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『悪夢と呼ぶには甘い夢の中で』
珠興 凪la3804)&珠興 若葉la3805

 突如出現した島に存在する全てはあるナイトメアの手により生み出されたものだった。この夢の中から脱出するには発生源を叩く以外に道はない上、刻一刻と崩壊が進む。現状を打開しようと、最後の大規模作戦が始動するまでに然程の時は要さなかった。
 現在、珠興 凪(la3804)は恋人であり、戦場においては背中を預けられる相棒でもある皆月 若葉(la3805)の手を引いて廊下を走っていた。現れる敵を半透明の刃で薙ぎ払い、そして少し後ろを行く若葉に密かに注意を払う。繋いだ手からは温もりと汗が混じり合って、時折走っているせいではない振動が響いた。それはもう片方の手で追いかけてくるナイトメアに若葉が銃弾を見舞っている為である。正直なところ、普段戦う敵程強くはない。ただ倒しても倒しても無尽蔵に湧いてくるので、きりがなかった。そして当然、こちらの体力は有限――。今若葉の命も預かる身として凪は戦線からの一時離脱を決断した。
 一度屋外に出て何とかナイトメアを撒き、二人は駆け込むように建物へ入る。辺りを見回してみても敵の気配はなかった。本来あるべき静けさに満ちている。二人が辿り着いたのは大図書館だった。この学園――フトゥールム・スクエア中に奴らがひしめいていることを考えれば油断は出来ない。頭の隅に警戒心を残して、それでも緊張が解けると凪は一つ、息をついた。名残惜しく思いつつ繋いだ手を離せば若葉と視線が絡み合う。彼も同じ気持ちでいることは明らかでつい、こんなときなのに気が緩んだ。
「少し休もうか」
「うん、そうしよう」
 短く言葉を交わし、当面の方針を決める。若葉の笑顔に若干の疲労が滲んでいた。多分自分も似たり寄ったりだ。テーブル席ではなく、ソファーのほうに腰を下ろせば若葉が隣に腰掛ける。拳一つ分程開いた微妙な距離を彼はもぞもぞと身体を動かして埋めた。手が触れる。可愛い、と浮かんだ感想は唇を噛んでやり過ごした。言ったら喜んでくれると解っているが、人並みにある羞恥心が邪魔をする。
 身体を休めながら話すのは、本作戦の状況だ。色気がないとは思う。しかし今は恋人よりもライセンサーであることが優先される。と、そこまで考えて、ふと凪は思い出した。倒さなければならないナイトメアの弱点と考案された作戦の一つ。どうせまだ幻影排除に動けないのなら、そちら側で貢献する手も――。
「校庭のほう大丈夫かな……。俺達もそっちに回ってみる?」
 短時間ながら体力を回復した若葉が身軽に立ちあがる。確かに音は教室より校庭の方角から響いているように思えた。戦闘が激化しているのか。方針を委ねてか若葉は凪をじっと見つめている。しかしそわそわと落ち着きがなく、すぐにでも背を向けて行きそうだ。凪も立ち上がると口を開きかけて、何か言う代わりに彼の手首を掴み、強く抱き寄せた。あ、と驚きの声が零れて髪の毛が耳を擽る。
「僕達の小隊方針なんだけど――今は戦うよりも他に出来ることがあると思うんだよね」
「他に、って?」
「作戦前に言ってたこと覚えてない? 家族に感謝せよ、友情を確かめよ、それと――」
 どきどきと心臓が早鐘を打って、体温が次第に上がる。声が上擦り、動揺を隠せずにいる若葉がこくと生唾を飲んだ音が聞こえた。緊張はしている、けれど嫌がる様子はない。目線を外すのは照れだろうが、抱き返さないのは戦闘に戻りたい気持ちからか。凪は少しの悪戯心を芽生えさせて、口唇を耳元へ寄せた。吐息を混ぜ囁く。
「“愛を見せつけよ”、だってさ」
「……なっ、今なんて?!」
 と半ば悲鳴じみた声で若葉は返してくる。若干裏返ったところにその動揺がありありと窺えた。ほぼ同じ高さにある顔が茹蛸のように、瞬間的に赤く染まる。
(隊長、方針が雑っ!)
 という渾身のツッコミは若葉の心の中に仕舞われ、凪には届かない。
 今回の騒動の元凶はリア充が弱点で、恋でも友情でも人と人との間に生じるプラスの感情が精神的ダメージに繋がるのだとか。それも、直接見せつける必要性もない。つまりここでいちゃつけばそれだけで、戦いに貢献出来るわけだ。
「可愛い」
 先程の驚きの声も、真っ赤な顔も全部が愛おしい。若葉は感情表現が豊かだ。それも喜怒哀楽の怒と哀は人前では滅多に見せずに、見せても全てが他人の為とくれば可愛くない筈がないし、自分の言葉で左右されるところなど可愛いの一言では足りない程に可愛い。時々意地悪をしたくなるくらいだ。勿論悲しませるのは嫌なので、こういう意地悪しかしないと背中に回した手で服越しに腰の辺りを擽れば、若葉は声を漏らして身を捩る。
「どうしたの、愛しい若葉」
「やっ、凪……?!」
 若葉の方が細身だが羽交い締めにしているわけでなし、振り解こうと思えばすぐに解ける。しかし、彼は耳まで真っ赤にして身動ぎをするだけで全くそんな素振りはなく、むしろ触れる面積が少しでも大きくなるよう調整している気さえした。
「ほら、その可愛い顔を見せて?」
 うぅ、と呻いた若葉は尚も目を逸らし顔を隠そうとしていたが、少しだけ身体を離し、その赤く色付く頬に手を添えると俯いていて見えなかった顔をゆっくり上げさせる。無論強引にではなく、若葉自身の意思があればこその結果だ。
「……凪の意地悪」
 一匙分の怒りを込め若葉が呟く。残りは照れだと分かっているので、凪もごめんと謝罪以上に抱く愛しさを隠しもせずに返す。すると途端に若葉は微笑んだ。どうやら許してくれたらしい。可愛い。好きだ。感情が溢れ、凪も笑った。額を合わせ、その後何も言わず唇を重ねる。これも立派な作戦の一部だと誰かが言っていたことを思い出しながら。

