▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『おやすみは水平思考とともに』
LUCKla3613)&霜月 愁la0034


 スペインバルで知人たちと食事をした帰り、LUCK(la3613)は友人の霜月 愁(la0034)に手を引かれながら夜道を歩いていた。バルで二人ともワインを飲んでいる。LUCKの顔はだいぶ赤く、愁も少し頬が染まっていた。
 空にはウミガメの卵みたいな月が浮かんでいる。道に街灯は並んでいるけれど、なくても困らなさそうな明るい満月だ。LUCKの眼鏡と、翡翠の瞳に月が映っている。冬と春の境目に吹く風が、着ているものの裾を揺らした。
「美味しかったね、アヒージョ」
「ん……そうだな……美味かった……良い油を使っていたな……あまりもたれない」
 愁の方は少しご機嫌な程度だが、LUCKはほろ酔いで、だいぶ眠くなってきている。おまけに、今隣にいるのは気心の知れた友人。安心感で隙だらけだ。普段、LUCKと戦闘依頼を共にするライセンサーたちが見たら驚いたかもしれない。平時なら不敵に笑む口元は、軽く開いており、表情全体に、どこかあどけなさが漂っている。
「大丈夫?」
 月を映した目がとろん、としているのを見たのだろう。愁が眉を寄せながら尋ねてきた。LUCKはこっくりと緩慢な動作で頷くと、
「……少し飲みすぎたかもしれん」
 少なくとも「かもしれん」というレベルは超えていた。日頃の疲れもあったかもしれないが、かなりアルコールが回ってしまっているのは明らかだ。けれど、悪酔いと言うほどではない。火照った顔に、夜の風が心地良い。
「アルコールが分解できない、とかじゃないよね?」
 愁が心配そうに尋ねる。
「ああ、基本的な挙動は生身と変わらん……この義体で分解できる量を超えるとこうなる……」
 要するに酔っ払いなのだ。愁はそれを聞くと、少し納得したような顔になる。一切アルコールを体内で処理できないとなるとそれはそれで問題だ。
「少しじゃなくて結構飲み過ぎだと思うよ?」
 肩を竦める。結局、飲み過ぎであることには変わりないのだ。
 声は呆れた様な……けれど、目は笑っていて、愁がそこまで悪くは思っていないことを示している。どうやら、酔った友人と歩くと言うこの状況を楽しんでいるようだった。ぼうっとした頭でも、愁が考えていることはなんとなくわかる。彼が自分には隠さないからかもしれない。
 LUCK相手の目を見ると、唇を閉じ、ゆるく口角を上げ、
「すまんな」
 声音で眉を下げる。
「ううん、良いんだ」
 愁はふるふると首を横に振ると、自分より大きな手を握り直した。


「ああ、そうだ……」
 空に浮かぶ大きな月を見ながら、LUCKがほう、と息を漏らした。
「どうしたの?」
 何だか月に魅入られている様にも見える。どこかぼうっとしている友人の、次の言葉を待っていると、その口から出たのは案外穏やかなことだった。
「俺も一つ、水平思考問題を思いついた」
 先ほどのスペインバルでは、水平思考問題を出し合って遊んでいた。LUCKは何度かやったことがあるらしい。頭を使うのが好きなのだろう。どんな問題を出すんだろう。愁は少しわくわくしながら、
「どんなの?」
「ある人が、読書をしていた」
 そう言いながら、LUCKは再び歩き出す。問題文を口にするのと、足の動きが連動しているかのようだった。LUCKは普段から機械じみた動きをするし、戦闘中もノーモーションで攻撃動作に移る傾向にあるが、酔っ払っているせいなのか、今もどことなく突拍子なく見える。もしかして、身体の大部分が機械だから、とかじゃなくて、性格なんじゃないかと愁はちょっぴり思ったりした。
「読み終わって、次にする用事のために席を立ちたいのだが、立ち上がれない。何故か」
「余韻に浸ってた、とかじゃなくて?」
 水平思考問題が一筋縄でいかないことはわかってはいるが、ひとまず思いつく可能性から上げていく。案の定、LUCKは首を横に振り、
「いやそうではない……物理的に立ち上がれない……」
「なんだろう」
 ナイトメアに襲われたのか……などと考え始めて、愁は首を横に振った。水平思考問題の中には、ブラックジョークのものも多いと聞く。だが、この状況で、自分に対してLUCKが出すのはきっとそんな問題じゃない。多分、のどかで、思わずくすりと笑ってしまうようなものだろうと愁は確信している。
 次は何て質問しようかな、と考えている間に、LUCKの住居に到着した。家主はかなり眠たそうではあったが、難なく解錠して、玄関のスイッチをつける。
 愁がLUCKの家に来るのはこれが初めてではない。というか、何度も遊びに来たことがある。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい……」
 勝手知ったるなんとやら。愁はLUCKを洗面所に押し込んだ。眠気に抗いつつも手を洗っている。冷たい水を手に流して、少し目が覚めたかと思いきや、刺激がなくなった途端にまた眠気が復活したようで、
「ん……ねむい……」
「廊下で寝ちゃ駄目だからね。身体痛くなっちゃうよ」
 今にも上下の瞼がくっつきそうな友人を、寝室まで引っ張っていく。ベッドに座らせて、眼鏡を外した。畳んで、LUCKならこの辺に置くだろう、という所に見当をつけて、レンズに触らないようにそっと置いておく。
 LUCKはそのまま横になろうと傾いた。愁が慌ててコートの前を掴み、
「ラック! 待って待って! せめてコート脱いで!」
「うん……」
 むにゃむにゃしている。愁はコートの袖から友人の腕を引っこ抜きながら、
「そう言えば、さっきの問題なんだけど」
「うん」
「それ、ナイトメアは関係ないよね?」
「ああ。関係ないな……もっと平和で……その人は、なんと言うか……思いやりがある……」
「そうだよね」
 やはりLUCKの出す問題はブラックジョーク系ではないらしい。なんとなく、途中まで答えが出かかっているような気にもなるが、決定打がない。もしかしたら、自分も眠いのかもしれなかった。酒とは関係なく寝る時間だ。
「物理的にって事は、座っている状態で何かが起こっているってことだよね?」
「……ん……そうだ……椅子かソファか……ベッドに座っていても起こりうる……」
 反対側の腕も袖から出すと、LUCKはやっと睡眠へのゴーサインが出た物と思ったらしい。そこにいた愁を抱き込んで、ぼすん、とベッドに横になる。
「ちょっとラック! コート皺になっちゃうよ!」
「……ぬくい……」
 コートを脱いだと同時に、体感温度が下がったらしい。愁で暖を取ることにしたようだ。抱き枕にされた愁は、なんとかLUCKのコートを枕元に放り出す。このままベッドから抜け出てお暇してしまおうかとも考えたが……。
「……いやまあ、うん。たまにはこういうのも良いか」
 安心しきった表情で寝ているLUCKを見て考え直し、大人しく腕に収まった。戦い続きの生活の中で、友人と過ごせる時間は尊く、貴重なものだ。彼はそれを知っている。LUCKの方も同じだろう。
 毎日どこかでナイトメアが出没している。誰かの命が失われている。ライセンサーはナイトメアと戦う力を持っているけど、不死身じゃない。どちらの命がいつ潰えてもおかしくない。二人ともそれをよくわかっている。そういうことを想像する力が二人には備わっている。
 だから、愁はこういうのも良いかと思うし、こういう時間こそ大切にしたいとも思う。
 戦いだけがライセンサーの日常じゃない。
 けれど平和な日常だけでもいられない。
 だからこそ、どう言う時間であれ、友達と過ごせる時間は大事にしたい。

