▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『めぐりあい』
鬼塚 陸ka0038)&鬼塚 小毬ka5959

 ――王国歴1037年。
 邪神ファナティックブラッドとの戦いも過去の話となった。
 覚醒者の存在も伝説となりつつある。

 そんな最中、クリムゾンウェストにも大きな変革がもたらされた。
 発端は帝国と王国の関係が悪化した事にあった。
 毎年恒例となった皇帝生誕祭において皇帝暗殺未遂事件が勃発。未遂犯は王国との関与が疑われ、両国の関係は瞬く間に険悪となっていった。今思えば、この事件そのものが仕組まれていたのかもしれない。

 ついには衝突する両国。
 この火種は各国へと飛び火する。両国は隣国を味方に引き入れるべく画策を開始。その結果、他国は二つの陣営に分かれて争いを始める。特に同盟は商売相手を近隣諸国としていた事から、戦争の影響は避けられなかった。

 こうして帝国と王国の争いは、クリムゾンウェストへ拡大。
 ――後に『クリムゾンウェスト大戦』と呼ばれる戦争は、果てしなき道を進み始めた。

「一時方向に敵を確認。小惑星帯付近に陣を展開」
「こちらの実験機を発見されたのか? ええい、第一種警戒態勢。各機、出撃の準備だ」
 王国軍トリスタン級戦艦『メリオダス』の艦長より下された出撃命令を受け、鬼塚 小毬(ka5959)は出撃用ドックへと向かった。
 多くのハンター達もこの大戦に巻き込まれる事となった。
 かつては連合軍として手を取り合っていた各国ではあるが、バラバラになってしまった今、各国は縁あるハンターへと声を掛け続けていた。小毬も数奇な縁から王国側に身を寄せて戦いの日々を送っていた。
「この宙域での会敵……気になります」
 小毬の記憶を遡ってみても崑崙より離れた小惑星帯で敵と会敵した事は無い。
 王国と帝国の戦争はかつてリアルブルーより転移した崑崙周辺の宙域よりも、更に広がりを見せていた。リアルブルー、クリムゾンウェストにも存在しなかった技術が発見されたが故に戦火の広がりは留まる事を知らない。
「今から宙へ行きます。大丈夫ですか?」
 小毬の呼び掛けにワイバーンは答えた。
 世界に及ぼした様々な技術革新の一つに幻獣の宇宙空間行動である。
 今までは大精霊の加護があって行動可能となっていた幻獣の宇宙空間行動が、技術革新により加護無しに行動が可能となった。だが、これは戦火を広げる一つの要因でもあった。
(留まる事を知らない戦いの炎。
 ……あの人は今、どうしているのでしょう)
 小毬は、傍らにいた存在を思い出す。
 この戦いが始まる前、常に近くで支えてくれる存在。
 傷付きそうになれば身を挺してでも戦ってくれる最愛の人。
 立場の相違から離れる事になってしまったが、小毬は今でも忘れる事はない。
「あの人に再会する為にも、私は退けません。行きましょう、ワイバーン」
 ワイバーンの背中に乗って小毬は宇宙へと飛び出す。
 空気も温かみもない星の海は、小毬の柔らかい心に小さな棘を刺す。

