▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『血煙に狂う』
鞍馬 真ka5819

 詩天の若峰を鞍馬 真(ka5819)が訪れたのは、気紛れによるものだった

 要塞『ノアーラ・クンタウ』にいる同盟商人から手紙を受け取り、若峰にある酒蔵へ持参する。新人ハンターでも請け負える仕事だ。
 それでも歴戦のハンタ−である鞍馬は、この依頼を受けた。
 本人も明確な理由は分からない。ただ、邪神ファナティックブラッドから守ったこの世界を自分の目で確かめたい。仲間と共にではなく、できれば一人でゆっくりと――。
 心の何処かでそう考えていたのかもしれない。

「ごちそうさま」
 鞍馬は居酒屋の片隅で椅子から立ち上がる。
 少し遅い晩飯を食べた後、代金を置いて店を出る。
 時刻は、暮六ツを過ぎて亥の刻過ぎた頃。既に長屋に続く門は閉じられ、人通りも少なくなっている。灯りと言えば、宿から持参した提灯だけ。店の軒先で蝋燭を灯せば、光はこの蝋燭の放つ弱々しい灯りだけである。
(まるで、崑崙から見る宇宙だ)
 ふと、鞍馬の脳裏にある思い出が浮かんだ。
 邪神討伐へ向かう際、崑崙から目にした光景。邪神によって飲み込まれていった星々。そこにあるのは、永遠と続く闇。そこに向かって自分は歩を進める。
 自分以外に何もない空間――若峰の夜は、それを彷彿とさせた。
「嫌な思い出だな」
 鞍馬は、一人呟き歩き出す。
 頬に触れる風。この時期でも少々肌寒い夜もあるが、今日は心地良い。もう少し暑くなれば、川沿いを歩くのも悪くない。四季が明確な東方では食べる物も変わる。その頃に仲間ともう一度訪れても――。
「!」
 鞍馬の思考を邪魔する気配。
 咄嗟に右手で魔導剣「カオスウィース」の柄を掴む。
 ――何者かが、いる。
 待ち伏せ。それも息を殺して獲物が近づくのを待ち続ける獣。
 血生臭い息を漏らしながら、虎視眈々と距離を測っている。
「誰だ」
 鞍馬は闇に向かって叫ぶ。
 取り落とした提灯は、蝋燭の炎で焼かれて煙を立ち上げる。
 炎は風に煽られて大きくなっていく。
 その炎に誘われるように、物陰から一人の侍が姿を見せる。
 既に鞘から抜き放たれた刀身は、炎を映し出して揺らめいている。
 すっと草履を鳴らしながら、間合いを詰める侍。
 切っ先は鞍馬へ向けられている。
(話し合いをする気はなし、か)
 鞍馬も鞘から刀を抜き放つ。
 刃と鞘が別れ、刃は風に触れる。
 ――辻斬り。
 巷を騒がせる存在の事を、鞍馬は耳にしていた。邪神が倒れてから、時折辻斬りが現れて誰彼構わず斬り捨てる。三条家は犯人捜しを続けていたが、未だ見つからず。ハンターへの討伐依頼を出そうとしているとハンターズソサエティから聞かされたばかりだった。
(……こいつか)
 鞍馬は、確信する。
 目の前の者が犯人。それも、人間ではなく歪虚の仕業。その証拠に侍の瞳は周囲と同様漆黒に染まっていた。
 歪虚の仕業である以上、この場で見逃す訳にはいかない。
「…………」
 沈黙を保ったまま、ゆっくりと弄り寄る侍。
 鞍馬を警戒しながら、間合いを計っているのだろう。
 その行動は剣で斬り合う相手に対して挑発と言わんばかりの態度だ。
 ――隙あれば、斬り掛かってこい。
 それは鞍馬から斬らせ、その一撃を回避。その上で自らの一刀で鞍馬を斬り伏せるつもりなのだろう。
(相当の手練れか。それとも、自信過剰なだけ……?
 いずれにしても剣に溺れ、血煙に狂った侍か)
 鞍馬は警戒を怠らず、少しずつ間合いを詰める。
 鞍馬にも腕に覚えはある。伊達に邪神戦争で相応の功績を残していない。
 だから、分かる。
 侍は油断できない。
 一方――体捌きで相手の実力を量る術もあるが、侍には相手の実力を推し量る気配がない。
 愚者か?
 はたまた剣豪か。
「!」
 意を決した鞍馬は、前に出る。
 剣を上段に構え、間合いを詰めると同時に左上からカオスウィースを振り下ろす。
 その一撃を待ち構えていたであろう侍は切っ先をギリギリで回避しながら鞍馬の左へと回り込む。カオスウィースの刃は闇の中へ消えていく。
 回り込んだ侍。
 既に侍の刀は上段へ振り上げられている。
 このまま刀を振り下ろせば、侍の刀は鞍馬の体にめり込む事になる。
 ――しかし。
「……ぐっ」
 侍の口から漏れる呻き。
 侍の行動を読んでいた鞍馬は、侍が左へ回り込むと同時に響劇剣「オペレッタ」を抜き放っていた。
 侍が上段から刀を振り下ろすよりも先に、侍の脇腹を鞍馬が左手に握ったオペレッタが捉えていた。
 斬られた侍。
 おそらく、鞍馬が二本の剣を握っている事を見なければ何が起こっているのか理解できなかっただろう。
(手練れだったか)
 鞍馬は崩れ落ちる侍を、黙って見つめていた。
 一瞬の体捌きから侍が単なる愚者でない事を見抜いた。あれは歪虚であってもそう簡単にできる事ではない。相応に強力な歪虚。それも刀による剣撃に特化した存在。謂わば、人斬りを専門に斬り続けていたのだろう。
「……これで終わりだ」
 鞍馬は剣についた体液を振り払い、鞘へと収める。
 時代劇などでは鍔迫り合いなどで長々と刀による斬り合いを行っている。だが、実際には鍔迫り合いなどは起こらない。あまりにもあっさりと、そして呆気なく決着はつく。
 侍は鞍馬を見つめる。
 その漆黒の瞳は、鞍馬への恨みか。それとも戦う事から逃れられる安堵か。
 いずれなのか――それは鞍馬にも分からない。
 ただ、明確な事は『歪虚が一体、ハンターによって始末された事』だけである。
 
 崩れていく侍。
 夜風に舞い上がり、何処かへ去って行くかのような光景。
 鞍馬もこの歪虚がどの程度被害を出していたのかは分からない。剣を交わらせたのは一瞬だけ。それも瞬きをする間もなく決している。
 そこに感慨もなければ、悲嘆もない。
「……あの戦いで、心が渇いたのか?」
 鞍馬は侍を倒しても感情が浮かばない自分に問いかけた。
 つい先程、死闘を演じたにも関わらず、何の感情も浮かばない。
 何故かは分からない。
 より強い者が生き残った。弱き者が去った。
 単なる結果だけが、残ったように感じられる。
(戦いを求めてはいないのに……。
 血煙に狂っているのは、あの侍か。それとも……)
 鞍馬は再び闇の中を歩き出す。
 鞍馬の心情を鑑みず、風は吹く。何故か、先程よりも冷たく感じる。

 それより宿の前に、ハンターズソサエティで侍の討伐を報告しなければ――。


おまかせノベル -
近藤豊 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年04月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.