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『漆黒に塗れた世界でひとり』
マクガフィンla0428

 今宵、月は何処にも無い。まるで朔の日かのように、其れを覆い隠す雲すら闇に潜み、影も形も窺えずにいて――またとない日だ。命を終わらせる為には最良の、但し其れは己のもので無く。本来生を受けた瞬間に与えられるべき名を持たぬ女は独りで夜の街を往く。顔貌の大部分を外界と隔て、覗くのは口許だけと異様な風体にも拘らず、女の存在を見咎める者は誰もいなかった。只、其処に在る事が当たり前の様に。否、空気にも等しいと言い表す方が正確であった。なけなしの戦ぐ風に髪束は揺れ、身形は人其の物だ。だが足音は全く立たず、辺りを行き交う人は勿論、息が掛かりそうな程近くまで寄れども欠片も気に留めない。気付くとすれば、其れは女一点に意識を注ぐ者だけだろう。
 煌々と鮮やかに咲いたネオンの華と欲に塗れた肚を理性という名の殻で誤魔化した人の群れは、特定の箇所を通り過ぎると忽ちに姿を消す。継ぎ足しを繰り返し形成された街は物心もつく前の子供が初めて作った出来損ないの積み木のよう。人が減ると同時に照明も数を減らし、黒を纏う女を炭のような闇に溶け込ませていく。
 やがて辿り着いたのは或るビルだ。灯り一つ見えない其の建物は不自然さ極まりなく、これまで追ってきた男の背は僅かに警戒し、顔だけを左右に動かすも、女の気配は感じ取れなかったようで、暗がりに佇む地獄への入り口に確りとした足取りで以て進み入る。それを追う足は平時と変わりもなく、只散歩をしているようだ。
 用済みと化し久しく経ち、然りとて完全に無と帰すにはまた金が掛かる。埃が積もった床に辛うじて男の足跡を捉える事が出来た。硝子の無い窓からは隣の建物の光が差し込み、舞い上がった埃がちらちら粉雪のように降り注いでいる。面を隠した女が肉眼で感じる事は無いのだが。コンクリートの床に僅かに反響する音に耳を澄ませつつ、建物の構造を具に調べる。意識しての行動では無く無意識下に因るものだった。この世の機械が知能を持ち、正しく自律するよう。自らの意思で以て、人と同様に戦う術を学んだ人工生命体より余程、機械らしく。
 時折足許を隙間風が掠める廊下を進み、女はふと足を止めた。辿った影は只一つ、内に感じる気配は五。数が増える事自体に何も問題は無い。想定して然るべき事で当然ながら女も織り込み済みではあった。表で“英雄”の一人として末席に名と言えぬ名を残す身としては、本作戦前の下調べ、斥候を得意とするが決して戦えない訳では無い。むしろ、斯様な者共の相手は多くの同業者よりも得意とするところだろう。予め頭に叩き込んだ情報と此処に来て得た情報とを脳内で混ぜ合わせ、複数のパターンを想定しておく。但し仮想に囚われないよう意識した。不死でも無い限り、絶対など存在しないのが世の理。己も所詮替えの利く薄汚れた部品でしか無いのだ。
「――何者だ?」
 少し考え事をして散歩を再開する、そんな悠然とした足取りで踏み入れれば誰何の声が飛ぶ。其の手には人間を殺傷するに余りある改造を施した拳銃を構えていた。出会い頭に集中砲火を見舞わない愚を犯した者は老若男女ばらばらで五人に共通項等も見受けられない。強いていえば張り詰めた空気と其の根源の殺気は一致している。
「其れを知って如何為さりましょう。心当たりが御座いますのであれば、其の様に受け取られるのが宜しいかと存じます」
 あくまで穏当な声音で突き放して、懐へと指を差し入れる。自然な挙動に僅かに連中の反応は遅れた。気付き引き金に指を掛けた時にはもう貴婦人の様な衣装に潜ませた小太刀を掬い上げ、其の刃文を確かめるかの様な揺らめく動きに銃弾が一つ残らず吸い寄せられる。衝撃を殺さず受け流した弾は微妙に跳ねて一人の男の太腿を貫通した。二秒程の沈黙の後に絶叫が迸る。練度の低い彼らは混乱して攻撃の手が止まる。埃塗れの床を踏み締め、小太刀をぶら下げ、手近の女へと一気に間合いを詰めた。下から斜めに心臓目掛け刃を突き立てる。血が飛沫き、脂で滑りが悪くなったのを引き抜けば噴水が如く女に降り注いだ。半狂乱になり銃を連射しようとする中年男の前に先程の死体を強引に掴み上げて盾に、用済みの其れを捨て、小太刀を振りかぶった。そして、細腕とは思えない膂力で投げ放つ。繰り返しの人体実験で得た力は失われた反面、適合者と成って別の異能を得た。この世界では想像力が人に超人的な力を与える。
