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『魔王フェイト』
フェイト・−8636)&馬場・隆之介(8775)

 世の人々は、真実など求めていないのではないか。
 馬場隆之介(8775)は時折、そう思う。
 マスコミに対し、人々が求めているのは、真実ではなく娯楽。
 たとえ真実からは程遠いものであっても、大衆を狂喜乱舞あるいは激怒、すなわち熱狂させる事が出来れば、商売になる。
 だから有名人や専門家と称する人々が、暴言を晒しては炎上し、対立を煽る。
「悲しい……悲しいなあ。みんな、そんなのよりアトラスを読もうぜ」
 まだ見ぬ新規読者に語りかけながら、隆之介はデジタルカメラを構えた。
 人食い陸橋、と呼ばれる場所である。
 閑静な団地と団地を繋ぐ陸橋で、昼間でも人通りは多くない。
 この辺りで、行方不明者が続出していた。
 陸橋の上で人が消えた、という目撃談も割と頻繁に上がって来る。
 日々更新されゆく都市伝説の、最先端に近いところにあるのが、この『人食い陸橋』なのである。
 月刊アトラスとしては、放っておくわけにはいかない。
 真相を突き止める。真相に限りなく近いところまで迫り、記事に仕上げる。次々と生まれてくる新手の都市伝説たちに、上書きされてしまう前にだ。
 アトラスは、例えば政治家や醜聞まみれのタレントといった人々を、安直に叩いたりはしない。特定の個人に対する罵詈雑言を書き連ねて、大衆の鬱憤晴らしに加担・迎合するような事はしない。
 ただ、通常ではあり得ないものたちを追求するだけだ。
「……宇宙人も、幽霊も、ネッシーも雪男も、オーパーツ作った連中もな、炎上狙いで人を傷つけたりはしねえよ。だからみんなアトラス読めよ」
 呟きながら隆之介は、ファインダー越しに『人食い陸橋』を見つめた。
 1人、通行人がいた。向こう側から、人食い陸橋を渡って来る。
 いや。渡りきらずに、陸橋の中ほどで立ち止まった。
 黒いスーツ姿の、若い男だった。外回り中のサラリーマン、であろうか。
 陸橋の上で立ち止まったまま、きょろきょろと見回したり、欄干から軽く身を乗り出して下の車道を見下ろしたりしている。
 挙動不審であった。自分が警官であったら声をかけているだろう、と隆之介は思う。
「何だい、あのあからさまな不審人物は……って、あいつじゃねえか? おーい!」
 隆之介は木陰から飛び出し、手を振り、警官ではないが声をかけた。
 やはり、中高生時代の旧友だった。こちらに気付き、目を見開いている。
「……馬場!? こんな所で何を……って、そうか取材か」
 隆之介と同い年、22歳という年齢の割に幼く見える顔が、困惑の表情を浮かべている。
「……ここはな、人食い陸橋なんて呼ばれてるけど、ただの陸橋だ。アトラスが取材するようなものなんてない、だから帰った帰った」
「はっはっは、そう言われて帰る記者がいるかい」
 隆之介は歩み寄った。陸橋に、足を踏み入れた。
「お前こそ、こんなとこで何やってんの……飛び降りようとしてる、ようにも見えたぞ」
 旧友のいる場所、陸橋の中ほどまで進んだ。
「まあ……色々あるけどさ。俺だって、あの専制君主みたいな編集長の下で何とかやってんだ。頑張ろうぜ」
「専制君主か」
「うん。則天武后とかカトリーヌ・ド・メディチとか言われてる。手ぶらで帰ったら俺、処刑されちまう」
「……お前も、仕事だもんな」
 旧友が苦笑する。
「俺も仕事だよ。別に、自殺しようとしてたわけじゃあない」
「ほう。そう言やさ、お前の仕事って結局何なの? 前も何か聞きそびれちまって」
 霧が出ている事に、隆之介は気付いた。
 閑静な団地の風景が、見えない。目の前にある旧友の姿さえ、ぼんやりと霞んでいる。
「こいつは……!」
 旧友が、息を飲んでいる。
 何が起こっているのか、隆之介にはわからない。ただ、おぼろげに思える事はある。
「おい……これって、まさか……人食い陸橋……?」
「逃げろ馬場……いや、もう遅いな。俺から離れるなよ」
 旧友が、隆之介の腕を掴んだ。
 凄まじい力だった。
 高校卒業後この男は一体どれほど身体を鍛えてきたのだ、と隆之介は思った。
(お前……ほんとに今どういう仕事やってんだよ……)
 などと隆之介が思っている間に、濃霧は晴れた。消え失せた。
 そこは陸橋の上、ではなく、川をまたいだ普通の橋の上であった。
 飛び込めば自殺が出来る車道は、小さな川と化していた。思わず顔を浸して飲んでしまいたくなるほど澄みきった水。せせらぎが耳に心地よい、春の小川である。
 閑静で無機的な団地は、小鳥の舞う森と野原の風景に変わっている。
 野原のあちこちに人がいた。
 全員、女性……と言うか、女の子である。
 オンラインゲームの広告などで嫌になるほど見せられる、あんな感じの美少女たちであった。見るからに魔法を使いそうな少女、水着のような鎧を着た少女。耳の尖った少女、翼のある少女。獣の耳や尻尾を生やした少女。
 皆、楽しげにお喋りをしたり楽器を奏でたりしている。
「おいおい……ここ、もしかして……」
 まとも精神状態ではとても口に出せない単語を、隆之介は呟いていた。
「……異世界、ってやつか? それも自分以外は全員美少女、うん。わかりやすい」
「美少女……」
「ちなみにアトラス電子版でもよ、こんな感じの広告がしょっちゅう出て来てまあ邪魔なのはわかるけど、しょうがねえんだよ。広告は出さねえと」
「……そうか。馬場には、あれが女の子に見えるんだな」
 旧友の両目が、淡く緑色に発光している、ように見えた。


