルテの他に薬草や症例について書きつけたメモ。
「こりゃあ……6年間の重みを感じるな」
「患者さん達を託すお医者さんや薬師さんがいないなら、見つかるまでカルテを預かりましょうか?」
「とりあえず種類ごとにまとめていこうか。師匠はいる、いらないの判断をして」
 黙々と書類を分類するユリアンの髪を窓から入り込んだ風が撫でていく。

 窓を開けてもなお漂う薬草に混じる師の煙草の香。

 カルテの走り書きの文字。

 さて、調子は如何かな?――ギシっと椅子を軋ませて患者へと顔を向ける師の姿が浮かぶ。

 薬局の見慣れた風景――が間もなく無くなってしまう。

 俺がもっと出来のいい助手だったら……

 ここを継ぐことができたのかもしれない。そう思わなかったといえば嘘になる。
 でもまだだ。
 知識も経験も心構えも……師の背中はずっとずっと遠くにある。

 それに……

 吹く風に、近くを流れる川の音にふっと唇を和らげた。
 此処を拠点として残すこともできる。
 それでも閉めるのは師匠のけじめなのだろう。
 風と雨。常に形を変え流れ巡るもの。
 故に――自分たちは似た者師弟なのだ。
「片づけがそんなにも楽しいもんかね……?」
 我が助手ながら変わり者だ、と師が引き気味の様子。
「師匠のメモ、貰って良いかな?」
 手にした束をばさりと鳴らす。
 離れても……いや離れるからこそ、そしてこれから経験を重ねた先で身に染みる言葉や教えがきっとある。
「捨てる資料があるなら是非! 私も先生の調合気になりますもの」
 とエステルも加わった。
「さぁて、どうしたもんか」
「旅に持って行きたくて」
「そうは言っても薬師の魂だからなあ」
「なら写しなら……。」
 思案するエアルドフリスにユリアンは食い下がる。
「よし、問題だ。正解したら譲ろうじゃあないか」
 エステルが「私たちは休憩用のお菓子買ってきますね」と少女を連れて外へ出た。
 「……に行きましょうか。新作のチョコレートが美味しいの」などと楽し気な声が遠ざかっていく。
 気を遣ってくれたのだろう。
「では、問おう」
 二人を見送って師がユリアンへと向き合う。「ユリアン」静かな声が呼ぶ。
 射抜かれそうな真剣な眼差しに自然、背筋が伸びた。
「薬師にとって最も重要なことは何だ?」
「……」
 大事な事……。心の中で繰り返す。
 思い返す師との日々……。
 自身の決意も込めて拳を握りまっすぐに視線を返す。
「冷静な目と添う心……」
 師を見てきた自身が辿り着いた答え。
「……」
 射し込む陽光、光と影にくっきりと分かれる薬局に沈黙が流れる。
 ユリアンの耳に通りで遊ぶ子供たちの声が鮮明に届いた。
「旅のお供にしちゃあ聊か嵩張るとは思うがね」
 どうやら正解らしい。
 全身の力が抜ける。
「さて片づけを再開するとしようか」
「師匠、右から左へ移動させただけじゃ何も終わらないよ!」
 とにかく持って行くものだけでも分ける、とユリアンが言えば「そういうところ、お前さんがた兄妹は似てるよ」と返された。

 片づけが終わったのは出発の前日深夜――当日明け方。
 ……いや正直なところ片づけは終わらなかったのだ。
 大物の棚などは宿の主人に託すことになった。
 それでも掃除され妙にすっきりとした部屋をエアルドフリスはぐるりと見渡す。
「狭いながらも……か」
 備え付けのテーブルの染みはインク壺をひっくり返したときのもの。
 椅子で寝ているユリアンを起こそうと伸ばした手を途中でおろす。
「お前さんがここに来てどれくらいになるかね?」
 最後の問答――あれはどんな答えでもユリアンが自身で辿り着いたものならば正解にしようと思っていた。
 確かに自分はユリアンの師だ。でもそれは知識や技術的なことであり薬師としての在り方は彼自身が見つけていけばいいと思っている。
「……本当のとこを言うとだね」
 もっと教えるべきことがあるのではないかと思う。
 ユリアンの傍らにはまとめられたメモ。そんな走り書きのものばかりではなく。
 自分の師もこんな気持ちだったのだろうか。
「だから……」
 これで終わりじゃあないんだ。
 繋いだ縁は切れることはない。

