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『空の上より』
野月 桔梗la0096

 野月機、セルフチェックの結果は?
 管制からの問いかけに、野月 桔梗(la0096)は薄笑んで応える。
「当然、完璧です」
 あえてオールグリーンを告げなかったのは、搭乗したMS-01Jの機動データが管制へ正しく送信されていることを確認済みだったからで、スタッフへの信頼を示すためだ。
 対して管制官は平らかに了解を告げて。管制塔より野月機。10秒後に3番カタパルトを起動する。遅刻したら置いていくぞ。
「野月機、3番カタパルトにセット完了しています。いつでもどうぞ」
 管制官は眉根を上げてカウントダウンを開始、ゼロと同時にカタパルトを起動させて――管制塔の全員を代表して幸運を祈る、野月 桔梗。

 アサルトコア発射用の電磁カタパルトで空へと押し上げられた愛機。
 Gが落ち着くまで待つことなく、桔梗はブーストを噴かして機体をさらなる高みへと運んでいく。
 全身に力を込めてGを押し返すこの感じ、なんとも言えないものがありますね。
 続けて急降下! と行きたい気持ちを抑え、桔梗は操縦桿を固定した。一度高度を下げたなら、重い機体を再び引き上げるまでに相当な燃料を浪費してしまう。それだけなら飛行時間が減るだけだが、万一体勢を崩して墜ちようものなら、彼女がここへ来られるようにしてくれた人たちへ申し訳が立たないではないか。
 ――桔梗はあらためて、彼女の幸運を祈ってくれた管制の気づかいへ感謝し、愛機を完璧に仕上げてくれた整備の心意気へ感謝し、戦いで塞がれていない青空を思いきり駆けてみたい……そんな我儘に許可をくれたSALFのはからいへ感謝する。
 ええ、みなさんには本当に、感謝しかありません。
 噛み締めながら、白くもやめく雲へ当たらぬよう機体を傾げ、回り込ませ、切り返した。この人機一体、しっかりと胸に刻みつけていかなければ。
 と、それにしてもだ。
 雲の上へと至った愛機の前に拡がる、パステルブルーの空。空気が薄い分、もっとくっきりとした色味で景色が見えるものと思っていたのだが……
 やさしい色合いですね。まるで夢のような――夢というよりも――
 これ以上はいけない。続く思いに追いつかれないよう愛機を加速させた桔梗は、描かれた地形図さながらの地上を見下ろした。


 このフライトを区切りとして、桔梗はSALFにライセンスを返納する。
 理由は、運命の人と結婚し、家庭を持つことを決めたからだ。

 夫となる彼の出会いは見合いだった。
 釣書すら見ずに了承し、任務明けにそのまま見合いの場へ向かったのは、この話を持ってきた彼女の仕える主――“お嬢様”の顔をとりあえず立てるだけのつもりだったからだ。
 が。いざ向き合ってみれば相手は主の兄で、仲人席にはちゃっかり主が座っていて……動揺の余り『話がちがいます!』と逃げだそうとした。結局は捕まってなだめられて茶を飲まされることになるのだが。
 正直なところ、なぜ彼が自分を見初めたものかが未だにわからない。説明は幾度も受けていたし、その愛を疑ったことはない。そうでなければ交際はもちろん、その後の結婚の申し出を受けはしない。
 ただ、どうしても思ってしまうのだ。少しずつ想いを育む恋愛ができていたら、わからないまま夫婦になることはなかったのではないかと。
 しかし、だからこそ。これからやりなおそう。
 妻として夫に出逢って、そのすべてを理解しながら進んで行くのだ。
 一生をかけて、ゆっくりと恋をしましょう。桔梗とあなたとふたり、お嬢様と皆と、いずれは子どもたちも加わる、にぎやかであたたかな場所で。

