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『過去も未来も離れても今はここにある』
磐堂 瑛士la2663)& 桃簾la0911

 人類という種の生存を懸けた戦いは、自身が転移するより前から現在に至っても尚続いている。しかし膠着状態なのかと問われればそうでなく、近年の努力と失敗が身を結び、インソムニアの破壊及び支配域からの解放は着々と進行。実にいいことだ。ナイトメアの侵攻と放浪者の出現が完全に一致する以上、二点の因果関係はあると断言してもいいだろう。即ち殲滅なり追放なりの手段で影響を取り除くことが出来たなら、故郷カロスへの帰還も現実味を帯びる。――とはいえだ。例外なくイマジナリードライブに適合する放浪者をかき集めても大規模作戦は綱渡りで、その際に投入される資源もまた有限である。ようするに今は比較的小規模な任務が続く状態となっていた。
 先日まで異国で任務に励んでいた桃簾(la0911)は今は社会勉強の一環として始めた総合スーパーのバイトに勤しんでいる最中だった。趣味である図書館巡りに冷蔵庫を使わない手製アイスの布教、保護者である青年のコレクションの鑑賞等、やりたいことは無限大にあり、戦うのも自らの意志で決めたことだが、ライセンサーの肩書きを離れたときこそ限りある自由を謳歌している瞬間だといえるだろう。しかしながらバイトの時間も楽しいものだ。原因も解決策も分からないので相性の悪いレジ係は難しいが、店内を一通り巡回して在庫をチェック、足りなければバックヤードから品出しして、いつもの時間に割引シールを貼る。また総合カウンターにはボタンが設置されているので呼び出しに応じ接客することもあった。この世界に来て二年程が過ぎたが、自身が肌で感じる以前の歴史を中心に書物を読んで知識を得てきた桃簾にとっては、人との触れ合いは未だに新鮮味を覚えることも多い。
(今日は妙に酒類が売れているようですね)
 と気付いたのはあがる前になってからだった。それ以外にも普段より売れ行きが好調なものがある。今日の特売品とは関係がない筈だ。電子機器が使えない関係上、即時性の高いニュースなどには疎い自覚があるが、もし自身の与り知らぬところで何かがあったとしても、それにしては売れ方が中途半端。しかし桃簾の知る範囲では心当たりがない。日常に突如降って湧いた謎に興味を抱くと早速調べてみることにした。今売れている商品を洗い出したら共通点が見つかるのでは――。そう思い立って内心わくわくとしながら、在庫を調べようとしたところ、桃簾は商品棚の前に立った見知った顔に気付いた。買う気があるのか否か、スマホを弄って俯いていた顔があがる。
「お、桃ちゃん。今日シフト入ってたんだ。何か久しぶりに見た気がするよ」
 そう言ってこちらに向き直ったのは磐堂 瑛士(la2663)。近所に住んでいる年下の友人で、同じライセンサーでもある。桃簾もよくは知らないが、戦いにはあまり積極的に関わる気がないらしく、ライセンサーが必要とされる催し物で一緒になる機会が多い。しかし戦闘でも周りを見た的確な判断と手厚いカバーのお陰で頼りになる、行動を共にして助かる相手に違いない。
「わたくしはいつも通りです。瑛士こそ、このところ姿を見ませんでしたね」
「僕も一応、高校生だからね。この時期はまあ、結構色々とあるんだよ」
 この時期。保護者の青年がイチ押しアニメの最終回を前に嘆き、新作アニメの情報にオタク仲間と通話で盛り上がり、花粉症に苦しむ人々を尻目に悠々自適の生活を送っていたら家政婦に増え続けるフィギュアの整頓を迫られる。そんな時期。桃簾はといえば、桜や苺など季節限定フレーバーのアイスが出るのを日々楽しみにしている。しかし貴族の姫として生まれた箱入り娘で、転移後も通ったことはないが、学生が忙しいのは友人たちを見ていても感じることではある。桃簾はスマホをポケットに突っ込む瑛士を見た。確かまだ卒業する年齢ではない筈だが、卒業後彼は一体どうするのだろう。ふとそんなことが気になった。そしてそれは謎にも結びつく。
「ふむ。なら卒業後、何か人が集まっての催しがあるのでしょう。花見にはまだ早いですし……」
「……ん? 花見?」
