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『頼み事の作法』
ルナ・レンフィールドka1565)&ユリアン・クレティエka1664

「わぁ!」
 歓声を一つ上げ、演奏の終了と共にルナ・レンフィールド(ka1565)は惜しみのない拍手を楽士に贈った。
 拍手を受ける楽士は少し照れくさそうに笑いながら、じゃあこれ楽譜ねと広げていた束をまとめてルナに渡す。
 有難うございますと礼を言い笑顔で受け取って、ルナは先程聞いた曲の事を、やっぱり街の外れにある古城の曲なんでしょうか? と楽士に尋ねてみた。

「どうだろうね、可能性はあると思うけど、古い曲だから……」
 この曲には共に語られるストーリーがついている。
 夜中に家から抜け出した男の子は森で妖精に出会う、妖精を追いかけていったら古い城にたどり着き、何が飛び出てくるかわからない城で妖精と共にドキドキハラハラの大冒険を繰り広げるというアップテンポなお話だ。

 それっぽい城なら街に入る前にちらりと見かけている、遠目ではほぼ砂色の城壁しか見えず、どっちかと言えば砦のような無骨さだったのが印象に残っている。
 城壁の向こうには、曲で語られるようなドキドキが隠れているのだろうか。
 興味を隠そうともしないルナに楽士は一つ苦笑して、ハンターなら仕事を受ければ城の中を見に行けると思うよ、と教えてくれた。

「お仕事、ですか」
「あんま割のいい仕事じゃないけどねー」
 色々と教えてもらった礼を最後に、ルナは楽士と手を振って別れる。
 仕事の話ならオフィスで聞けると言う、話を聞きに行くくらいならいいだろうかと考えながら、ルナは外に足を向けた。

 …………。

「むむ……」
 ルナは悩んでいた。
 聞いてきた仕事自体はそれほど難しいものではなかった、ルナ一人でも多分なんとかなるだろうお使いだ。
 だが距離がそれなりにあって、行くとしたら恐らくは一日がかりになってしまう。

 ――彼になんと言えばいい?

 城の事は最初の予定に入っていない。
 別に急ぐ必要のある旅ではなく、日程が圧迫されるという訳でもないが、それでもルナのわがままで丸一日使おうとしてしまうのは憚られた。
 言えば多分許してもらえると思うのだけれど、なんか困らせてる感じもするのがルナの口を重くする。
 ルナが勝手に気になってるだけなのだ、彼が得るものなんてどこにもない。

 どうしようかと考えながらも、まずは彼の戻りを待ってみるしかなかった。

 +

 ルナは打算を巡らせるのは苦手だった、必要がなければ直情気味になりがちな事もあり、結局は夕食後にありのままを話す事にした。
 街の外にあるお城が気になって、そこでお仕事があって、一日がかりになってしまうのだけれど、出来れば見に行きたい。
 予定や考えがあるなら無理を言う気はない事を付け加えつつ、ルナは両手を胸前で合わせて、少しの緊張と共に彼の言葉を待つ。

「……うん、大丈夫だよ」
 ルナのお願いを聞き終わり、少しの沈黙を挟んでユリアン・クレティエ(ka1664)は静かな頷きを返した。
 それ以上の言葉はなく、彼の表情からは何も読み取れない。ルナは自分が得た許しに僅かな疑惑を抱きながらも、自身の聞き間違えではない事を確かめるように言葉を口にした。

「えっと……では、明日の朝に出ようと思うんですけど……」
「うん」
 やはりそれ以上の言葉はない、もしかして気分を害しただろうか、いやまさかと混乱しながら、ルナはなんとかして気まずい空気をごまかしにかかった。

「そ、それじゃあ……おやすみなさい! お土産見つけてきますね!」
 余り良い対応ではない、それはわかっているのだけれど、ユリアンの考えが読めなくてルナにはその場しのぎの言葉しか言えなかった。
 どさくさに紛れて部屋から退出しようとした直前、はしっと乾いた音と共にユリアンの細く無骨な手がルナの手を掴む。

「あの、ユリアンさん……?」
 やっぱり困らせているだろうか、恐る恐る顔色を伺うものの、相変わらずユリアンの表情は読めなかった。
 たっぷり数秒の沈黙を挟んで、ユリアンはやっと言葉を見つけたとばかりに口を開く。

「……お仕事なんだよね?」
「は、はい」
「ついていかなくていいのかな、って……」
 ユリアンの顔には少しの落胆に遠慮が滲み、困ったような色を作っている。
 今度こそルナにもユリアンの言いたい事ははっきりわかったので、置いていくつもりではなかったのだと慌てて首を横に振った。
「いえ、ついてきてください、お願いします!」

 …………。

 恐らく自分は最高に情けない対応をしたのだろうとユリアンは思っていた。
 勿論、ルナのお願いは最初から頷くつもりだった。ただルナはわがままの負い目からか完全に一人で行くつもりのようだったから、ユリアンは自分がどうするべきかだけを困り果てていた。

 ルナを一人で街の外まで行かせる心配。
 ルナに頼ってもらえない落胆。

 どちらにしたって表に出すには醜すぎて、危うく何も言えないまま一人で行かせるところだった。
 黙っていれば自分の内心は隠せるけど、それで良いのかをギリギリまで考えた結果、寸前で引き止めていた。
 ――ねだる言葉は随分とみっともないものになってしまったけれど。

 明日の朝、二人で依頼を受けに行くように予定を直して、今度こそ各々の部屋に戻っていく。

 自分が必要ないとか、迷惑ではない事を確かめてユリアンは安堵する。
 ルナは一人前で、自分の庇護なんて必要ない事は百も承知なのだけれど、そんな事とは関係なく頼って欲しいと考えるエゴにまみれた自分がいた。

