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『一流の演出家は、傲慢かつ強欲である』
la1158

 舞台から見える光景は、上がった者にしか分からない。
 座席に座っていては分からない感覚。
 特に舞台を成功させてカーテンの幕が上がった際に観客から贈られる拍手喝采――。

 この瞬間こそ、役者だったからこそ得られる快感。
 本番が始まるまでは、もう二度とやりたくないと思っても。
 この快感を知ってしまえば、舞台以外に生きる術を失念してしまう。

 ――もしかしたら。
 役者とは舞台に囚われた者の事なのかもしれない。

(……なるほど)
 侃(la1158)は稽古場を訪れて、最初にそう考えた。
 縁あって劇団より客演の打診を受けた。DSDsの役者としての側面もあるが、普段はミュージカルやライヴが主戦場だ。舞台もそれなりに数を踏んでいる。
 しかし、依頼で出会った劇団関係者からの打診で客演を受諾したものの、初めて訪れる劇団だ。侃は劇団特有の『空気』を早くも感じ取っていた。
 特に特徴的な空気が――。
「こらっ、ふざけてるのか! 真面目にやれっ!」
 舞台上の役者へ一人の老人が檄を飛ばす。
 稽古場に響く怒声。張り詰めた空気が室内を支配する。
「ふ、ふざけてません!」
 溜まらず役者が老人の言葉を否定する。
「だったら、なんだ今の間は! 何故、そこで黙った? セリフが入ってねぇから自然な演技にならねぇんだ。客はその間すらも見逃してくれねぇぞ! やる気あんのか!?」
 更に下される老人からの一喝。
 そこで役者は反論する術を失った。
「もう一回頭からやり直せ」
「はい……」
 役者は頭を振って大きく息を吐き出した。
 先程落とされた罵声を振り払うように。
「すいません、侃さんですよね?」
 入り口に立っていた侃の傍らに事務員らしき女性が立っていた。
 年の頃は二十代後半。おそらく元役者だった事が窺える。
「ええ」
「いきなり役者が怒られる所を見せてしまいましたね。ごめんなさい」
「いいえ。問題ありません」
 侃は言葉短にそう答えた。
 いつもならば飄々とした態度で臨んでいたかもしれない。だが、戦場にも似た独特な空気は侃の気持ちを引き締めさせる。
 そんな中、事務員の女性は意を決したように老人へ声をかける。
「赤山さん」
「ああ? 稽古中につまらねぇ事で声かけたんじゃねぇだろうな?」
「い、いいえ。違います。例の客員の方がいらっしゃいました」
「……ああ」
 老人は椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる。
 侃はその姿を見つめながら、老人に関する情報を思い出していた。
(これが、赤山勇二郎……)
 ――赤山勇二郎。
 かつて演劇界において世界に名だたる演出家として知られた存在。巨匠と呼ばれて久しいが、彼の演出を欲する者は映画界やテレビにも多い。しかし、彼は自分の認めた者でなければ仕事はしない主義だ。
「こいつか。名前は?」
「侃です」
「スナオ、か。随分綺麗な顔してるな。将来はテレビ出演でも狙うつもりか?」
「……いいえ。主戦場は舞台と決めています」
 稽古中だからだろうか、赤山の放つオーラに気圧されそうになる。
 だが、侃も役者としては経験を積んでいる。今まで踏んできた舞台に恥じぬ事はしてきたつもりだ。
「ふぅん。ダンスが得意だそうだな。早速見せてくれ」
「テーマは?」
「へぇ、分かってるじゃねぇか。役者なのは嘘じゃねぇようだな。
 テーマは『見せかけの愛』と『終わらない夜』だ」
(二つか……)
 侃は上着を脱ぐと舞台へ上がる。
 名演出家ともなれば、自分の目で役者を見定める。今回、欠員が出た事による客員打診だった。赤山としても侃を見定めるのだろうが、ダンススキルではなく『表現力』を見るようだ。