 ――どうして、こうなってしまったのか。


「大佐、崑崙方向に敵戦艦を確認しました」
 帝国軍ディートリヒ級戦艦『ウィルヘルミナ』のブリッジで、仮面の男は部下の報告を受ける。
 帝国軍の軍服に身を包み、白銀のマスクで顔を隠す男。
 王国軍との戦いにおいて戦艦五隻を単独で撃破した事を讃えられ、大佐へと昇進したばかりだ。猛勇を抱えながら、時に冷静な判断を下す非常さ。それは敵を地獄の牢獄へ押し込める鬼のようでもあった。その為、帝国軍の中でも『ゲフェングニス(牢獄)』として恐れられている。
「こちらの作戦が読まれているという事か?」
「いえ、偶然の遭遇と思われます」
「偶然、か」
「何か?」
 ゲフェングニスの言葉に部下は聞き返した。
 マスクの下から鋭い眼光が放たれる。
「偶然という不確定な言葉で片付けるな。敵の出方を見誤る可能性がある」
「し、失礼しました」
 警告に対して部下は帝国式敬礼で謝罪の意を表す。
 僅かな体の震え。この部下も大佐が怖いのだろう。
「戦場では僅かな油断が寿命を縮める。だが、神の采配も疑いたくなる気は分かる」
 作戦では王国軍支配地域である崑崙の奪還を目指して奇襲を仕掛ける予定だった。
 だが、作戦開始よりも早く敵に捕捉された状況は大佐としても面白くはない。それ以上に当の本人はこの『出会い』の意味を考え始めていた。
「俺が出る」
「大佐自らですか?」
「敵艦の数は一隻。こちらの作戦を察知して待ち伏せにしては戦力が少なすぎる。
 では、この宙域で何をやっていたのか。俺はそちらの方に興味がある。未知の相手で不用心に部下を送るほど、俺は部下に冷たくはない。部下の無駄に犠牲を強いるのは無能のやる事だ」
 男はそう言い切るなり、ブリッジを出る。
 その姿を見ていた部下はコソコソと会話を始める。
「さすが大佐だ」
「聞いたか。大佐の正体は先の大戦で名前を馳せた存在らしい」
「じゃあ、覚醒者か?」
「いや、それがどうもそれだけじゃないみたいだ」
(……聞こえている。作戦中の不明瞭な会話か)
 大佐は部下へ注意するよりもブリッジへ向かう事を優先した。
 ――そう。かつての邪神戦争において大佐は大きな戦果を挙げた覚醒者の一人だ。否、守護者と表現するべきだろう。
 しかし、それも今は昔。
 鬼塚 陸(ka0038)と呼ばれた存在は、死んだのだ。
 ここにいるのは、戦争に身を投じる事でようやく存在する哀れな男だけだ。
 ゲフェングニス――まさに男の境遇を言い表した言葉だ。
(そうだ。鬼塚陸は死んだ。帰る場所は、もう失われたんだ。永遠に)
 大佐は愛機であるマスティマへと乗り込む。
 宇宙で待つ渇望しながらも遠ざけてきた再会が待つとも知らずに。


「!」
 小毬の視界に飛び込んできたのは、一機のCAM。
 その機体に小毬は記憶の中にあった。
 忘れるはずがない。大戦が広がる中で姿を消した最愛の人が乗っていた機体だ。
「あれは、マスティマ! だとしたら……。
 ワイバーン、あのCAMに近づいて下さい」
 一つの希望を持って飛来する小毬。
 捜し続けていたあの人。
 何故、自分の前から消えたのか。
 今まで何をしていたのか。
 聞かなければならない事は沢山ある。だが、それよりも先に小毬は確かめたかった。最愛の人が生きている事実を。
「リクさん、リクさんなんでしょう?」
 必死に呼び掛ける小毬。
 それは懇願にも似た叫び。
 陸であって欲しい。生きてさえいれば、それでいい。
 追いすがるような言葉を絞り出す小毬。
 だが、マスティマの取った行動は――小毬の予想を超える物であった。
 起動するプラズマキャノン「ヴァレリフラッペ」。砲身は小毬の方に向けられる。
「な、なんで……」
 発射されるヴァレリフラッペ。
 小毬はバレルロールで攻撃を回避する。
「リクさん、何故攻撃を……?」
「鬼塚陸は死んだ」
「え……」
 小毬に告げられる最悪の言葉。
 絶句する小毬を前にマスティマから通信が継続される。
「本機は鬼塚陸の死亡が確認された時点で帝国軍が接収。錬魔院によりカスタマイズが施された」
「嘘……嘘よ! リクさんが死んだりは……」
「それが現実だ。そして、もう一つの現実がある」
 マスティマは斬艦刀「雲山」でワイバーンへと迫る。
 小毬は振り下ろされた太刀筋を武神到来拳「富貴花」で弾く。
 『この機体の持ち主』は、自分を殺しにかかっている。
 小毬はそう直感した。対応しなければ、無残に殺される。
 ――自分も、ワイバーンも。
「俺が帝国軍で、お前が王国軍だという事だ。出会った以上、戦う以外の選択肢はない」
 小毬の耳に届く冷たい声。
 魔導機械で音質が変えられている為、本当の声は分からない。
 だが、マスティマに乗る者がただ者では事は確かだ。
 しかも、相手はリアルブルーの加護を受けたマスティマだ。一対一の戦いでは小毬が不利となる。
「それ以外に、本当に道がないのでしょうか?」
 敢えて小毬は希望を探る事にした。
 戦争に身を投じるハンターの中には望まずに戦場へ来る者もいる。
 小毬自身もそうだ。もし、相手もそうならば双方が矛を収める事で話し合いができるかもしれない。
 それが淡い期待だと分かっている。それでも言わずにはおれなかった。
「…………」
「王国と帝国の戦争はクリムゾンウェストを舞台に広がっています。ここで多くの血を流れたなら、邪神との戦いで犠牲になった人達はどう思うのでしょう。彼らの犠牲を考えれば、この戦争は早急にも終わらせるべきです」
 これは小毬の本心だ。
 両国の戦争は今や発端となった事件を解決するだけでは終わらない。あまりにも長く、そして多くの血が流れすぎた。総力戦の様相を呈した戦争は外交努力だけでは解決できない。
 その現状は小毬も分かっている。それでも抗う事を諦めたくはないのだ。
 だが、現実は――もっと残酷で、非情だ。
「御託は並べ終わったか?」
「……!」
「覚悟がないまま戦場に足を踏み入れたなら、戦いに対する侮辱でしかない。そんな事も分からずに来た自分の身を呪うがいい」
 マスティマからもたらされる声。
 ――リクさんじゃない。
 それは小毬にとって決定的な言葉だった。
 陸だったらこんな事を言ったりはしない。優しい言葉を返してくれるはずだ。それが今、通信機から聞こえてくる言葉は正反対。冷たさと敵意しか感じられなかった。
 ならば、陸は本当に――。
「そんな……」
「…………」
 マスティマは再び雲山を振り上げる。
 既に小毬の希望は砕かれ、反応する気力もない。
 ――これで、すべてが終わる。
 小毬の心に去来する想い。
 陸の居ない世界にいても――。
「離れろ、ゲフェングニス」
 突然舞い込んだ通信に小毬は現実へと引き戻される。
 返答のない小毬を案じてメリオダスが危険承知で艦を前進させたのだ。
 艦砲射撃を受けたマスティマは転進。そのまま、スラスターを全開にして戦場を離脱する。
「無事か、答えろ!」
 艦長の呼びかけを耳にして、小毬は初めて瞳から熱い物が溢れている事に気付いた。


