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『女神本物』
スノーフィア・スターフィルド8909

 風にひと吹きされて舞い上がった髪先を指先で押さえ、そのまま後ろへ払う。その表情に苛立ちや鬱陶しさはない。むしろ小さなアクシデントを楽しんでいた。
 そんな速歩の中でもふと、すれ違う盲導犬の邪魔にならないようふわりと避け、散歩中の園児たちへ手を振り、かわいさを噛み締めつつ小さく地団駄を踏んで。
 ああ、やっぱりスノーフィアは最高ですねぇ。
 そこそこ以上のひいき目でふわっと評しておいて、スノーフィア・スターフィルド(8909)は柱の陰でうんうんとうなずいた。
 今、彼女が3時間半ほどの間追いかけている対象は、自分がスノーフィアだからこそひと目で知れた“本物のスノーフィア”だ。
 スノーフィアは前世におじさんだった頃からの『英雄幻想戦記』ファンで、隠しヒロイン・スノーフィアの熱狂的ファン。“本物”を見つけたら尾行する以外の選択肢はなく、尾行を重ねる中で各種スキルは磨き上げられ、今や立派なストーカーとしてがんばっているんである。
 ストーカー? 心外ですね。贈り物(監視カメラ)はもちろん、差し入れ(自主規制)も手紙(怪文書)も押しつけてませんし、望遠レンズで動画撮影(犯罪)も決行していません。ましてやにおいを吸いに行く(犯罪?)こともです! あくまでも見守り……まさしく見て守るだけですから!
 なにかが高まりすぎたせいか、地の文にまで噛みついておいて、スノーフィアはあわてて視線を本物へと据えなおしたが。
「どこ――!?」
 どこにも本物がいない。目を離したのはたったの2秒、その間に移動できる歩数などたかが知れている。しかもどこへ本物が向かおうと、横道まではそれなりの時間がかかるのだ。見失うわけがないからこそ、地の文へツッコんだりもできたわけだが。
 ぽん。後ろから肩を叩かれて「ひぅっ」、スノーフィアは跳び上がった。


 最初に本物を見つけたあの小洒落たカフェで、スノーフィアは本物と向かい合う。
 テーブル1枚分の向こうに、本物のスノーフィアがいる。そのことがどうにも落ち着かなくて、スノーフィアは闇雲にカフェオレをついばむばかり。
 一方の本物は、カップで隠れたスノーフィアの顔をのぞき込み、体勢を整えて。
 日本語は、通じますよね?
「あ、ははははい! にほんごわかりまスコシ!」
 スノーフィアの動揺が収まるのを待ち、本物は言葉を継ぐ。
 まず、スノーフィアの尾行は風羽鳥の告げ口で最初から知っていた。
 その上で気づかないふりをしていたのは、目的を知るためだった。
 しかし、後をつけたり時々においを嗅ぎにきたりするだけなので、ただのやばい人かと思った。
 が、顔や姿形が自分そっくりだったので、ここでようやくあれこれ調べることにする。
 攻略サイトを見て関係ありそうなイベントの目星をつけ、攻略動画で勉強すること2週間。にわか知識ながら、別にスノーフィアが“ひとつの魂より分かたれた姉妹(双子)”や“魂の在りようを裂かれた足りることなきもの(ドッペルゲンガー)”ではないことを確信したのだと。
 対してスノーフィアは、嘘になりきらない程度の美化と脚色を加えて自分のストーキングをごまかしてから、「はい」。右手を挙げた。そのまま待って、指差されてから話しだす。
「風羽鳥というキャラクター、『幻想英雄戦記』には一度も登場していませんよね? もしかして、ビーストマスターがパートナーモンスターへ贈ることができるパーソナルネームですか? スノーフィア分裂系イベントについて攻略動画で勉強されたそうですけど、実況者はどなたを選ばれましたか? 有名度と考察の鋭さ、心情の深さはイコールではありませんので――」
 おどろおどろおどろおどろ。異様な早口で撃ち出されるフリークスなリリックに、本物もちろんドン引きだったが。苦笑して、正解を口にした。
 あー、風羽鳥は女神の力で現実化させた私の著作物なんです。
「はい?」

 表現を極力マイルドにしてお届けすれば、本物はうっかりトラックさんとこんにちはーで異世界トリップかましちゃった作家志望女子だそうだ。
 ただ、それはトリップではなく、転生だったのかもしれない。なぜならザ・日本人だったはずの本物が、外国人丸出しなスノーフィアへと変じていたわけだから。
 最初はとまどいましたけど、でも。女神レベルを上げていくうちに元の世界へも帰れるようになりましたので、元の世界では本来の姿で暮らして、こちらでは詰めている息を抜いて、自然に過ごすようにしているんです。
 話している内に手がろくろを回す感じになってくる本物。一応、元の世界での職業を訊いてみると――社長だった。写真見せてもらうと、強気でタフでクールな美人でいかにもエネルギー溢れてますって感じ。
 こんなふうに全部を外へ向けて噴き上げてるような人が、実はジュブナイル作家を志望する、強さの内にかわいらしさを隠した人だなんて……こちらのスノーフィアなど中に入っているのがおじさんなので、もう勝負にならないじゃないか。
 と、打ちひしがれつつ、おじさん時代に培った会話術で話を繋ぐ。
「今までうかがってきたお話からして、女神ってレベルがあるんですか」
 ええ。女神らしく生きていると、ゲージが出現して溜まっていきますね。
 え!? これまでそこそこの時間スノーフィアとして暮らしてきたはずなのに、そんなゲージ感じたことないしなにかが溜まった雰囲気も味わったことないんだが? つまりそれは……スノーフィアが女神らしくできてないということでは?
 身に覚えがありすぎてもう、言い訳一滴絞り出せやしない。
 カフェオレのカップをソーサーの上でタップダンスさせるスノーフィア。しかしまだ壊れるわけにはいかない。これだけは、確かめておかなければ。
「あの、女神らしく振る舞うために、どんなことを心がけているんですか?」
 本物は小首を傾げ、本当に自然な笑顔で。
 自然体です。かわいい、うれしい、楽しい、小さなハッピーをいっぱいに喜んで、まわりのみなさんへ伝えていく。私の認識できる世界はとても小さなものですけれど、その中にいてくれる人たちには幸せを届けたいんです。
 本性だけで女神レベル上がるとかこの人、マジでガチの女神じゃないですか!
 光魔法喰らった闇の生き物よろしく苦しむスノーフィアへ、本物はさらに追い打ち。
 ゲームのことはまだよくわからないんですけど、これから勉強しますね。この出逢いをこれだけで終わらせてしまいたくないですから。
 もうやめ、やめてください! 私の魂、浄化――され――る――


 危うく消滅を免れたスノーフィアは這々の体で自宅へ帰り着いた。
 自分が穢れているせいで酷い目にあったが、ともあれ。握り締めたスマホには本物のアドレスが登録されていて。
 社長の性もあって人付き合いは重要視しているようだから、『英雄幻想戦記』のことを訊いてきたりするかもしれない。そうしたら即レスするのではなく、下書きして客観的に要点をまとめて、引かれないようにしなければ。
 結果から言えば、その夜の内に本物から連絡があった。
 ただしゲームについてではない。読んで感想を返してくれと自作小説10作、圧縮ファイルで送りつけてきたのだ。
 教訓。いかな女神とて、人である業は捨てられない。
 終わらないファイル解凍作業をながめやり、深いため息をつくスノーフィアだった。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月08日

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