『女神六番』

スノーフィア・スターフィルド（8909）

『英雄幻想戦記』といえば、一応人気のコンシューマーゲームシリーズだ。
　そこそこ昔に述べた通り、タイトルごとにがらりと世界観が変わるタイトルなので、ジャンルでくくるのは難しいのだが……まあ、王道以外のやつは概ね問題があると思ってまちがいない。
　その中でもナンバリングの『６』は大問題作で、発売年のクソゲー大賞に選ばれた曰くつき。
　私ですら未だにどう説明したらいいのかわかりませんものね。ファンタジーSF魔法探偵もの……。
『６』のパッケージをしげしげ見つめ、スノーフィア・スターフィルド(8909)は顰んだ眉根を力いっぱい跳ね上げた。
　この『６』におけるスノーフィアは、「被害者で犯人で目撃者で探偵で助手で語り手で事件で舞台」だったりする。ざっくりまとめるならスノーフィアの精神世界で演じられるひとり芝居的な内容である――のだが、それをメーカーがコズミックホラーと銘打ってしまったから大変だ。ファンを丸っと置いてけぼり、大爆死をキメる結果となった。
　サイコホラーならまだ打開策もあったのでしょうが。
　しみじみ噛み締めつつ、スノーフィアは『６』を置いて『５』を取り上げ、中のディスクをゲーム機へ差し込む。お酒を飲んだらやっぱりこれですよね！
　そのはずだったのに。
　なぜか立ち上がったゲームは、『６』。
「あ、まさか、ディスク入れ違」
　最後まで言い切れず、スノーフィアはぐるぐるの向こう側へ吸い込まれていった。
　と思いきや、やけに疲れた顔でするっと帰還。飲み終えたばかりのはずなのにジンを思いっきりラッパ飲み、シャワーも浴びずにベッドへがっくり倒れ伏したのだ。
「だから！　私が今まで何回っ！　クリアしてきたと思ってるんですかーっ！」なんて咆吼を残して。
　さて、ここで彼女の投げ出された右手を見てみよう――手とベッドの間になにかが挟まっている――それは革で装丁された書物だ――この世のものならぬ革と皮紙へ綴られた、スノーフィア・スターフィルドの手記――表紙をめくって――


【スノーフィア・スターフィルドの手記】
●１日め
　私は私の声を聞き、呼び寄せられていることを自覚した。
　私は私に抗えない。なぜなら私自身なのだから。
　私という淵へ沈む前に、私は私から逃れなければならない。それはつまり私を殺すことになるのだが、ためらうものか。私の生は私のもので、私のものではありえないのだから。

●２日め
　私の助けを借りた私は私の干渉を避けつつ私の調査を進めることに。
　しかし、その間にも私はそろそろと私へと近づきつつあり、私を酷く怯えさせる。振り向いてしまいさえしなければ大丈夫だと私を励まして、私は強く踵を踏み鳴らした。
　魔法はいつも私と共にある。頼りない標ではあるが、せいぜい死中の活へ導いてほしいところだ。

●３日め
　私はどうやら私どもを放ったらしい。街を行く中、私はそこかしこから私に目を向ける私を視認していた。
　思えば、なぜ私は私にあれほど拘泥するのだろう？
　確かに私は私だ。私からすればそれは、同じ私であるということに他なるまいが……いったい私はいつになれば私から解放される？　私にはもう、私だったころの記憶など残されてはいないというのに。

●４日め
　銀の弾丸でなんとか私どもを追い散らし、私と私は古の盟約刻みし証書を手に入れた。
　それにより、私と私は思い知る。
　結局のところ、私という存在はもう、私へ向かって進化――いや、深化を開始しているのだ。
　それを止める術は私に、もちろん私にもなかった。

●５日め
　有能な助手であり、友人でもあった私を私は永遠に喪った。そう、私の魂は天国でも地獄でもない淵の奥底へ墜ちていったのだ。
　私に淵をのぞき込む勇気はない。淵の底にあるものと目が合ってしまえば、私もまた私と同じく救いなき永劫の泥底へ沈むだけだ。

●６日め
　私どもはもう、気にするほどのものではなかった。
　ああ、疲れたので演技は放棄しますね。手記を書いてオートセーブさえできればいいので。
　それにしてもです。いきなり『６』の世界に引き込まれて攻略しないと出られないって、いつも通りの展開ではありますけど……『６』はめんどくさいんですよ、抽象的で観念的で。
　とにかく、こうなったら最短攻略する中で考察とかもして、『６』の紹介していこうと思います！

●７日め
　ゲーム中の私の話が長すぎます！　せめて私どもとのランダム戦闘の頻度は下げてくださいアクションシーンのカットできないんですから！　昔のゲーム機だったら読み込み激しすぎて壊れているところですよ！
　……とりあえずここまでのことをまとめますと、私の精神世界には、太古の時代に地球へ追放・封印された私がいて、私は私の外へ戻るためにその私を再封印しないといけません。意訳なので、真実とは言い切れないやつですけど。
　とにかく、もう少し進めて真実を暴いていきましょう。

●８日め
　今日も私どもはしつこいですが、わーっと振り切ってフラグを立てていきます。
　なんでしょう、私は太古に私の中で私と契約していたらしいです。整理しても意味がわかりませんし、オートセーブも入らないのでさらに進めてみたところ、どうやら完全に私の精神は一度砕けていて、それを無理矢理繋いだことで私の内部時間が狂った感じでしょうか？　やっぱりサイコホラーにしておくべきでしたねメーカーさん。

●９日め
　選択肢を正しく選んでいくともらえるご褒美の女神ポイントが溜まりましたので、それを全消費して「これまで集めた情報の断片を繋いで事件の真相へ迫る」コマンドを実行しました。
　そうしたら……はい出ました。情報といっしょに繋ぎ合わされた私の心の中に在る私が。
　ここ、なぜかイラストがなかったのでわからなかったのですが――噂によればあまりのクソゲーっぷりに、イラストレーター含めたスタッフの７割が逃げたせい――こんなことになっていたのですね。
　今までのホラーを意識した重厚なタッチのイラストとはちがう、いわゆる萌え絵の“私ちゃん”がそこにいました。
　データはあるのに表示しなかったのはメーカーとしても苦い判断だったのでしょう。

●10日め
　システムの関係で、“私ちゃん”登場時のオートセーブ挟むと日数が進むっぽいです。途中から開発を引き継いだんでしょうプログラマーさん、お疲れ様です。
　そして“私ちゃん”が荒ぶっておられます。
　せっかく繋いだ私の精神世界が崩れ始めました。正解を当てられたから全部壊すって、考えてみれば最悪ですねぇ。ただ、これは実に深刻な無茶を押しつけられたシナリオライターさんが困り果てた結果のことだとも思いますので、私はあえて正面から対決しようと思います。
　――私をいくら取り込んだところで、私の内に空いた淵は塞がりません。私にできることは、淵を成した私を落としてその淵を塞ぐことだけです。


「ナンバーレスの11日め。結局私が私に空けた穴は空けた本人である私で塞いで、パラドックスを引き起こして全部なかったことにするのです――という哲学的なオチがグッドエンドでした」
　スノーフィアは火のエレメントをペン代わりにして、手記へ結論を焼きつけた。
　完成と同時に手記は消え失せたが、行方を気にすることはしない。『６』のどこか、あるいは淵の底へと向かったのだろうから。
「とにかく迎え酒、行きましょうか」

東京怪談ノベル(シングル)

電気石八生

東京怪談

2020年04月09日