 橋というものには、現世とそうではない場所を繋ぐ、呪術的な意味合いがあるという。
「あんたには、だけど橋を渡りきる勇気がなかった」
 フェイト(8636)は言った。
「自分の今いる場所が嫌で、そのくせ未練はあって、新しい場所へ行きたいけれど行く勇気がなくて……橋の途中に、こんな異世界もどきを作り出して、そこへ引きこもって満足している。いや、満足しているわけじゃあないのか。結局まだ不満たらたら」
 言葉と共に口元が、苦笑いで歪んでゆくのがわかる。
「……まるで、昔の俺じゃないか」
 行方不明者が続出している『人食い陸橋』の調査を、IO2の任務として行っている。
 調査任務が、そのまま破壊・殲滅任務に移行する。まあ、いつもの事とは言えるか。
「……何だ……お前は……」
 その男が、声を発した。
 かつては、人間の男だったのだろう。そうではないものに成り果てた今も、おぞましいほどに、悲しいほどに、ヒトの原形をとどめている。
「そうか……この世界を脅かす、魔王だな? いいだろう、僕は……お前を斃し、この世界を守る。それが……古のさだめによって召喚されし勇者たる、僕の使命……」
「あんたが守るべき世界っていうのは、これか?」
 フェイトは見回した。
 東西南北どこまでも続く、荒涼たる大地。
 そのあちこちに、白骨死体が放置されている。老若男女、様々な骨格。
「……行方不明になった人たち、か」
 黒いスーツの内側から、フェイトは拳銃を抜いた。
「あんたの世界に……生きた人間は、必要ないと?」
「みんな生きている! 活き活きとして、可愛くて、僕を癒してくれる!」
 人間をやめた男が、ざっくりと裂けた。裂け目のような巨大な口が、開いたのだ。
 舌か、臓物か、寄生虫か、判然としないものたちが大量に現れた。
 この醜悪な大口が、行方不明者たちを捕食した。骨格のみを残してだ。
 残され放置されたものたちを、馬場隆之介がいくらか鼻の下を伸ばしながら撮っている。
「人食い陸橋ってのはアレか、みんなが夢見る異世界への入り口だったってワケかあ?」
「……こんなものは異世界じゃあない。ただの……何だろうな」
 フェイトの言葉に、この荒涼たる空間の創造主たる怪物はいよいよ激昂した。
「黙れ魔王! ここは僕が、聖なる姫巫女によって召喚された異世界だ! 僕はお前を斃し、この世界を! みんなを守る! それが勇者の使命だああああ!」
 巨大な口から吐き出されたものたちが、無数の毒蛇の如く暴れ伸びて牙を剥き、フェイトを襲う。隆之介にも襲いかかる。
「お、おい何やってんだ……何だよ、それ……」
 隆之介が呆然と呻く。おぞましい怪物の姿は、見えるようだ。
「馬場、伏せろ!」
 とりあえず、そう叫ぶしかないまま、フェイトは引き金を引いた。
「なあ、それ……拳銃、だよな? 本物の……」
 呆然と、隆之介が呟く。
 その言葉通り、本物の拳銃を左右2丁ぶっ放しながら、フェイトは身を翻す。フルオートの銃火が、全方向に迸った。
 溢れ出した臓物のような寄生虫のようなものたちが、フェイトあるいは隆之介に食らい付こうとしながら、ことごとく銃撃に薙ぎ払われて砕け散る。
「お前……」
 以前アメリカで死ぬような目に遭った隆之介が今、その時に負けず劣らず信じ難いものを目の当たりにしているのだ。
 夢、とでも思ってもらうしかないまま、フェイトは眼前の怪物を見据えた。
 巨大な口から身体の中身を吐き出し伸ばし、それらを暴れさせ、片っ端から撃ち砕かれながら、怪物は喚き叫んでいる。悲鳴、怒号。
 その哀れなほど醜悪な有り様に、フェイトは緑色の瞳を向けた。
「橋ってものが本来、持っている呪力に……あんたは、引っかかってしまったんだな。異世界へ行きたい、なんて日頃から思っていたせいで。もちろん、それ自体は悪い事じゃあない」
 エメラルドグリーンの眼光が、燃え上がり、溢れ出す。
 そしてフェイトの眼前で、力の塊となって発現する。
「念願の異世界には、だけど誰もいなかった。あんたをちやほや扱ってくれる誰かが、1人もいなかったんだ。だから、あんたは……それを外に求めてしまった。そうなったら駄目だよ、こうやって排除するしかなくなってしまう」
 撃ち尽くした。
 弾倉が空になった2つの拳銃を、フェイトは左右それぞれの手で水平に構えた。
 眼前で燃え盛る力の塊に、銃口を押し当てる。
 攻撃の念を燃やし猛らせながら、フェイトはしかし口調静かに言葉を発した。
「違う場所へ行きたいって思う事、確かにあるよな……辛いよな」
 引き金を引く。
 攻撃の念が、力の塊に撃ち込まれる。
 フェイトの眼前で激しく燃え盛っていたものが、発射された。
 エメラルドグリーンの、彗星であった。
 それが、喚き叫ぶ怪物を直撃する。
 この世界の創造主が、破裂爆散し、消滅してゆく。
 それは、この世界そのものの消滅でもあった。


