▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『魂の還る場所で』
エステル・ソルka3983

 エステル・ソル(ka3983)という女性の話をしよう。
 魔術師としての才覚をなし、ハンターとして名を馳せた彼女は、邪神戦争終結後、辺境へと拠点を移した。
 部族無き部族に加わり、辺境の地の復興と調和の為に活動を続けた。
 そうした中で得た弟子2人を立派に育て上げ、結婚した弟子の子供達を孫のように可愛がり……そして更に歳を重ね、臥せることが多くなっても、ベッドの上で辺境部族の若い者たちの悩みを聞き――まさに、辺境の赤き大地の為に生涯を捧げたと言っても過言ではなかった。
 そんなエステルも、若い頃はとても可憐で美しく、求婚する者が後を絶たなかったというが、彼女は頑なに『心に決めた人がいますから』と、固辞し続けた。
 その『心に決めた人』を知る人はごく親しい友人だけで、彼女は多くを語ることもなく。
 ――結局彼女は独身のまま、星の御許へ向かうこととなった。


 周囲にはキラキラと輝く無数の星々。
 足元にも、空にも、沢山の煌めきがある。
 赤い色、青い色……暗闇に輝くそれはどれも皆美しくて。
 この輝きは全て、星の御許へと帰った魂たちなのだろうか……。
 そんな中で見つけたバタルトゥ・オイマト(kz0023)は、別れたあの日から何も変わらない姿でそこに立っていた。
 エステルは思わず駆け寄ると、その背に向かって声をかける。
「バタルトゥさん! ようやっと追いついたです!」
「……エステルか」
「はいです。わたくしです。……何ですぐ分かったです? わたくし随分変わったですのに」
「……ここからずっと、赤き大地を見ていたからな」
 淡々と言う仏頂面の男。
 ――彼は自分がいなくなった後の辺境を、ここで独り、ずっと見ていたのだろうか。
 エステルは間合いを詰めると、用心深くバタルトゥの前に回り込んで、彼の手をぎゅっと握った。
「……どうした?」
「いえ、バタルトゥさんにこれ以上逃げられたら困ると思って」
「……ここは星の還る場所……魂が還るところ……。いわば終点だ……。……これより先の場所などない」
「それでもバタルトゥさんは油断ならないです。散々逃げ回られましたから!」
「……随分と信用がないのだな」
「日頃の行いです! さあ、観念するのです!」
 ずいっと迫るエステル。バタルトゥは微かに眉根を寄せた。
「……観念する、とは。……何をだ?」
「色々です。……バタルトゥさんは、どうしてここにずっといたです?」
 ずっと抱えていた疑問を口にするエステル。
 ――そうなのだ。彼がここにやって来てから、結構な時間が経っている。
 それなのに彼は、新たな命として巡ることなく、ずっとここにいたと言う。
 理由は聞かなくても分かる気がするが、それでも、確認作業というのは大事なのだ。
「……俺は生前、部族会議の大首長としても、オイマト族の族長としても責務を果たせなかった。……ベスタハの贖罪も果たせぬままだ。……せめてここで、赤き大地の行く末を見守ることが、俺の役目だと思った」
 案の定の答えが返って来て、頭を抱えるエステル。
 そもそも、この人が誰よりも早くここに来たのだって、怠惰王との戦いでハンター達を救う為だったのだから、十二分に責任は果たしているというのに……!
 確かに、誰しも望まぬ結果だったのは、そうかもしれないけれど。
 ――あの時、あの場で、そうするしかなかったというのは、その場に居合わせていたエステルだって分かる。
 ああ、もう。この人の自責の念の強さは、死んでも直ってなかった……!!
 彼女はため息をつくと、背伸びをしてバタルトゥの頬をむにーと引っ張る。
「……何をする」
「バタルトゥさんが相変わらずだからです。……ずっとここで見て来たなら、分かるですよね? バタルトゥさんがいなくても、辺境はちゃんとやっていけています。皆頑張ってますから」
「……そうだな。皆、しっかりとやっている。……俺は守ると言いながら、周囲の者を、あまり信用していなかったのかもしれん……」
「そうです! 独り立ちして欲しいなら手放すべきだったんです!」
 ぽろりと涙を零すエステル。
 ――バタルトゥは確かに強い人だった。だからこそ、周囲もこの人に頼り切ってしまったのだ。
 そして、彼自身に贖罪の念があったからこそ、その状況から逃げ出そうともしなかったのだろう。
 彼が願うのは人の幸せばかりで。そこに自分は一切入っていなかった。
 その歪みを、彼自身は気づいていたのだろうか?
「ベスタハの償いはもう、終わりなのです。誰も貴方のせいだと思っていません。辺境の民は皆強いです。過去に囚われず、進んでいます。バタルトゥさんも、解放されるべきです」
「……そうだな。星の御許まで来ておいて、贖罪も何もないな……」
 1つ1つ、噛み砕くように言うエステル。それにバタルトゥはくつりと笑う。
 これまでに聞けなかった言葉に安堵しながら……エステルは、ずっと気になっていたことを口にする。
「バタルトゥさん」
「ん……?」
「……わたくしはまだ女性には見えないでしょうか?」
「……立派になったんじゃないか」
「そういう意味で聞いてるんじゃないです。わたくしを恋愛対象として好きかどうかと聞いています」
 ズバッと直球で尋ねる彼女。バタルトゥの小さなため息が聞こえた。
「……俺のような男の為に独身を貫くなど、愚かなことをしたものだ」
「それはわたくしの勝手です! それに、バタルトゥさんがハッキリ答えをくれなかったからですよ!?」
「……先のない男などやめろ、他の者を探せと言ったはずだが」
「それは、わたくしが好きかどうかの返事にはなっていません!! どうなんですか!!?」
「……そもそも、誰に対してもそう言う目では見ていなかった。俺に許されることではないと思っていたしな……。だが、お前は美しく成長した……」
 ぽんぽん、と子供をあやすように頭を撫でられるエステル。
 ……以前のバタルトゥであれば、こういうこともはぐらかして答えてはくれなかっただろう。
 少しは、自分のことを見つめられるようになったということか。
 答えに完全に納得出来た訳ではないけれど……この人が、幸せになってくれるなら、それでいい。
 その為にも、次の段階へ進むべきだ。
 エステルは彼の手を握ってぐいぐいと引っ張る。
「では、バタルトゥさん、行きましょう!」
「……? どこに行くんだ……?」
「もちろん決まっています! 幸せになる為に、生まれるんですよ!」
 満面の笑みで答える彼女。
 バタルトゥを引っ張ったまま、まばゆい光の中へ身を投じる。


 ――誰かの為に戦って、戦い続けて、終ぞ自分を顧みることのなかった英雄。
 次の人生では、きちんと……自分の幸せを掴んで欲しい。
 そして、次の生でもまた、貴方に会いたい。
 エステルのそんな願いもまた、光の中に溶けて行った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お世話になっております。猫又です。

お届けまでお時間頂戴してしまい、申し訳ありませんでした。
エステルちゃんの遠い未来のお話、いかがでしたでしょうか。
仏頂面のあの男については、死んで多少開放されたとは思います。次の生に期待ですね。
少しでもお楽しみ戴けましたら幸いです。
話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
シングルノベル この商品を注文する
猫又ものと クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年04月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.