 ◆◇◆

 息が整う頃には若葉も少し状況に慣れ始めていた。とはいえいつになく積極的な凪に終始ドギマギして、未だに早い鼓動がずっと身体の内側から響いている。元から凪のことを子供扱いしていたわけではないが、今の彼はやけに余裕があって、大人びて見えるから動揺が静まらない。甘く感じる舌から意識を追いやる。
 縋るように袖を掴んだ腕をゆっくりと下ろし、左手に左手を重ねた。指二本分の位置をずらし薬指をすり合わせれば、本来ならいつもペンダントにしている婚約指輪が当たる。こんな風にしていちゃつくのは予想外だったが、これも愛を示す一環になるだろうかとは少し考えていた。絡めた手が熱い。
「式はいつにしよう……卒業後、とか?」
 愛しいとか可愛いとか、普段なら呟いてすぐに自覚し顔を赤らめる言葉が凪の唇から降り注ぐ。もしかしなくても心の声がダダ漏れになっているのだろうが、それに当てられるように若葉の意識もまた、彼に惹き寄せられる。将来の話をしようと思ったのは指輪に触れた影響だろう。浮ついている自覚は辛うじてある。
「そうだね。本当はすぐにでも挙げたいけど」
 凪はそこで言葉を止めたが続きはすぐに察しがついた。僕達まだ学生だからとか、貯金を崩すわけにはいかないとか。結婚と同じく交わした約束は喫茶店の経営。今は学業とライセンサー業を両立しつつその為の資金を貯めている途中だ。
「神社と教会、どっちがいい?」
「教会かなぁ? エオニアもよかったよね」
 脳内に思い浮かべたのは二月に訪れた異国の街だった。温暖な気候、潮風の香り、観光客が集うリゾート施設のランテルナ――船上で式を挙げることを想定して話したことは記憶に新しい。ダンスの練習はそういえば特には出来ていない。
「踊ろうか」
 同じ発想に行き着いたのか凪が重ねた手を裏返し誘いをかけてくる。若葉もそれに応じ重ね直した。当然無音なのだが視線一つで息は合う。一応は辿々しさが減った凪をリードしながら踊っていると扉が勢いよく開け放たれた。そこに一度は撒いたナイトメアが現れる。それでもダンスは止まらない。
 一旦片手を離して視線を滑らせ、銃口を敵へと向けた。小気味いい発砲音の後には撃ち貫かれ倒れるナイトメアが映る。同様に若葉の死角になる位置の敵は凪が振る軽やかな剣の一撃で散った。何事もない。二人きりの幸せ空間は維持をし続ける。
「籍はどうしようか」
「それは――」
 と凪は言葉を切る。一度は収めた剣を手に近付いてきたナイトメアを薙ぎ払った。それから微笑み、真っ直ぐ目を見つめ言う。繋いだ手が掬いあげられ、ふと薬指に柔らかい感触が触れた。
「……珠興若葉になってくれますか?」
 今の凪はやけに甘いけれどまさかプロポーズ同然の言葉が出てくるとは予想外で、若葉は目を丸くした。踊るのをやめて、ナイトメアの群れも一時消滅した為に静寂が訪れる。その間に凪の言葉をゆっくりと咀嚼して飲み込むと、とびっきりの笑顔を浮かべた。何も考えず抱きつき、
「……喜んで!」
 と決まりきった返事を口にする。一歩だけ踏鞴を踏んだ凪が絶対離さないと抱き返してくれた。好きが溢れては、愛しいの器が大きくなる。幸せ過ぎて怖いなんて台詞がよぎった。

