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『始まりの季節、月は兎と共に』
神取 アウィンla3388)&神取 冬呼la3621

未来というものについて考える。それは、今日という日の積み重ねに他ならない、はずだ。





「うみ゛ぃぃぃ……」
小さく呻き声をあげて、神取 冬呼(la3621)はローテーブルへと突っ伏す。テーブルの上にはノートパソコン、そして教科書や学習要綱、大量のプリント類で構成された樹海が広がっている。十代女子にしか見えない外見からは到底想像できない――だからこそ能力を差し置いて侮られることもあり大変遺憾なのだ――が、大学教授である冬呼にとって、春とは多忙を極める季節だ。新学期を迎えるにあたり講義の見直し、新入生のオリエンテーション、生徒指導にゼミ勧誘。安定しない情勢もあって、そこにSALFでのライセンサーとしての任務も併行しているのだから、こうしてつい呻き声を上げてしまうのも仕方の無いことなのだ。
その声に視線を上げたアウィン・ノルデン(la3388)は、先程まで真剣に目で追っていた分厚い本の上にペンを置いて立ち上がった。
「お疲れさま、ふゆ。紅茶でも淹れ直して来ようか」
何せ少し前までは、彼女は声が届かぬほど集中していたのだ。どこか穏やかな表情のアウィンの言葉に、冬呼は慌てた様子でばっと顔を上げる。
「いいいいいよぉ!! その、自分でやる、やるから」
「……? 大丈夫。器具などの扱いは一通り心得ているし、こう見えても喫茶店でアルバイトをしていたこともあって」
「そういうことじゃなくて! ここは私の家だし、アウィンさんだって今まで勉強してたし、お疲れさまはお互い様だし!」
小動物の如き瞬発力で立ち上がると、先んじてキッチンへ入ろうと試みる。しかし冬呼はそこですぐに制止させられてしまった。そう、伸ばした手でさらりと冬呼の髪を撫でてアウィンは口を開く。
「――俺が、ふゆに淹れてあげたいんだ。とても励んでいるのだから、ささやかな労いとでもいうのだろうか。……駄目か?」
「……〜〜っ!」
優し気に目を細めて笑うアウィンに、冬呼は両の手を握り締めてすごすごと定位置のクッションへと戻る。いつのまにかそれなりに長い時間を共に過ごした冬呼は、彼が普段、誰かにはっきり笑いかけることがそう無いことを知っている。知っているのだから――そう、その所作は狡い。
「宜しくお願いします……っ! でも、次は私が淹れるからね」
「ああ、わかった。その時は宜しく頼む」
ひらりとキッチンへ入っていくアウィンの立ち振る舞いはとても美しくて。格好良いんだよなあと、冬呼は独り言ち手元の縫いぐるみを撫でる。ハリネズミの縫いぐるみはふわふわで、どこか緩い目が彼女を見つめていた。