「作戦を延期する」
「!」
 ブリッジへ戻った大佐は、部下へそう指示した。
 その指示に部下は驚嘆する。
「崑崙への攻撃はすぐにでも開始されます。まだ間に合うのでは……」
「敵は既に我々の存在を察知している。崑崙も大部隊をこちらへ派遣しているはずだ。
 言ったはずだ。俺は部下を無駄に犠牲にする無能な上官でありたくはない」
 そう告げて再び大佐はブリッジを後にする。
 ――何故、あそこに小毬がいた?
 王国側は巻き込んだのか。
 何にしても、この脅しで小毬が戦いから身を退いてくれたらいい。戦いで身を犠牲にするのは自分だけでいい――。


「無事でなによりだ」
「はい」
 メリオダスへ帰還した小毬は艦長へ報告していた。
 そして、マスティマを操縦するのはゲフェングニスと呼ばれるエースパイロットだとも教えられていた。
「我が艦は搭載した実験機とテストパイロットである君の護衛を命じられている。
 無事で何よりだ」
「皆さんの任務は、分かっています」
 小毬はそう答えた。
 このメリオダスは実験部隊だ。王国の新兵器開発を担う部署であり、幻獣との相性も良い小毬がテストパイロットに選ばれた。本来であればこの宙域で新兵器の稼働実験を行う予定だったが、思わぬ交戦となってしまった。
「知っていると思うが、我が軍はあのマスティマに大きな被害を受けてきた。我が軍に味方するマスティマもあるが、我が軍は劣勢にある。その戦局を覆す為にこの新兵器は必要なのだ」
「理解はしているつもりです。それに、私自身もこの戦いで成すべき事に気付きました」
 小毬の成すべき事。
 それは愛した人が騎乗したマスティマを破壊する事。
 あの人が亡くなった後で人を傷付けるあの機体を小毬は見過ごせない。小毬の手で破壊して、初めてあの人は安心できる。

 だから、小毬は決意する。
 王国の新兵器――あのCAMとは呼べぬ異質な黒い兵器に騎乗する、と。


おまかせノベル -
近藤豊 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年04月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.