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『素材はいい、料理はどうか』
天霧・凛8952

 雨霧・凛(8952)は学校からの帰り道、近所の人に呼び止められた。井戸端会議のようだけれども、手には大きな袋を持っていた。家庭菜園を持っている人が野菜を配っていたのだ。
 野菜は同じ時期にできる。それゆえ、止めることはできない。だから、配って消化してもらうのが一番素敵だと持ち主が言う。
 ただ、井戸端会議の側を通った近所の人は、忙しくて料理ができないからと申し訳なさそうに立ち去った。
「それならば、私がお裾分けをいただいておき、差し入れをすればいいですね」
 凛の言葉に異議は出なかった。なぜならば、誰も、凛の特技を知らないからだ。
 そして、近所の人と別れて、凛は家に向かう。
 どっさり野菜は重いけれども、これを使って料理をするとおいしいものができるに違いない。
 季節ものもは何をしてもおいしい。
 もらった野菜は生でも食べられるものだ。
「フルコースもできる、ということですね」
 自然と顔はほころぶ。
「ただいま」
 鍵を開けて入る。
 玄関に靴はない。二人の弟はまだ帰宅していないようだ。
 料理するとなると気づくと何もせずそこにいることがあるため、今なら料理はし放題である。
「せっかく、この立派な野菜を見せてからと思いましたが。いえ、これだけあるのだから、私が作っても、まだ残ります。倍あったんだ、ということを教えればいいだけで……あ、写真撮ればいいんですね」
 凛はさっそくカメラに野菜をおさめ、台所に向かった。

 現在ある材料を確認する。
「ポトフでも作りましょうか」
 材料となる肉や野菜を冷蔵庫から出し、切る。
 ざくざく進める手際はよい。
 香草を選ぶ。家にあるのはローリエ、パセリにローズマリー。どれを入れても肉の臭みを取ったり、味に深みを持たせてくれそうだ。
 鍋を用意し材料と水を加える。蓋をして、火をつける。
 そこに香草もぱぱっと入れる。水面を覆う緑の葉たち。
 煮込む時間は適当。材料が柔らかくなればよいのだ。
 その間に、台所に何があるか眺める。先ほどは気づかなかった入れると良いものが見つかるかも知れないとじっくり眺めた。
 トマトをぶつ切りにした缶詰やコーンやシーチキンなどの各種缶詰や菓子類。調味料類は酒やミリン、醤油や香辛料もある。冷蔵保存されている調味料もあれるため、種類はある。
「板チョコ何枚かありますね」
 板チョコは菓子でありながらも、スパイスとして隠し味に利用される物である。
 現状見つけた物はポトフとは関係なさそうだが、野菜の缶詰系は追加してもいいのかもという考えはよぎる。
 鍋の蓋がカタカタいい始める。
 凛は蓋を開けると香草の爽やかな香りがまず鼻腔をくすぐり、続いて野菜や肉のうまみの匂いがした。
 中を覗くが、水面に浮かぶ香草たちで見えない。香草は水に濡れ葉部分はくたくたになっているようだ。
 木べらで鍋の中身を一混ぜする。野菜の周囲は柔らかいようだ。
 念のため、柔らかいか菜箸をさして確認する。
「ちょうどいいみたいですね」
 味付けのためのコンソメを入れた。数は箱に書いてあるが、おおよそドボンと入れる。
「醤油入れるんでしたっけ……いえ、違いましたね」
 それだと煮物になりそうだ。
「でも、塩の代わりに醤油の方が風味が出るのかも知れません? 検討してみましょう」
 匂いから、味が薄い気もした。醤油もいいけど、出汁が出ると味が良くなるため、鰹節も入れるといいのかもしれないと考える。
 凛の頭のなかで、どうやっておいしくするか考えが動き出す。
「栄養価を考えると、トマトも入れましょう」
 トマトの缶詰を開けると、中身をドバっと入れた。
 ポトフとして失敗かもしれないとしても、トマト缶までならば、素材の味豊かな野菜中心スープだった。香草を抜いておいてと苦情が出たとしても、コンソメ強めの野菜と肉のスープだった。
 弟たちが見ていたら、絶対ここで止めた。止めて、凛を台所からやんわり追い出しただろう。
 しかし、誰かが帰ってくるということはなかった。
 凛は木べらで混ぜながら色合いを眺めていた。
「意外と、薄いかもしれませんね」
 もう一つトマト缶があれば、煮詰めるという手が使えたかもしれない。トマト缶は一つだけだった。
「板チョコを使いましょう! それと、ほかには……」
 オイスターソースやケチャップなどそれらしい色合いのものがあった。そういった目についた味を整えるものを入れていく。
 隠し味のために何枚かあるチョコレートを箱から取り出す。
 銀紙をばりばりと取り、中身をパキパキ割って数枚投入していく。
 濃い茶色の固形物は熱に溶けて、スープと一体化していく。スープに何枚まで溶けるかという実験ではないため、適度な所で凛は止める。
 しっかりと各種調味料が混ざるように混ぜていく。
 トロリトロリと火にかけ、ゆっくり混ぜる。
 どっしりとした、濃厚そうなスープになった。
「いいにおいですね」
 おなかをすかせて帰ってきた弟たちはきっと喜ぶだろう。
 最後に塩こしょうをする。
 本来ならば味を整えるためと明記されるタイミングの塩こしょうだが、凛が味を確かめていないため直感で入れたことになる。
「味見を……いえ、こんなおいしそうな匂いなのに味見したら、私が一人で全部食べてしまうかもしれません」
 火を止めた。
「できました」
 料理は楽しい。
 そして、目のまえにできた料理があるのはうれしい。
 それを食べてくれる人が笑顔になれば、喜ばしいことだ。
 凛は微笑む。
 自宅用はそのままにし、お届けする分を適当な鍋に移した。

 凛は差し入れ分を持って近所の人の所に向かう。
 届けるとその家の人は驚いた。先ほど顔を合わせているし、野菜のことも知っていたから喜んでくれた。
 季節の物のお裾分け交流は、互いの気持ちをふわりと温かくする。
 凛は喜んでもらえて胸は一杯だった。あとは、弟たちの反応が楽しみである。

 差し入れをもらった家が恐怖のどん底に落ちるのはそのあとだった。
 なぜならば、匂いと見た目のよい凛の料理を食べた後、ノックアウトされ、倒れたからだった。
 おいしいから倒れたなら良い話だけれども、それは残念なことに逆だった。

 何がどうなって、あのような味になるのか、あまりのまずさに倒れるような料理ができるのか誰も知らない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 初めまして、こんにちは。
 発注ありがとうございました。
 味、崩壊するのは、よかれとして投入する物のようですね。え、分析の結果、色々、調味料投入してもらいました。
 チョコレートでとどめ。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年04月20日

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