(私もまた人で有るならば。其れを利用出来てもおかしくはありますまい)
 密かに述懐し――突き刺さったか否か確認するまでもなく女は振り返った。銃を使えばまだ勝機はあると、彼らの立場ならばそう判断するのが正常であろうが。只の女一人に蹂躙されている事実を現実と受け止めるには、其の精神はひどく拙く――我武者羅に殴り掛かってくる少年の域をようやっと抜け出した頃の男に足首近くまで伸びたスカートを諸共せず、懐に飛び込んで膝で急所を打つ。うずくまるのに合わせて身を屈め、心臓に掌底を叩き込んだ。五体満足でも鼓動が止まれば人間は死ぬ。そんな当たり前の事を思いながら、倒れ臥す男を見下ろした。残るは二人。しかも一人は既に手負いだ。回収した拳銃を構え、訓練用の人形程も動けずに銃創を庇う男の額を撃つ。反動によって上半身は跳ねるも、確りと床を踏み締めれば血に塗れ重くなったスカートが脚に張り付く。女は最後に残された老婆を見た。祈る様に命乞いする姿を目にする。辺りは同業者でも中々御目に掛かる事も無さそうな様相を呈し、だが其れも日常の一幕。眩しい世界で生きる何方は知る事が無いが――。
「人の世にも要不要という概念が御座います。然れば已むを得ず雑草を間引く――其れがこれの仕事ゆえに」
 であれば英雄の英雄たる所以を汚す心配もないと。何者でも無い女は囁く。只、これが歯車を回す潤滑油の役割を果たすのであれば、見返りは求めない。どのみち他の生き方等知らず、知って何になるとの思いもあった。
 他人の不幸を蜜に私腹を肥やせば、恨みを買って敵を作る。学ぶには人間の生は取り返しがつかない。
 せめてもの慈悲と側まで歩み寄り、腕を引き剥がし心臓を撃とうとするも、恐怖に身を捩ったが為に、僅かに急所を外れた。天寿に達しようとする歳なれども死は恐ろしいらしく、倒れた老婆の口からは血液と共にあえかな言葉が漏れ聞こえた。
 ――痛い、嫌じゃ、死にたくない。其の言葉を彼らが死なせた何者かも懸命に吐いた事だろう。何せナイトメアに餌をやり、成態から成熟態へ、そしてエルゴマンサーへと育てようと企てたのだから。同類を売り侵略生命体に飼われ、ありとあらゆるものを手に入れる。そんなもの、砂上の楼閣も同然と思うのは傲慢か。
 女は身体を起こし、一つの命が絶えていく様を眺めていた。血を纏い拳銃を手に、其れでも何事も無かったかの様に振舞う。呼吸もそうと自覚しなければしていないのと同じだ。融けて、やがて露と消える。ろくな死に方はしないだろう。思い出した様に懐から小型端末を取り出す。
「――……ええ。全て方が付きましたので、ご確認を宜しくお願いいたします」
 用件のみを端的に告げ、通信を切断した。溜め息が零れる。血塗れのまま一先ずは口許を拭い、協力者が駆け付けるのを待って佇む。誰の生も感じられない世界で、梟の鳴き声が女の――マクガフィン(la0428)の耳を掠めた気がした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
最初はギャラリーのコメントにとても惹かれたので
モブに興味を持たれて困惑するマクガフィンさんを
とも考えましたが接し方が変わる程となるとやはり
行き過ぎではと感じたので、別の話に変更しました。
学が無くて台詞回しはだいぶガバガバだと思います;
義憤に駆られるでもなく淡々と汚れ役を引き受ける
彼女がこの世界でどう生きていくのか気になります!
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年04月24日

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