 陸橋の欄干を背もたれにしていた隆之介が、目を覚ました。
「う……あれ……?」
「……大丈夫そうだな馬場。お前、いきなり倒れたから心配したぞ」
 フェイトは言った。
「救急車、呼ぼうかとも思ったけど……馬場がしょっちゅう気絶するのは、まあ昔からの事だもんな」
「……何故か、お前と一緒にいる時ばっかりな」
 言いつつ隆之介が、デジタルカメラを覗き込む。
「……何にも、映ってねえ……」
「何だ。夢の中で、何か撮ってたのか?」
「……夢……なのかなあ……」
 隆之介が、周囲を見回している。
 陸橋の上、閑静な団地の風景。それらは、気を失う前と変わりはしない。だが。
「…………何だぁ、こりゃあ……」
 大量の白骨死体が、散乱していた。
 陸橋の上に、周囲に、横たわっている。欄干から垂れ下がっている。
「おおい、これって……」
「俺も知らない。いきなり出て来たんだよ」
 フェイトは言った。
 警察が現場検証を行ったところで、これら白骨死体が『いきなり出て来た』以外の結論が導き出される事はないだろう。
「どうする? 馬場」
「何がだよ……」
「多分、誰かがもう通報してる。もうちょっとしたら警察が来ると思う。この辺きっと監視カメラもあるし、俺とお前が犯人扱いされる事はないだろうけど……少しの間、身柄を拘束されるかもな。逃げるなら今のうちだ」
「……死体が、見つかったんだぜ」
 隆之介は言った。
「その上、警察のご厄介になれる……もう、そいつをネタに記事書くしかねえだろ」
「……お前、プロだなあ」
「そのくらいやらねえとな、うちの武則天様は許しちゃくれねえよ」
 隆之介は、途方に暮れたように頭を掻いた。
「まさかよ、アトラスの取材でリアルに人死にが見つかるたぁ……そりゃ俺も、アメリカじゃ死にかけたけどよ……」
「……あれは、大変だったな」
「フラットウッズモンスターも、人面犬も小さなおじさんも、ファティマの聖母様もな……人殺しはしねえよ……」


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2020年04月17日

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