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『一刀両断』
更級 翼la0667

 目の前に養父がいる。
 更級 翼(la0667)は驚いて右目をこすろうとし、眼鏡に手が当たった。

「な、何で……」

 何かがおかしい。自分はコンタクトに変えたはずだ。
 いや、そもそも養父は――。

「翼、具合が悪いのか? 少し休んでいろ」

「あ……はい」

 修行を付けようとしてくれていた養父は心配そうな顔で翼を気遣った。
 翼は礼儀正しく礼をし、きびすを返して養父の側から離れる。

 養父が別の門下生の名を呼び、呼ばれた者は勇んで応えて前に出る。
 いつもの剣術道場の光景だ。せっかく師範代である養父に一対一で稽古を付けてもらえる機会だったのに、惜しいことをした。
 いや、何かがおかしい。

「どうした? 風邪か? 少し顔色が悪いぞ」

 翼の顔を覗きこみ、兄弟子が話しかけてくる。
 あの日、彼も無惨に――。いや、本当に? こうやっていつも通り話しかけてくれているのに?

 翼は頭がクラクラした。何かがおかしい。しかし何がおかしいのか分からない。
 ここは更級心刀流の剣術道場。養父が門下生の稽古をしている。実の両親を亡くし更級家の養子となった翼は、間近で繰り広げられるその姿に憧れた。自分も強い剣士になりたい。
 そうして自分も修行を付けてもらうようになり、未熟ながら日々腕を磨いている。今はまだ夢物語だけれど、いつかは更級心刀流に更級翼ありと言われるように。養父が守り続けているものを、次は自分が守れるように。
 ……どこもおかしくはないはずだ。

「皆さん、休憩の時間ですよ」

 優しい声音に門下生が手を止める。
 お茶を用意してやって来た養母の側に集まり、次々とコップを受け取って喉を潤す。
 いつも通りの養母だ。翼もふらふらと近寄っていく。

「お袋さん、翼のやつ調子が悪いみたいなんです」

「まあ」

 兄弟子の言葉に養母は目を丸くした。心許ない歩き方をした翼を見て、心配げに眉を寄せる。

「朝はいつも通りだったと思うけど今は顔が青いわねえ。あなた、今日は翼を休ませたらどうかしら」

「そうだな。翼、体調を整えるのも修行の一つだ。不調の際は休息を取り、一刻も早く調子を元に戻す。そうしてこそ有事に備えられるというものだ」

「お父さんもこう言っているのだから今日の稽古はもう止めにしましょう、翼? 美味しいご飯を作ってあげるわ。ゆっくりお風呂に入ってぐっすり眠ってちょうだい」

 優しい養父と養母。自分の体を気遣い休むように勧めてくれている。この日常に包まれてゆっくり眠りたい。

 だけど。

 手にしていた竹刀を正眼に構える。

「翼?」

 養父が、養母が、兄弟弟子達が――大切な人達が不思議そうに翼を見やる。
 それでも翼は黙ったまま竹刀の切っ先を養父に向け、勢いよく踏み込み、竹刀を振り下ろした。


 翼は手にしていた刀剣型EXISでナイトメアを両断した。
 ぬいぐるみのような姿をしたナイトメア・バグは真っ二つになり、そのまま動かなくなる。

「あんな幻影で俺を捕らえられると思ったか? 見くびるな!」

 ここは弱々しい夕日が差しこむ、廃ビルのがらんとしたフロア。剣術道場ではない。翼以外は誰もいない。そう、いないのだ。

『――ささん、翼さん、聞こえますか?!』

 EXISインカムからオペレーターの呼びかけが聞こえる。

「大丈夫です。ナイトメアは討伐しました」

 抑揚のない声で返事をする。

『ああ、よかった。突然応答がなくなったので心配しておりました』

 オペレーターの心配そうな声を聞きながら、翼は目元に手をやった。眼鏡はない。コンタクトなのだから当然だ。手を少し上にやると長鉢巻に触れた。
 帰還すると連絡を入れ、インカムの通信を切る。

 養父も養母も門下生達もナイトメアに殺された。あの日道場は一面の赤に染まった。翼も左目を潰され瀕死の重傷を負ったが、奇跡的に一命を取り留めた。
 あの事件さえなければ幻影のような平和な日が続いていたのかもしれない。あのまま幻に溺れていれば幸せだったのかもしれない。
 それでも翼は誓ったのだ。ナイトメアを殲滅し、養父達の仇を討つと。そのためには幸福な幻想を自分の手で断ち切ることも厭わないほど、鮮烈に。

 「日常」は二度と戻らない。虚ろな目でがらんどうの周囲を一瞥してから翼はきびすを返し、廃ビルから立ち去った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 この度はご発注ありがとうございました。
 おまかせノベルということで、翼さんのご経緯からこのような物語を記させていただきました。
 心に少しでも響きましたら幸いです。
おまかせノベル -
錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月20日

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