 LUCKの規則正しい呼吸が聞こえる。どうやら寝入った様だ。それを聞きながら、愁もうとうとし出して……やがて眠りに落ちた。


 翌朝、LUCKは目を覚ますと、自分の隣で愁が寝ているらしいのに気付いて、首を傾げた。
 はて、どうしたことか。記憶を辿り、ようやく昨晩のことを思い出す。大きな満月が浮かぶ空。手を引いてくれた愁。はっきり覚えていたのはそこまでで、「眠気」というノイズを取り払う。コートを脱がされて寒く感じたので、そのまま愁を抱き枕にしてしまったのだ。
(悪いことをしたな……)
 自分が動いたら起こしてしまいそうで、LUCKはそのまま愁の顔を眺めていた。よく見えない。眼鏡は愁が外してくれたようだ。そうでなければ成人男性二人の寝相でベッキベキになっているだろうが。
 電気も付けっぱなしの部屋で、窓からは朝日が差している。眩しさからか、愁はそう間を置かずに目を覚ました。
「うーん……おはよー……ラック……」
「おはよう、愁」
「あ……起きてた……? もしかして、僕が寝てたから気を遣ってくれたの?」
「昨夜は迷惑を掛けたな」
「ううん、気にしないで。頭痛くはない?」
「ん、大丈夫だ。そこまでは飲んでいないからな」
 愁が起き上がると、LUCKも起きて眼鏡を探した。やっぱり枕元のすぐわかるところに置いてある。愁の方が、LUCKならここに置くだろうと思ったのだろう。眼鏡を掛けて、改めて愁の方を向くと、友人は紫水晶の様な瞳をキラキラと輝かせていた。何か言いたそうにしている。
「どうした?」
「ラック! 僕わかったよ! 昨日の問題!」
「昨日の問題……ああ、あれか。読書を済ませた人が立ち上がれなかった理由だな? 言ってみろ」
「椅子でもソファでもベッドでもあり得るってことは……動物が膝に乗っていた!」
「正解だ」
 LUCKは微笑んだ。

 読書をしている人がいた。読み終わって、次にする用事のために席を立ちたいのだが、立ち上がれない。何故か?
 膝の上にペットが乗ってくつろいでいたからだ。

「猫か犬か……どちらかというと乗っていそうなのは猫か……いや、甘えたがりの大型犬かもしれない」
「どっちでも、飼い主さんは嬉しいかもね」
 くすくすと笑う。
「ラックならそう言う問題出すと思った」
「なんだ、気付いてたのか?」
 昨日は結構真剣に考えていたように見えたのだが。LUCKが首を傾げて尋ねると、
「ううん、答えはわからなかったけど」
 愁はぼさぼさの頭をゆるゆると横に振った。
「ラックなら、そう言うかなって思ったんだ」
「何だ、それは」
 くすりと笑いつつも、友人が自分のことを理解していること、その理解には信頼が含まれているであろうことを嬉しく思う。LUCKは頭を掻いて、
「朝飯、食べて行くか? 何か作ろう」
「じゃあ一緒に作ろう。冷蔵庫見ても良い?」
「ああ、構わない。お前が食べたいものにするとしよう」
 愁は冷蔵庫を開けた。
「あ、卵が丁度二つある……ベーコンもあるから、ベーコンエッグにしようか」
「そうしてくれ。では俺はまずコーヒーを……」
 LUCKは応じながら、キッチンの小窓を開けた。
 雲一つない優しい青い空は、風のない海のように穏やかだった。ウミガメの卵は消えている。孵って海に入ったか。春先の、温かい風に頬を撫でられて、LUCKは柔らかい笑みを浮かべた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
行間はおまかせ、ということでゴリゴリ妄想しながら書かせていただきました。この相手だから見せる顔、というイメージです。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
パーティノベル この商品を注文する
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.