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『白と黒と二人一緒の』
ユキナ・ディールスla1795)&ケイ・リヒャルトla0743

 ユキナ・ディールス(la1795)は一人立っていた。行き交う人たちの邪魔にならないように雑踏から少し離れた位置にいるものの、頭の天辺からつま先まで、髪と瞳も含めて黒一色と目立つ格好をしていて、その容姿も正面から相対すればハッと息を飲む美少女だ。しかし彼女はまるで花開くことのない蕾だった。何時も何処か遠くを見るような眼差しをしていて目の前の相手を視覚で捉えているのに心では見ていない。常に無表情で何をどんなふうに思っているのか読めないところが幽霊のようにその存在感を薄くする。
「ごめんなさい、待たせてしまったわよね」
 と掛けられた言葉にユキナは近付く知り合いの女性を見た。出会ってからそれなりに時間が経った現在でも、彼女に対する自らの気持ちを言葉で表現するのは難しい。ただ一つ解っているのはそれが愛ということだ。友愛か親愛かはたまた恋愛か。定義するには色々足りないと思う。彼女の足取りが軽やかなのでユキナが歩いたのは数歩分だけだったが、手を伸ばせば届く距離まで近付き、同じ高さにある彼女――ケイ・リヒャルト(la0743)の顔を見返した。大きな瞳が申し訳なさそうに歪む。
「大丈夫です……それ程待っていなかったので」
 ふるふる首を振って言えば、ケイは「よかったわ」と返して笑みを浮かべる。くらっとしそうな色気がケイ自身の香りと一緒に掠めた。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい」
 髪と服が黒く、背格好もよく似た二人が連れ立って歩いていく。血縁関係はないので勿論、顔貌は似ていないが、もし赤の他人が見ても仲良く感じるなら嬉しいと思った。
「ケイさん、何だかとても楽しそう……?」
「あら、そうかしら? 人を自宅へ招く機会なんて滅多にないものね。それも他ならぬユキナだもの。柄にもなく、はしゃいでしまっていたなら少し恥ずかしいわ」
 そう言うケイの声はまるで歌を唄うように弾んでいた。凛としてクール、だがユキナとは違い、彼女はよく微笑みを浮かべる。時にはにっこりと華やかに笑むこともある。彼女の笑顔を見るのは嬉しい。元気を貰えるような気がするのだ。
「ケイさんの家はどんな感じなのですか?」
「そうね……折角だから、行ってからのお楽しみにしましょ」
 人差し指を唇に添えつつ言われたら確かにそうだと思える。はいと頷き、道すがらケイの家の話題は出さず、趣味の事や他愛のない日常話など、人に聞かれても困らない当たり障りのない話をした。後は街で見かけた野良猫の話をすると、何故かケイは若干目を瞠り驚いた顔をしていた。

「――真っ白……ですね……」
 ケイの自宅に着き、外と内とを隔てる扉を開けば視界一杯に白が広がる。彼女が黒を纏いながら他の色を、特に純白を好むという事は知っていた。しかしながら普通白といわれて想像する色とは少し違う。壁材を染める塗料も人工の物だが、不思議と人の手が加わっているとは思えない綺麗な白が広がっている。まるで――と思考はこちらも白いフローリングの床をペタペタと音をたてて歩く存在に吸われていく。
「モップ……?」
 動いていると認識しているのに、あまりに予想外でそんな的外れな言葉が口をついて出てきた。ふわふわ、もふもふとした何か――考えるまでもなく、体毛に埋もれる二つの耳からして猫である。くすくすという笑い声にユキナがケイを見れば、
「ユキナも好きって言っていたから驚かせたかったのよ。びっくりした?」
 扉を閉めた彼女が言って小悪魔的な笑みを向けてくる。ユキナは素直に頷いてみせた。
「……びっくりした……けれど嬉しいです」
「そう。なら秘密にした甲斐があったわね」
 ケイは楽しそうで、そして目の前にはやはりというべきか白い猫がいる。好きと好きが一緒で嬉しくないはずがない。ユキナが見つめる横で彼女は一足先に玄関から室内にあがり、黒いストッキングに覆われた脚に顔を擦りつけて出迎えているらしいその猫を抱きかかえた。彼か彼女か不明だが大人しく抱かれている猫の背を優しく撫でて、ユキナへと向き直る。
「触ってもいいですか……?」
「このコも大人しいから大丈夫よ」
 飼い主にお墨付きを貰ったので、そっと――それでも恐々手を伸ばした。ケイの家は勿論、猫をこんなに近くで見るのも、触るのも初めての経験だ。先程は咄嗟にモップと言ってしまったがあんなごわごわとした感触には程遠い、子猫の繊細な毛並みに触れた。そのふわふわから更に指を沈めると生き物の温もりが手のひら越しに伝わってくる。くりっとした緑の眼がじっとこちらを見た。飼い主の“特別”として相応しいか試されている気分。
「暖かいですね」
「犬猫って人よりも体温が高いんですって。あたしもこうして飼うまで知らなかったけどね」
 本の受け売りだと付け足し笑う。育て方の本を購入したのだろうか。
「抱いてみる?」
 と器用にその猫の身体の向きを逆にしたケイに訊かれ、ユキナは僅かに躊躇った。嫌がって暴れ出したらどうしようと思ったのだ。自分が引っ掻かれたり噛まれたりする分には構わないが、それで落ちたときのことを考えると怖く感じる。しかし初めて触った子猫のあの体温は誘惑的だった。顔には全く出ないだけで、ユキナは元より好奇心が旺盛な性質である。
 浅く頷き、ゆっくりと手を差し出せばケイは寄り添い、子猫が嫌がらず身体に負担をかけない抱き方を教えながら大事なその子を預けてくれる。大切に大切に抱えた猫に顔を埋めれば、シャンプーをした直後か、薔薇の甘い香りが漂った。

