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『立つ鳥が跡を濁さぬように』
天霧・凛8952

 口に含んだ珈琲の味は、少女が慣れ親しんでいるものとは少し違っていた。使用する豆も、淹れ方も、天霧・凛(8952)がアルバイトをしている喫茶店のものではない。
 それもそのはずだ。今日の凛は、喫茶店ではなく別のアルバイトのために、この場所……草間興信所へと訪れていた。
 凛の座っている椅子の向かいには、探偵、草間・武彦(NPC0509)の姿がある。
 彼は資料を捲りながら、タバコの煙が混ざった深い溜息を吐いた。面倒な仕事が舞い込んできた、と草間の表情は語っている。
「裏では有名な組織でな。最近不穏な動きがあるとかで、俺んとこに依頼がきたんだ。あんたには、この組織が取引をしている現場を叩いてもらいたい」
 煙と共に吐き出されたのは、少女の耳に入れるには物騒すぎる言葉であった。けれど凛は、さして動揺する事もなく草間の話に耳を傾けている。
 彼女の唇が、ゆっくりと珈琲の入ったカップへと触れた。一口飲んだ後、「それで」と少女は慣れた様子で草間へと問いかける。
「敵の配置はどのような感じでしょうか?」
 草間は彼女の紡いだ言葉に、一瞬驚いたように目を丸くした。凛のその問いかけは、この依頼を引き受けると彼女が言っている事と同義であったからだ。
 その名の通り凛とした面持ちで彼を見やる少女に、やれやれと言った様子で草間は肩をすくめてみせる。 
「危険な仕事だが、本当に受けるのか? そりゃあ、その分入ってくる金はいいけどさ」
 草間の言う通り、これはただの仕事ではない。怪しげな事をしている裏組織と直接戦う羽目になるかもしれない、少女一人で引き受けるにはあまりに危険な仕事だ。
 それでも、凛は断るつもりなどはなかった。
 報酬の額の問題ではない。単純に、許せなかったからだ。
 法すら無視し、人々の平穏へと影を落とすこの組織の存在が。
「私、こういう曲がった事嫌いなんです」
 はっきりとそう口にした少女の瞳は、どこまでも真っ直ぐに前を見つめていた。
 草間は肺に吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した後、組織に関する資料を凛へと手渡すのであった。

 ◆

 倉庫街には、普段の静寂が嘘のように幾つもの人の気配がある。見張りを立てひと目につかぬように注意しながら密会している者達の姿を、凛は物陰に潜みながら冷静に観察していた。
(草間さんに頂いた情報通りですね)
 草間から聞いていた組織同士の配置に関する情報を、彼女は頭の中でなぞる。彼から聞いた話と実際の配置にそう差異はない事に、凛は少しだけ安堵した。
 もし配置が違えば、それ相応に犠牲――凛が倒さなくてはいけない敵が増える可能性があったからだ。
(不要な犠牲は出す必要はありません。狙うのは幹部クラスの方のみです)
 彼らの目的は、すでに分かっている。武器の密売だ。
 凛の今回の任務は、その取引の現場を叩き組織に壊滅的な打撃を与える事だった。
 密売を潰しさえすれば、凛が直接手を下すまでもなく組織は絶望的な状況に陥るだろう。

 一人の見張りとの距離を音もなく詰め、凛は得意の体術で相手の意識を一瞬にして奪った。目にも留まらぬ速さで叩き込まれた一撃に、苦悶の声をあげる事もなく見張りは倒れ伏す。
 まずは、一人。最低限の戦闘で済ます事が出来るように、頭の中でシミュレートをしながら凛は幹部との距離を慎重に縮めていく。
(ここまでは順調です。しかし、取引の時間が予定よりも早まりそうですね。これは、多少は強引な手段に出る必要がありそうです)
 草間の元に、最近この組織に不穏な動きがあるという情報が入ったくらいだ。当人である組織の者達も、そんな噂が流れ始めている事には気付いているのであろう。
 誰かに嗅ぎつけられる可能性を危惧し、取引を早く済ませるために彼らは時間を予定よりも早めたらしい。あまり悠長にしている暇はなさそうだった。
(予定が狂いましたが、仕方ありません)
 作戦を切り替え、凛は武器を手に取引現場へと躍り出る。
 突然現れた少女に、組織の者達は動揺をあらわにした。だからこそ、隙だらけの彼らが拳銃を構えるよりも、凛が動く方が――ずっと早い。
 取引を行おうとしていた幹部との間にあった距離を瞬時に詰めた凛は、相手の持っていた武器を蹴り飛ばした。一拍遅れて、ようやく凛が取引を邪魔しに来たのだという事に気付いた敵が、一斉に銃口を彼女へと向ける。
 乾いた音が響く。銃声。一見普通の少女でしかない凛に対して、容赦なく降り注ぐのは銃弾の雨。
(引き金を引く事に迷いがありません。今までも、似たような事があったのでしょうか?)
 取引の現場を見られたら、女子供であっても容赦をするつもりはないらしい。
 ただ運悪く目撃してしまっただけの罪なき犠牲者も過去にはいたのかもしれない、その可能性に気付いた凛は胸中で歯噛みをする。
「だとすると、到底許せる事ではありません」
 少女の呟きと共に、周囲に響き渡ったのは甲高い音だ。彼女に向けて放たれたはずの銃弾は、凛に届く事は叶わなかった。
 凛の手には、彼女の愛用の日本刀が握られている。先程の音は、彼女の振るった刀が銃弾を弾いた音だったのだ。
 凛に拳銃の類は通用しない。その人間離れした戦闘能力で、彼女は銃弾など全て弾いてみせる。
 敵にとっては、現実味のない光景であろう。なにせ、相手はたった一人の少女だ。単身この場へと乗り込んできて、他に仲間らしき影もない少女。
 それなのに、彼女は彼らをその刀さばきと体術で圧倒してみせていた。幾つもの銃口を向けられても、殺意を一心に受けても、凛の足が怯む事はない。
 少女の振るった刀の切っ先が敵の身体をなぞり、鮮血の花を咲かせる。
「相手がたった一人だと、油断した事を後悔してください」
 凛の言葉に、組織の者達からの返事はなかった。代わりに銃声が響く。しかし、その攻撃も凛はやはり全て弾いてみせた。
 天霧・凛。長く艷やかな髪を揺らし、抜群の身体能力を駆使して戦場を駆ける彼女の姿を、人はこう呼ぶ。
 ――戦乙女。
 そう呼ばれるに相応しい戦いぶりで、凛は次々に敵を倒していくのであった。

 ◆

 幹部クラスの者を全員倒した後、目的を達成した凛は素早くその場から脱出した。立つ鳥が跡を濁さぬように、戦乙女もまた美しく戦場を去る。
 そのため、少女のいた痕跡は戦場のどこにも残ってはいなかった。生き残った者達がたとえ凛の戦いぶりを人に語ったとしても、「夢でも見ていたのだろう」と軽くあしらわれてしまうに違いない。
 組織を壊滅させたのがまさかたった一人の少女だなんて、到底信じられる話ではないのだから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
アクションメインとのことで、このような感じのお話になりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月13日

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