 何故かそこで引っ掛かりを見せる瑛士に桃簾は「はい」と頷く。昨年花見を楽しんだのは五月。しかし開花の時期が地方や品種によって異なることは知っており、また実際に出歩いていて、児童公園や河川敷を見てもまだ花びらを肴に呑むには早いだろう。だから違うと選択肢から除外したのだ。
「あれ、桃ちゃん花見行きたいの? なら、丁度いいタイミングだよ」
「というと」
「今日から夜桜ならぬ夜桃のライトアップやるらしいからさ。僕たちが住んでる辺りとは少し離れてるけどね」
 バランス栄養食を幾つか手に取ると瑛士が「歯ブラシってどこだっけ?」と訊くので、売り場へと案内する道すがら詳しい話を教えてもらった。曰く三駅離れたところに大きい都市公園があり、桃の木が植えられている。桜より一足先に見頃を迎えた花は他所から観光客が訪れる派手さはないものの、周辺住民にとっての風物詩であり、夕方から夜にかけてライトアップが行なわれるほか、地元の学生やクラブが日々の成果を披露するステージも設置されるらしい。売り場に着くと瑛士は商品棚を眺めて付け足す。
「僕はまあ帰宅部だから関係はないっちゃないんだけど、知り合いが吹奏楽やってて見に来いってうるさいんだよ。当然面倒臭いし、パス――」
「特に用事がないのなら、行ってあげれば良いではありませんか。わざわざ貴方のことを誘ってくれたのでしょう」
 学生生活に関する事柄でぱっとした話題を聞いたことはないが、興味がなかったりだとか、ましてや嫌いな人間などに声を掛けはしないだろう。瑛士の表情も言葉通り面倒だから行きたくないという風な雰囲気で誘い自体は満更ではないように思える。彼はちょっと迷ってから、
「いやー幾ら何でも一人で行くのはちょっとね。そいつの出番の前後とか、ぼっちになるわけだから」
「では、わたくしと行きましょう。この先暫く、遠出する予定はありませんし」
「やっぱりそうなるかぁ……分かった、行くよ」
 うん、話したときからそんな気はしてた。そう独り言のように彼は言う。しかし、少しも嫌がっていなさそうだ。瑛士とは友人関係ではあるものの、思えば普通の高校生らしい姿は見たことがない。だから、自分の知らないところで彼が誰とどんな風に過ごしているのか興味がある。そして何よりも――。
「ところで話は変わりますが、その催し物ではアイスを売っていますか?」
「……そうくると思ったぁ! ある……うん、あるかな? あるとイイネ」
 言って瑛士は歯ブラシを手に取った。そうして再びこちらを見返す彼が何ともいえない表情をしていたので、桃簾は応援してくれているのだと、前向きに受け取ることにした。

 ◆◇◆

 ライトアップ自体は約一ヶ月間毎日行なわれるのだが、自分の知人というか一応は友達の部類に入るだろうクラスメイトの出演に合わせて週末日曜日の夕方頃に行くことになった。丁度ステージが始まる頃に到着し、見た後に屋台を回っていれば何とか夜らしい風情が楽しめるだろうか。別に“いい子”であろうとは思わないが青少年保護なんちゃらに引っ掛かるまで遅くなることもなさそうだ。
 どこかへ出掛ける際は大抵桃簾が住むマンションの一階にあるカフェで暇を潰す。道楽経営だというここは何でも格安で、一般的な高校生の例に漏れず所謂ソシャゲも嗜む身としては非常にありがたい。オートで進む味気ない戦闘を眺めつつ、そういえばこの手の文化は桃簾とは共有出来ないものだと気付く。
「こんにちは、瑛士。待ちましたか?」
「いや、全然大丈夫。でもこれ食べ終わるまで待って?」
「では、わたくしも、コーヒーを一ついただきましょう」
 と言って隣に腰掛ける桃簾はチマチョゴリを着ていた。まだ春の陽気が顔を覗かせた程度の気温なので、丁度いい具合か。滑り込みで注文したランチのハンバーガーを食べながら訊いたところ、昔のアニメキャラクターのコスプレらしい。当然目立つが彼女のこういった服装はいつもで、例えば普通の服を着ていてもどのみち桃簾は目立つのだ。ならば本人が着たい服を着るのが一番だと思う。
 軽く食事を摂るとマンションを出て電車に揺られ三駅、駅を出てすぐにその公園はあった。大盛況とはいえないものの大多数が地元の人と思えば充分多いほうだ。そんな人たちの目の前には桜よりも色が濃い花が咲き誇っている。
「桃ちゃんの髪の色とおんなじだ」
「この名前は桃の花とは、直接関係はありませんが――とても美しいです」
「うん。綺麗だ」
 たかが花、されども花。しかしいつどうなるかも分からないこのご時世、自然に心洗われるというと大袈裟だろうが、そういう人の気持ちが瑛士にも理解出来るようになっていた。