 +

 翌朝。昨晩の気まずさは随分と薄れ、少しの緊張だけを残して、二人は古城へ赴いていた。
 依頼内容は古城の屋上にある庭園での薬草採取。
 本来の入り口は崩れていて塞がっており、他の手段で高い城壁を超えることの出来るハンターが必要だった。

「街に植え替えれば良かったのでは……?」
「乾燥した場所じゃないと上手く育たないみたい、街の周辺はちょっと湿気が強すぎるって」
 依頼内容が薬草の扱いという事で、下調べはユリアンがしてきた。多少は自分のみっともなさに対する罪滅ぼし的な意味もあったのだけれど。

 城の外側にたどり着き、事前に教えてもらった城壁を越えやすい場所にやってくる、ユリアンにとってはどうとでも出来る程度の高さだったが。
「これ、どうするつもりだったの?」
 入り口が崩れてる事は当然ルナも聞いていた、依頼を受ける条件は『壁を越える手段を持つハンター』だったのだから。
「ええと、《マジックフライト》で……?」
 杖を浮かせてこう、と手振りするとルナをじっと見つめるユリアンの沈黙が続く。
「ユリアンさん、怒ってます……?」
「ううん、危ないなって思っただけ」
 自分に怒る資格があるとも思えないのが正直なところだが。

「じゃあ行こうか」
 飛行手段があると聞いていて尚、ユリアンはルナを抱えあげて壁を越えた。
 彼女の了承を待たず、ひゃと彼女の声が耳をくすぐるのも気にしないフリをして。
 昨日の事が後を引いてるのか、どうもわがままが強くなっている事をユリアンは自覚してしまう。
 他でもない自分がルナの力になりたい。壁を超える手助けを奪う事くらいは許して欲しいと思いつつ、着地と共に彼女を地面に降ろした。

「あ……有難うございます」
 強引に振る舞った自分にもルナは律儀に礼を言う、その事が少し居た堪れなくて、降ろした後も繋いだままだった手指に僅かな力が籠もる。
「……ううん、瓦礫が多いから、気をつけて」

 古城の中、まだ崩れてない場所を通って、二人は屋上庭園を目指す。
 元々ルナは城の内部を見たがっていた、景色が変わる度に彼女からわぁと様々な感嘆が漏れるのを心地よく耳にしながら、ユリアンはランプを上げて暗い場所を照らしていく。
「ふふ、大冒険って感じがします」
 曲で語られていたような驚くべき城の仕掛けや、追いかけてくるおばけが出てきた訳ではない。
 そもそも舞台の裏付けを取れてる訳ですらなかったけれど、知らない場所を知り、目にする事をルナは心底楽しんでるように思えた。

 入り組んだ城内を抜け、最後に階段を上がっていくと屋上庭園にたどり着く。
 改めて周りを見渡せば、ちょうど此処は城壁に隠された中央にあたるようだった。
 庭園にはプランターが敷き詰められ、元々こうだったのか、或いは街の人が整備したのか、ちょっとした植物園みたいになっている。
 設備の大半は砂ホコリにまみれ、手入れもされず荒廃していたが、不思議と茂る植物に翳りはなかった。

「あんま水を必要としない品種……というより、水が多すぎると育たない品種だから、こんな場所にほったらかしでもちゃんと育つみたい」
 自分でチェックしても生育状況は良好だ、依頼の分を拝借して依頼は完了、難しくもなく、完全に移動時間だけの仕事であり、報酬も事前に言われてた通りにお察しだった。
「あの……付き合ってくれて有難うございます」
 割のいい仕事ではないとルナは聞かされてたし、実際にそれは証明されてしまった。
 眉尻を下げて申し訳なさそうな素振りを見せる彼女を見て、ユリアンはルナの手を取ると気にする必要はないと首を横に振る。

「俺は来て良かったと思ってるよ」
 ルナが報酬以外を目的としてこの依頼を受けたのなら、自分だってそうなのだ。
 最初は置いていかれたくないという理由。そして報酬は楽しげにする彼女を見れた事と、お世辞にも安全とは言い難い場所で彼女を一人にせずに済んだ事。
「だから……うん、本当の事を言うなら、最初から遠慮せずに声をかけてほしかった」
 彼女に頼られる事をどうして嫌だと思おうか。
 自分たちは仲間で、同行者で、……大切な人で。
 なんだって話し合う事が出来るんだから、なんだって話してみて欲しい。
「ルナさんが私的な理由で此処に来たかったって言うなら、俺も私的な理由でルナさんについてきたかったよ」
 それがどういうものかは、恥ずかしくてまだ教えられそうにないけれど。

「あの、本当に、置いていこうとした訳じゃないんですよ?」
「知ってる」
 だからおあいこだと無言の内に示して手指を絡め合う。
 これはお互いに遠慮しすぎそうになった、ただそれだけのお話。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お久しぶりです、発注有難うございました。
テーマは喧嘩でもすれ違いでもなく『ルナさんのわがままを聞いてあげるユリアン君』でした。
本当はルナさんの身体能力の不足をユリアン君が補ってあげるはずが「あれ、マギステルって空飛ぶスキルあったよね」って気づいてからは変な方向に行きかけましたが……。

4ヶ月ぶりにぶん回す砂糖ともどかしさは大変楽しかったです。
ではまた、ご縁がありましたら。
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ファナティックブラッド
2020年04月09日

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