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『示さないとわからない』
メアリ・ロイドka6633

 独り身といえば、きっと独り身と答えるしかないのだろう。

 だからたとえば。
 誰かにメアリ・ロイド(ka6633)という自分を紹介される時。
 付き合っている人はいるのかどうか問われる時。
 『いない』と答えるしかなくて、否が応でも自分は『フリー』のカテゴリに追いやられてしまう。

 恋人はいない、考えてみれば、最期まで受け入れて貰う事は出来なかった。
 その事が惜しくて、悲しくて、でもあの人らしいなと思ってしまって。
 彼の事で思考を満たしてる内に、メアリは好き勝手に囃し立てる外野の事を忘れ去ってしまっている事に気づく。
 話を引き戻して訂正するのも面倒で、大筋は間違ってないからまぁいいかと考えて。
 ただ譲れない言葉をそっと心に抱いた。

 ――恋人はいませんが、フリーではないんですよ。
 ――だって、ずっと好きな人がいるから。

 生憎メアリの叫びは誰にも届く事なく、それなりの社交性を得た代償として、毎度のように合コンのグループには巻き込まれる。
 男を得るつもりはないと最初から言っているのだけれど。
 「でも付き合ってる人はいないんでしょ?」と言われれば頷くしかなくて、「じゃあ行けるじゃん!」と決めつけられてメアリは何も言えなくなる。
 多分、自分の思いは彼女たちに届かないから。
 いつかのように、メアリは心の殻に閉じこもる事を選んだ。

 +

 酒飲みの席では、茶だけを口にし、無愛想に徹する事を選んだ。
 だって自分は付き合いで、数合わせで此処にいるのだ。ならば置物を全うして悪い事などない。
 しかしどこにも物好きはいるもので、メアリのどこが気に入ったのか、ひたすらしつこく話しかけてくる男がいた。

 ――好きになれない。

 騒がしくて、チャラくて、それでいて身勝手で乱暴そうな俺様気質。
 誰と比べる事もなくこれはないなと考えて、冷たくあしらっていたが振り切る事が出来ない。
 食事が終わり、各自解散した後もしつこく付きまとってくる。

 飲み会の帰りを共にする意味くらいメアリだって知っていた。
 だから万が一にもついてこられないようにしたかったのだけれど、どうも諦めさせられず、安心して帰路につく事が出来ない。
 共に来た女友達はとっくにどこかに行ってしまっている、周囲の見知らぬ人たちは他人のごたごたに関わろうともしない。

 ――こんな世界。
 メアリが迂闊にもそう思いかけた時、柔らかく、弱そうな背中がメアリの前に割り込んだ。

「あ?」
「え?」

 暫しあっけにとられる二人に何も語る事なく、弱そうな背姿は男とにらみ合い、一歩も引こうとしない。
 そしてくるりとメアリの方を振り返ると、遠慮がちに口を開いた。
「迎えに来た、んだけど……」
 無論、そんな予定は聞いていない。
 だが彼が誰かは知っている、リアルブルーに戻ってきた時、一度だけ顔を合わせたから。

 あの時は随分と酷い事をして、二度と会うこともないだろうと思っていたのだけれど。
 何の巡り合わせか、きっと、今は助けようとしてくれているのだろう。

「遅いですよ」
 少しだけ迷って、メアリは腹を決めた。嘘をついた事、彼を利用した事。自分の身勝手さが嫌でも自覚できて心が軋む。
 それでも今は必要だったから、あの男よりはマシだと見せつけるようにして彼の腕に手を絡めた。
「行きましょう」
「ちょ、そいつは一体……」
「フィアンセです」
 短く言い捨てて背を向ける。元ですけどね、との注釈は心の中にしまっておいた。

 …………。

 暫く歩き、もう誰もついてきていない事を確認すると、組んでいた腕を勢いよく振り払っていた。
 恩人に随分な扱いだとは思うが、自分の心を示すため、メアリにとっては必要な事だった。

「……助けてくれて有難うございます」
「ううん、無事で良かった」
 ふわ、と儚げな笑み。これほど最悪な態度をとっているのに、彼の態度は翳る事なく、昔と同じようにメアリに優しくしてくれる。

「さっきのは方便ですからね」
「……うん」
 攻撃的な言葉だってそのまま受け止める包容力。
 そういうところが昔から嫌いだった、嫌なら嫌って、手ひどくされたら反撃するべきだろうって、ずっと思っていたのに。

「僕は、今もメアリの事を大切に思っているよ」
「やめてください」
 だから、このやり取りは必要なこと。
 自分たちの想いを、立ち位置を明確にするための言葉。
「私は、あなたの事を好きにはなりません」

「私は――」
 転移前なら自分の気持ちなんて言えなかった。
 大切な宝物を傷つけられないように、誰にも明かす事なく、知られなければ攻撃されないだろうと一人で抱え込んでいた。
 戻ってきた後も危うく同じ事をやりかけた。
 理解される事を放棄して、誤解されるままに放っておいて、結果、誤解のままに押し切られそうになっていた。

 言わないとわからないのに。
 それは、昔の私が彼に対して思った事ではないのか。

「私には、好きな人がいますから」
 自分の気持ちを示すには大きな気力と勇気が必要だった。
 言った後も、大切な宝物を否定されないかと、神経がビリビリしている。
 でもこの人は、いつだってメアリの言葉をそのまま受け止めてくれた人だから。

「そっか」
 優しい笑み、彼はそれ以上を言う事なく、いいとも悪いとも言わず、ただメアリの気持ちだけを受け止めていた。
 もどかしさはあった、メアリは自分の気持ちのために彼を押しのけたのだから、恨み言くらいは言ってくれてもよかったのに。
 でも、彼は変わらず優しいままで。

「わかった、元気でね」
 それだけ。メアリを明るいところまで送り届けて、彼は背を向けて去っていく。

「……くそ」
 だからお前なんて嫌いだと、昔からずっとわかっていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
テーマは『フリーのレッテルを張られて不本意な扱いをされるメアリさんと、メアリさんの想いをちゃんと聞いてくれる優しい誰か』です。
多分メアリさんにとってはその誰かがこの人である事が一番不本意なんでしょうけれど。
これはメアリさんの想いのためのお話です、メアリさんの想いを一番引き立てるための配置なのです。
それ以上の意味は特にありません。
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2020年04月10日

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