 ユキナの感情が表に出ることは殆どない。しかし何も感じないわけではなく、想いは言葉にして伝えられる人だ。だから彼女を自らの家に招待した。好意を抱いていなければ己の内を明かすような真似はしない。ただ唇がほんの僅かにでも曲線を描いているのを見ていると、好きの度合いがどれ程のものかよく分かる。
 しかしそんな至福の一時も束の間で、リビングに入るなり、彼女の腕に抱かれていた猫が身を捩り、するりと抜け出して着地した。あ、と零れた小さな声に哀愁が感じられたのは気のせいだろうか。しかし、それもすぐに再びの驚きに変わる。何故ならその子が駆け寄った先にはもう一匹の白い子猫――色は同じでも短毛種なのでひと目で見分けがつく――がいるからだ。
「紹介が遅れてしまったけど、長毛のコがシュネー、短毛のコがヴァイス。少し前に出会ったあたしの家族よ」
 雛祭りの日に行なわれた保護猫の譲渡会。SALF主催のその催しにケイはスタッフとして参加したが、視界に入ったら何故だか気になって目が離せず、この二匹の子猫もまたこちらをじっと見つめてくる。何時か何処かの街中で一度だけ会ったのではなんて、ナンパの常套句みたいな思考が脳裏によぎった程だ。運命的な出会い――そう表現しても過言ではないと思う。
「……さっきこのコ“も”と言ったのは二匹だったからなんですね……」
 ユキナは日当たりのいい場所でくっつき、毛繕いしている二匹の猫を見つめていたが、一度言葉を切るとその黒瞳をまっすぐこちらへと向けてくる。
「ケイさんが猫を飼い始めたこと知らなかった」
「ええ、そうね。今まで誰にも話してなかったんだけど、何故かしら――ユキナには一緒にこの暖かさを感じて貰いたくて。このコたちのことは直接見るまで秘密にしておきたかったの」
「私が、初めて……」
 独り言のように呟いて瞬きする。そして暫し彼女は目を閉じた。再び開いた瞬間、目元が僅かに和らいで見えた。だが一瞬の内に消え失せ、ケイは我に返るとシュネーとヴァイスの奥、白い革のソファーを示す。
「今日はユキナはお客さまなんだから遠慮せずに座っていて。すぐに紅茶を入れて戻るから」
「はい」
 答えるのと同時に頷く彼女を見返し微笑むと、ケイは一度リビングを離れた。お茶とお茶菓子とを用意しながらユキナの口に合うだろうかと少し考える。彼女が痩せの大食いなのは一緒に外で食事をした際に知ったので、気兼ねなく食べられるよう多めに用意はしておいた。お湯を沸かしポットを暖めて、熱湯を注ぎ茶葉がジャンピングしているのを確認すると、大きめの皿の上にお菓子を飾りつけた。更に幾つもの小皿を並べ、瓶に入ったジャムを掬って入れていく。
 すぐにと言いつつユキナにティータイムを楽しんでほしいと拘った結果、少し時間が掛かってしまった。トレーを手に戻ればユキナはソファーではなく絨毯の上に座り込んでいて、若干緩慢な動作で指を振ってはヴァイスの気を引こうとしている。じきに肉球で軽く叩かれる反応があったことに彼女は心なしか嬉しそうだ。
「お待たせ」
 と一言声を掛けて、テーブルにトレーを置く。顔をあげたユキナは一度こちらを見返して、そして視線を外した。肌は白くて、髪と瞳とが黒いので頬が仄かに色付くとすぐに判る。彼女がソファーに改めて座るのとケイがその隣に腰掛けるのはほぼ同時だった。紅茶はお互いの目の前に、スコーンとその上に乗せるクロテッドクリーム、それとフルーツ系のジャムが入った小皿を並べると、匂いにつられて二匹がテーブルの側まで寄ってくる。
「ヴァイスとシュネーはこっちね」
 自分たちの分と一緒に用意した子猫用のおやつをあげようとしたが、折角ユキナが二匹を気に入ってくれたのだ。そう思い直すと、ケイはユキナを呼び留めて一つを手渡した。封を切って少しだけ出した中身を差し出せばいいと伝え手本を見せる。二匹とも興奮した様子で走ってきてぴったりと顔をくっつけ、器用にシェアして食べている。あっという間に無くなり、今度は期待の眼差しでじっとユキナを見上げた。先程見せたときと同様にして、ユキナもおやつをあげる。それで二匹は満足して大人しくなった。元々賢くて聞き分けのいい子猫たちだ。
 クリームとジャムを塗ったスコーンを食べて、紅茶の香りを楽しみ、談笑しながらのティータイムはのんびり緩やかに流れ出した。小振りな口でもぐもぐと咀嚼したユキナが美味しいというので手作りだと教えれば、作り方を教えてほしいと乞われる。それを二つ返事で引き受けた。
「一緒に作って、食べるときに交換するのも面白いかもしれないわね」
「……それだと、私だけ得をしてしまうんじゃない……かな……」
「大丈夫よ。あたしと同じくらいの腕前でいいなら、すぐになれるわ」
「だったら、頑張ってみます」
 表情こそ変わらないもののユキナはユキナなりに意気込みを見せる。食欲は人並み以上にあるが好きとも嫌いとも聞いたことがないし、趣味も音楽くらいだ。それが会話の合間に渡した猫じゃらしで遊ぶ程に猫が好きらしいし、お菓子作りにも興味を持ったようだ。言葉を交わすだけで知らないユキナの顔が見られる。それが何だか嬉しかった。
 談笑しては過ぎる穏やかな一刻。今独りじゃない、安心感。ユキナと猫たちの様子を見て、誘ってよかったと心の底から思う。彼女といて、外見に囚われず人の本質を確かめ合うのが心地よかった。だから。
「ユキナ、今日は来てくれて本当に有難う。貴女と一緒にいる時間はあたしの宝物だわ」
 この優しい時間への感謝を、どうしても口にしたくなった。