 微妙な二つのテーマを如何にダンスで表現するか。侃は舞台の上で瞳を閉じて、大きく息を吐いた。
(そのテーマから演じるべきは……)
 意を決した侃は大きく腕を振るう。
 そして、足運びを大きくしながらも、観客を誘うような女性らしい体運びに意識を置いた。
「綺麗……」
 事務員の女性がぽつりと呟いた。
 一方、赤山は黙って侃の踊りを見続けている。
 指先まで意識した動き。
 肩を少し小さく動かす事で、客席を引き込んでいく。
 だが、ここで侃は踊りの趣向を一変させる。
「あれ?」
 曲が転調するようにダンスの力が小さくなる。
 腕の振りは小さくなり、足運びも短くなる。
 侃が意図的にそうしたのだ。
「ほう」
 ここで初めて赤山が言葉を漏らした。
 赤山は侃の意図に気付いたようだ。
 そして、侃は天へ救いを求めるように腕を伸ばす。
「……以上です」
「多少は踊れるようだな。それに勘もいい」
「ありがとうございます」
「あのテーマから酒場の踊り子をイメージしたな?」
 赤山は侃にそう問いかけた。
 与えられたテーマから侃は酒場の踊り子をイメージして踊っていた。
 金を払って見物に来る客に対して、踊り子は自分の体調に関わらず踊り続けなければならない。それもほぼ毎日。場末の酒場ならば踊り子を取り巻く環境は決して良くない。
 自らの体を削りながら踊る毎日は、踊り子自身を疲弊させる。
 ついには踊り子は神に助けを求め、救われない現実に絶望する。
 侃はテーマを理解した上で、『何を表現するべきか』を熟知していたのだ。
「ええ。でも、僕はもっと楽しい踊りが好きです」
「言いやがるな。……おい、全員集合だ」
 稽古していた役者を呼び集めた赤山。
 役者達が全員集まった所で、赤山は傍らに立っていた侃の肩に手を置いた。
「みんな聞け。こいつは今度客演でダンサー……あー、名前なんだっけ?」
「侃です」
「ああ、そうだ。ダンサーする予定『だった』スナオだ」
「……!」
 ――予定『だった』?
 短い違和感だったが、侃の耳に強く残った。
 何故、過去形なのか。
 同様に気付いたのだろう。事務員の女性が声を上げる。
「赤山さん、侃さんは今回限定の客演です。人手が足りないからお越しいただいただけで……」
「予定変更だ。こんな勘の良い役者を使わない手はねぇだろう」
「ですが、侃さんは他の劇団に所属されている上、ミュージカルの方が……」
「ミュージカル? いや、こいつは俺の舞台で化ける。いや、化けさせる。次の公演はスナオを主演で行くぞ」
「!」
 ここで役者達が騒ぎ始めた。
 今回だけの客演を次の公演の主役に据えると言い出したのだ。正式な団員を差し置いての主演となれば、侃も矢面に立たされる事になる。
 再び事務員の女性が縋るように懇願する。
「次の主演はプロダクション・ヤカの俳優が務める事に決まって……」
「うるせぇ! 誰にも俺のキャスティングに文句は言わせねぇ」
(これは、面倒だな)
 これが侃の本音だ。
 時に演出家というのは傲慢で強欲だ。他者を自らの都合で支配できると思っている。派閥や会社間の契約なんて、お構いなしだ。
 ライセンサーとしての仕事がある以上、劇団側に配慮をお願いする事になるだろうが、断っても赤山はしつこく打診してくるだろう。
 その事を知っている役者達は侃に向かって憐れみの目を向けてくる。
「反論はねぇようだな。スナオ……」
 ここで赤山は侃に向き直る。
 これから侃を待ち受ける千秋楽の日々を思うとため息が漏れそうになる。
「演目は白狼。幕末にいた彰義隊の物語だ」


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グロリアスドライヴ
2020年04月17日

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