ちらり。そこで冬呼は先程までアウィンが座っていた机へ視線を動かした。広げられたノートに分厚い本、辞典などが几帳面に置かれている。『高等学校卒業程度認定試験』の過去問題を解くのだと、そういえば言っていただろうか。
放浪者と呼ばれる者達がこの世界に降り立つようになり幾何かが過ぎた。彼らの立場は様々で、当然にそれぞれが異なる文化を持つ。それはただでさえ異なる地球上の国々の違いに比べても、根底から大きく異なってくるものだ。文化人類学を究める冬呼は、まさに放浪者を通して異界の風土を調べるという直属の教え子の研究テーマもあり、その現状においてはおよそ右に出るものがおらぬほどに明るくなっていた。冬呼としては、いつかその違いが困難にならない世界に出来るよう全力を以て臨む所存ではあるが、だからこそ。衣食住を問題なく行える程度をはるかに越え、こうして学問の体系を理解する境地へ至るのが如何に大きな努力を擁するものか、ありありと理解してしまう。
「……すごいんだよなぁ」
異なる文化に馴染み、こうして学びを深められるというのは、頭脳明晰であっても歳を重ねるだけ難しくなるもの。辛苦を顔に出さない彼だからこそ、努力の姿勢は想像を絶する。
そしてそれもまた足掛け。少し前に『医者になろうと思う』と告げたアウィンの言葉を思い出して、冬呼は自身の頬が少し熱くなるのを感じ縫いぐるみに顔を埋める。
「随分仲が良いんだな」
と、不意の声にそちらを振り向いた。カップを持ったまま器用に指した人差し指の先は、冬呼が抱えるハリネズミの縫いぐるみ。同時、ふわりといい香りが鼻をくすぐった。
「癒しを求めてのことなのかもしれないが、妬いてしまうな」
「ひょぇ……」
二つのカップをローテーブルへ並べると、アウィンは冬呼の隣に座り縫いぐるみをつつく。その表情はあまり変わらないがどこか拗ねているようにも見え、冗談なのだろうが判別はしにくい。小さく笑って、冬呼はテーブルに縫いぐるみを置く。
「そ、そういうわけじゃ……癒しを求めていたのはまぁ、そうなのだけど」
「ん」
冬呼の言葉に対し、ばっと両手を広げるアウィン。一瞬目を瞬かせた冬呼は、次いで鈴の音のような笑いと共に暫し間を開けて。凭れるようにゆっくりと首の後ろへ腕を回し、抱きしめる。
恋人になって幾分が経つが、未だ慣れることなくこうして鼓動は高鳴るのだ。それでもこのひと時は何よりも愛おしく。
「……癒され、ます」
「何よりだ。吸って良いぞ。疲れた時は恋人を吸うのが良いのだろう?」
「……! それは酔った席での戯言で――」
冗談めかした言葉に冬呼は何かを言いかけて、そこでふと耳元に触れる柔らかな感触に固まる。かくも自然な振る舞いで行われた口付けに、頬はみるみる赤くなっていく。
「……! アウィンさん!」
何か? と言わんばかりのアウィンへ口先を尖らせて、「……もう!」と冬呼は声を溢した。自覚してか無自覚なのかは不明だが、色男の彼は恋人として遠慮なくこういうことをしてくるので、いつも照れさせられてしまうのだ。
年甲斐もなく何を、という言葉が脳裏を過り、冬呼は小さく息を吐く。こんな日々は諦めていたはずなのに。自分自身の未来など、そう多くは望んでいなかったはずなのに。





「そろそろ休憩にして、少し外でもあるこうか。買い物もしたいしさ」
冬呼の言葉もあり、程なくして二人は並んで外出となった。夕方にしては陽気があり、ぽかぽかとした春を思わせる気候だ。
「今日は予定どうなんだっけ。夕食は食べていって貰えるのかな?」
「ああ、最近はバイトも少し減らしていてな。ふゆの家にいると、わからない勉学も教えて貰えて助かる」
ふゆは教えるのが上手いからな、と続く言葉に、冬呼はたははと照れたように笑った。
「専門分野はともかく、アウィンさんももうそう大きく変わらないとも思うんだけど」
「そんなことは。そもそも俺を外部聴講生として受け入れて貰えなければ、高認試験だって夢のまた夢であったし……今だってずいぶん助けられている。感謝しているんだ」
「むむ……」
冬呼は凡人である。凡人であるが故に努力し、究めて、それこそ周囲が驚くような速度で大学教授へとなった。外見からか能力そのものを見てもらえないことがあるのは歯痒いが、だからこそこうして当たり前のように認めて貰えるのは嬉しくて。
「……ありがとう。私も感謝してるよ」
アウィンの言葉はいつだって狼狽るほどに勿体無く感じるのだが、けれどもとても真っ直ぐに届く。それが飾った言葉でないことが、嫌というほどわかるのだ。だから何というか、くすぐったい。そう思いながら歩く足を止めず、冬呼はツインテールをそわそわと揺らした。少しほてった頬を、暖かい風が撫でていく。
そこでふと、冬呼ははっと振り返った。
「アウィンさん。この先に桜並木があるんだけど、少し寄り道するのはどうかな?」
「いいんじゃないか? この世界の桜は綺麗だ」