 花の鑑賞もそこそこに、ステージの側まで二人は行き、クラブ活動の一環なので休みでも制服を着た一団を見つける。ただ流石にあの中に入り難いと二の足を踏んでいると件のクラスメイトがこちらの存在に気付き、すぐ抜け出してきた。手をあげて軽い感じで挨拶してくるのに同じように返す。数少ない友達なだけによく性格を把握していて、来るとは思わなかったと言ってくるのに瑛士は笑うしかない。隣では桃簾がドヤ顔をしていたが、思い出したように袖を引いた。すぐに察し、あーと若干考える素振りを見せる。まあ嘘をいう必要はない。友達の名前を教えて、
「んで、この人は桃ちゃ……桃簾さん。僕のご近所さんだよ」
「初めまして。学校では瑛士が世話になっているようですね」
 優雅に一礼する彼女に友達はたじたじになりながらも、柄にもなくお辞儀をし返すのが面白かった。思わぬ美人に出くわせば思春期の少年が動揺するのも当然だ。一方桃簾はその挙動不審っぷりなど少しも気にせず、年上というより姉のような振る舞いをしている。本人は平気でも言われたほうは嬉し恥ずかしで動揺する奴だ、と冷静なもう一人の自分が現状を客観視しだす。動揺をそよ風で冷まそうと無駄に足掻いた。訊かれたわけでもないのに友達はいやいや俺のほうこそ、と大したエピソードもないのに謙遜をし始める。それを桃簾は慈愛に満ちた眼差しで見つめ時折相槌を打った。とにかくゲームが上手いとか、抜き打ちテストの回答を当てずっぽうで書いて高得点を叩き出しただとか、幾つかの話をし終え。とにかくいい奴ですよと彼は下手くそに締め括った。
「仲が良くて何よりです」
 にっこりと笑みを浮かべての言葉に瑛士はつい動揺がぶり返し咳払いをした。恥ずかしさの余り、
「ほら桃ちゃん、そろそろ時間だからっ!」
 と不自然に大きな声を出したが彼女はそれに気付いているのか否か、追求は全くしてこなかった。友達はじゃあなと今度はぎこちなく手をあげ、桃簾には軽く会釈して離れる。瑛士は息をつき、気を取り直して彼女を観客席に誘った。花見をしていたときより余程楽しそうに見える。
 結局そろそろ時間は嘘になって、思ったよりは埋まっていた席に腰掛け、たっぷり十五分経過した後になって吹奏楽部の出番が回ってきた。演奏するのは出会いと別れをテーマにした定番の曲。桃簾は物珍しげに耳を傾けている。
(いや、初めて聴くのかな?)
 こちらでの生活が長くなるにつれて、彼女が放浪者であることを忘れかける瞬間が増える。しかし確かに別の世界で違う価値観の中生きてきた人なのだ。彼女ら放浪者との出会いは異世界との接触で唯一良かった点だと思う。
「――瑛士、良い友達ですね」
 ふと演奏を邪魔しないよう、密やかな声量で囁かれた言葉に瑛士は素直に頷いた。いじめなどはされていないが苗字は覚えていても名前は知らない、そんな仲の人がクラスメイトには多い。それは自身が積極的に話さなかったり空気のように流されるのをよしとしたり、そういった性格が理由だ。しかし数少ない友達と呼べる人間は一緒にいて嫌になることが一度もなかった。
「うんまあ、照れ臭いけどさ、ありがたいとは思ってる」
 ――それから一呼吸置いて。
「桃ちゃんもね」
「……瑛士もありがとう」
 目を瞠った桃簾が柔らかく笑うので瑛士もつられて笑った。いつか彼女が元の世界に帰ってしまうとしても、その日までにもっと沢山思い出を増やせていけたらいい。照れで頬を熱くしながら精一杯の演奏に耳を傾けた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ぱっと思いついたのは花見でしたが書き始めた後で
検索してみたら普通の花見は桃簾さんも経験があった為、
変化球を投げてみました。異文化コミュニケーションは
刺激になるのでとてもいいものですね、と思ったり。
普通に年上してる桃簾さんと年下してる瑛士くんを
書いてみたいなあという気持ちも物凄くありました。
あとアイスや夜桃は流れで置き去りにしちゃいましたが
きっと食べつつライトアップも楽しんだんだと思います。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年04月21日

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