 ――『黒』は永遠に独りだと思っていた。『白』は憧れの対象だと思っていた。それこそ畏怖を感じる程に……けれど……こんなにも暖かい。憧れて真っ白にした部屋も。運命的に出会った子猫たちも。
 そして、何より……『色』をも超越するような『光』である彼女も……。

 ――彼女は自分の事は『黒』だと言うけれど。ケイさんは『白』。でも最近は思う。『黒』も『白』も、全てを包み込む色。でも、それは全ての色がそうかも知れないと……。
 ……貴女は綺麗な、色。

 宝石のような瞳が伏し目がちになる。ユキナはケイとは違う人間だから、言葉にされなければ、彼女が何を考えているのか全く判らないけれど。零れ落ちた言葉に嘘はないと思う。自分ももっとケイに触れたい。手を繋いで歩きたい。だから口を開く。
「私も、ケイさんともっとお話したいです。まだ時間はありますから……」
 言うと彼女は目を丸くして、そして、何かを理解したように唇の端をあげた。
「ええ。もっと楽しみましょ」
 思考は何処までも続く。けれどそれは悪いことではないと、そんな風に思う。――白い部屋で黒い服を着た二人はお互いを眩しく思いながら心に手を伸ばす――。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回お二人でご発注とのことで、コミュニティでの
やり取りも参考にしながら書かせていただきました。
いつかユキナさんがヴァイオリンの演奏をする日も
来るのではないかなあと勝手に妄想したりもします。
ふわふわとしているようでまっすぐなユキナさんが
過去の経験から強迫観念的な感情があるケイさんを
優しく包み込んでいくのか、今後がとても楽しみですね。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年04月17日

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