 そう……。

 万物は流転し、一切は円環へ還る。
 互いに巡り。また会うだろう。

「では、佳き巡りを」

 弟子の旅立ちをひそやかに言祝いだ。
 そして毛布を掛け直し部屋を出る。
 階下に降りたエアルドフリスを迎えたのは宿の主人だ。
 見送りためではなく朝の仕込みをしているだけなのだが。
 野菜を煮込んだスープの嗅ぎなれた匂い。
 日中、喧騒に包まれる宿の静かなひと時。
 行くのか、顔もあげずに主人が問う。相変わらず愛想はない。
「心地が良くてね、一年、二年……年を重ねたが、そろそろ頃合いだろうさ」
 片づけるのが面倒なんだろう、とでも言いたげに肩を竦められた。
「故郷みたいに思っていたんだがね」
 この言葉は嘘ではない。
 ここは第2の……ではないか。
 故郷を失った身だ。
 浮かぶ情景を払うように頭を一度振る。
「ま、リゼリオに来た折にはまた世話になるよ」
 いつも通りの応酬を経て、じゃあ、と去ろうとしたしたエアルドフリスに主人が何かを放り投げた。
 受け止めたそれは袋入りの煙草。主人からの餞別だ。
 やはり主人は鍋に顔を向けたまま。
 長年の客よりスープかねぇ、などと冗談を投げかけてから
「有難く頂戴しよう」
 今度こそエアルドフリスは長い事過ごした宿を後にした。
 そんな無愛想な宿の主人が後にエアルドフリスが過ごした薬局を保存したなど誰が信じようか!

 は、とユリアンは目を覚ます。
 射し込む光に朝が来たことを知る。
 目を擦りながら体を起こすがそこに見慣れた背中はない。
「……!!」
 飛び起き、ドアへと行きかけ回れ右。窓へと駆け寄った。
 窓を開けて身を乗り出す。
 人の少ない朝の通りにその人を見つけた。
「エアルド師匠……!」
 朝も早いというのについ呼んでしまう。
 エアルドフリスが振り返る。
 挙げられた手に応えて大きく振り返した。
「また会える……」
 から「さようなら」は必要ない。
 何処に居ても、その背を追っていくよ――
 朝日の中、遠ざかる背が見えなくなるまでユリアンは見送った。

 ぽふぽふ。水分をたっぷり含んだ土を掌で軽く整える。
 エステルは最後の――薬局で兄とその師から託されたアメノハナを薬草園に植え替えたところだ。
 二人とももう旅の空だろうか。
「知っていたけど……」
 『ずっと』が通用する人達ではないことは。
 ずっとアメノハナに関わってきたことは奇跡――そう思えるほどにはアメノハナに向き合ってきた二人をみてきた。
 だからこそ後を任されたのだ。
 二人が自身で決めた旅立ちを気持ちよく送り出すために。
 エステルなりの餞別だ。
「二人が腰をぬかすくらい見事な花を咲かせてみせますとも」
 泥のついた軍手で額を拭うエステルが「あ」と声をあげる。
 小さな白い蕾が風に揺れていた。

 新しい春がやってくる――……。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃
━┛━┛━┛━┛
ユリアン(ka1664)
エアルドフリス(ka1856)
エステル・クレティエ(ka3783)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

皆様のこれからに幸多からんことを!!!
皆様と過ごせた時間は私もとても幸せでした。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年04月07日

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