 それと同時、お嬢様のために動く時間も増やさなければ。
 事業拡大を決めて踏み出した主には、味方も多いが敵も多い。それに事業というものはどれだけ綺麗に展開しようとも、かならず汚れるものだ。自ら汚れるにせよ、敵あるいは味方から汚されるにせよ、それが主の致命傷となりかねないのだ。ならばその汚れを仕末し、主に綺麗な様を貫かせることこそが警備隊長の役目であろう。
 お嬢様の敵は強大にして強靱。正攻法で攻め込んでくるばかりでなく、搦め手で引きずり落とそうとしてくることでしょう。お嬢様は堂々と正面だけを向いてお戦いください。死角のすべては桔梗が担います。
 そして同時に、主を癒やして安らがせたいとも思う。我ながらずいぶんと強欲なことだとあきれるところだが……
 いえ、敬愛する主で大切な義妹、どれほど大切にしてもし足りないほどです!
 敵に対しては苛烈だが、味方となるとかなり深刻に甘やかしてしまう彼女だ。お嬢様に対してはその域すら超えている部分があるのだが……桔梗の激烈に重い情を真っ向からすべて受け止め、受け容れている主、備えた器は相当な大きさであるようだ。
 ちなみに夫からは、子どもができたら妹に構い過ぎている状況も改善されるかなと苦笑されていたりする。
 しかし、そうはならないことを桔梗は確信していた。なぜなら、かけがえのない夫というもうひとつの情の注ぎ先を得た今も、彼女の情は勢いを衰えさせることなく、むしろ両者へ轟々と注がれているのだから。
 子どもを授かったとしても、それは注ぎ口が増えるだけのことです。まだまだあの人は桔梗のことを理解しきれていませんね。
 思ってみて、桔梗は薄笑んだ。
「それは桔梗自身があなたにお伝えしていかなければならないことですね。申し訳ありませんけれど、お覚悟くださいませ」
 そして。

 桔梗をここまで連れてきてくださったお嬢様にも、その先で待っていてくれたあの人にも感謝をしておりますよ。

 胸の内で告げた。


 思いの波打ち際をたゆたう桔梗を引き戻したのは、スマホの着信音。
 彼女を探しに来たらしい“お嬢様警備隊”の隊員からの電話だ。
 お嬢様がおひとりで街へ向かわれました! すべての通信手段と追跡手段を遮断していらっしゃいまして、どこに行かれたのかまったくわかりません!
「とりあえずレストラン、いえ、屋台を巡ればすぐに見つかるでしょう。お嬢様がお忍びを決行される理由、それ以外には考えられませんから」
 鋭く返しながら、桔梗は愛機の高度を下げる。
 隊の者たちは手練れぞろいだが、桔梗ほどお嬢様を知り尽くせてはいない。取り扱いに関しても任せられる域にはない。ここは彼女が向かわなければ収まらないということだ。
「すぐにお嬢様を探しに行きますので、皆もついてきてください。ただし発見しても身柄の確保は行わず、気づかれないよう護衛することを徹底するように。……お嬢様の貴重な休息時間を、桔梗たちが邪魔してはいけませんからね」
 息を吹き抜いて急く気持ちを鎮め、桔梗は管制塔へ着床許可を求めた。

 アサルトコアの発着施設へ戻った桔梗は愛機のハッチを開き、弾みをつけて外へと抜け出した。
 この後、愛機は点検を受けてドックに収納される。そしていつかまた飛び立つ日を待つのだ。
 愛機の肩に乗った桔梗はその頬へ額をつけて。
「桔梗は行きます」
 果たして地上を踏んだ彼女は、くっきりと青い空の下を駆ける。
 さよならを言わなかったのは、予感していたからだ。桔梗はきっとまた愛機に搭乗して、あの淡青を見ることになるでしょう。イマジナリードライブとリジェクション・フィールドが打ち合って撃ち合う、悪夢映るあの空で。
「でも今はこの地上で、精いっぱい生きてみます」


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2020年04月14日

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