 優しく触れられた感触で意識が覚醒する。現実として認識していた筈の夢は朧に霞み、反面で心は幸せな気持ちに満ちている。夢の中でも凪の側にいて、何だか擽ったかった。同じベッドの中、横向きに向き合う形で抱きついてくる凪の瞳が黒く光って見える。違和感を覚えたのは、夢の中では左目が紫に輝いていたから。じっとこちらを見るまだ少しぼんやりした瞳が緩やかな弧を描き、愛しいと目で訴えてくる。
「おはよ、若葉」
「凪もおはよう」
 朝かどうかは分からないがいつもの挨拶を交わす。優しく抱き留めると、ふと先程の夢が思い浮かんだ。
「俺さ、不思議な夢を見たんだ。少し話していい?」
 と前置きして、凪がうんと相槌を打つのを聞いてから、若葉は断片的でもしかしたら願望混じりかもしれないその記憶を話し出す。自分も大概寝惚けているのか、照れるよりも嬉しさが大きく、凪の格好よさにどきっとさせられた場面など徐々に楽しげなトーンになるのを自覚した。少しといいつつ、覚えている全部を話した。
「――という夢を見たんだけど」
 そう一度言葉を切って、若葉は少し首を傾げ、枕に頭を沈める。
「どうかした?」
 尋ねたのは凪の様子を不思議に思ったからだ。若葉としては笑うとか照れるとか、そういった反応を予想していたのだが、何故かギクリと凪の頬は引き攣り視線を彷徨わせた。一見何か疚しいことがありそうで、けれど嫌な感じはしない。なので純粋な疑問だ。凪はう〜と長く唸り、やがて観念したように打ち明けた。
「同じ夢見てた、と思う」
「それはつまり、現実だったってこと?」
 若葉は頭上を仰ぐ。室内灯が灯る天井は自分達小隊白椿に貸与されたキャリアーのものだ。ベッドの脇を見るに、今日は凪の個室で寝ていたらしい。そして今グロリアスベースへ帰還している――あの不思議な島での任務を無事終え。パズルのピースが嵌っていく感覚。確かにあれは現実だった。そして、凪もそのことに思い至ったらしい。
(だとしたらやばい、夢だと思って色々言ってた気がする……!)
 そんな心の声が直接届いたわけではないが目は泳ぐし、頬にうっすらとした赤みが差すしで彼が照れていることは明白だった。そんな凪がまた可愛くて愛おしい。しかもバレていないつもりでそっと身体を離そうとしている。そんなことさせない、と若葉は悪戯っぽく笑い、出来た隙間をすぐさま消した。
「愛しい凪」
 図書館で彼がそうしたように耳元で囁き、また向かい合うと婚約者の顔をじっと覗き込む――もうすっかりあの時と立場が逆転だ。それが嬉しくて、つい調子に乗る。愛しいとか可愛いとか思っているのは若葉も同じで、気持ちの大きさは引けを取らない。凪はばっと息を吹き込まれた耳を手で押さえて、恨みがましくこちらを見返す。しかし、少し涙目になっている上、首まで真っ赤だ。この調子だと耳も同じか。
 小さく返ってくるのは夢の中で自分が言った言葉。顔を隠したいのか掛け布団を巻き込みながら壁に伏せるようにして背を向ける凪を追い、ごめん、と同じように謝った。後ろからぎゅっと抱き締めうなじに顔を寄せる。
「キスしたいな」
 率直なおねだりに凪はもぞもぞと動いた。そうしてまた至近距離で向かい合って、微笑みかけながら僅かな空白を埋める。目を閉じて応じる恋人をますます好きになっていく、そんな幸せを噛み締めて重ねた唇からは夢と同じ甘い味がしたような気がした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
図書館があるみたいなので、勝手に変更してしまいましたが、
特にそれを活かせたわけでもなく……ぐいぐいいく凪くんが
新鮮でランテルナでのやり取りと絡めて踊ってもらったりもしました。
踊りながら戦う画を想像したら、わくわくが止まらなかったので……!
前半と後半で凪くんと若葉くんの立場が綺麗に逆転するところに
二人は本当に同じくらいの感情を相手に持っているんだなあ、と
しみじみ思いました。結婚式は全パターンでやってほしいですね!
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年04月15日

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