心なしか早足になる冬呼に合わせて、予定よりひとつ手前の角を曲がる。暫く歩くと、目の前にひらりと雪がちらつくように花弁が通り過ぎていった。
ちょうど見頃に開花した桜の並木道。咲き始めた桜の花がひらりひらりと零れ落ちては、オレンジの夕日に煌めいている。
「綺麗だな」
「そうでしょう? この間一緒に見た桜も綺麗だったけど、この並木通りの桜も綺麗なんだ」
アウィンは思う。こうして共に歩けることのなんと素晴らしいことか。違う世界で生まれた以上、すれ違うことさえ許さなかった二つの線がこの地で重なった奇跡を思う。
「いや、桜もそうだが、そうではなく。……夕日に映える、ふゆがとても綺麗で」
夕日に透ける紫が美しくなびく。それに手を伸ばし、そっと撫でてアウィンは笑った。
「も、もうまたそんな自然にそういうことを言ってくる! アウィンさんだってものすごーく格好良いんだから……」
いやいやこれではただのバカップルでは!? と冬呼が早々に頭を抱えるのさえどこか楽しげに見つめ。
表情にこそ大きくは表れないが、己の心臓が早く動くのをアウィンもまた感じていた。
一度自覚をしてみれば、あまりにもしっくりと胸に落ちてしまうこの愛情という感情。アウィンにとって自分の、自分だけのこの想いはとてもかけがえの無いものに感じられた。かのカロスの地の自分とも違う、ただの『アウィン・ノルデン』を彼女は見てくれる。偽りも誤魔化しも背伸びをすることさえも必要ない。ただ思ったことを告げられるのが嬉しく、大切にしたくて、何度でも口にしてしまうのだ。
「ふゆ、愛してる」
「わ、私も!」
藍宝石を思わせる深い青の双眸に、グリーントパーズの瞳の色が重なった。思い切ったように冬呼は口を開く。
「……私もね、大好き。本当にね、感謝してるんだ。だってこんなに、毎日が幸せで」
照れたように冬呼は笑う。花が咲くのに似ているなとアウィンはふと想い、そしてつられて微笑んだ。

未来というものについて考える。それは、今日という日の積み重ねに他ならないはずだ。届かぬものへ手を伸ばすような夢物語にさえ見えるが、堅実に、着実に時を重ねていけば、必ず届くものなのだろう。
長くは生きられないかもしれないという、冬呼の生きる時間を一分一秒でも延ばしたいと願った。共に在る時間を少しでも長く、そのための努力と思えば辛苦もあまり感じないのだから不思議だと思う。


そうして二人は並んで歩く。背の高さも、暮らしてきた世界も何もかも違う二人。
互いを尊重し合い同じ目線にて、歩いていく。祝福するかのように桜の雨が降っていた。

月は、兎を見守るだけでなく側にいることを決めたのだ。今一番近いところで、彼女と彼女の未来を護る。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【アウィン・ノルデン(la3388) / 男性 / 放浪者 / 守護の蒼月は未来を示す】
【神取 冬呼(la3621) / 女性 / 人間 / 賢き兎は未来を胸に】

いつもお世話になっております、夏八木です。
2060年にコロナ禍は無いのでしょうが、時勢もあり、
おうちでのんびり過ごす(のんびりではなくなってしましましたが)
お二人が見たくて書かせていただきました。とても楽しかったです!
この先きっと困難も沢山あるのでしょうが、
お二人ならきっと越えていけるのだろうなと祈りを込めて。
ご発注、ありがとうございました!
おまかせノベル -
夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月22日

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