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『ビギニング』
鬼塚 小毬ka5959)&鬼塚 陸ka0038

 ――王国軍管轄下宇宙基地『崑崙』。

「計測の数値は?」
「……安定しません。おそらくパイロットの精神面が影響していると思われます」
 崑崙内に築かれた秘密ラボで、研究者達は計測器を前に唸っている。
 王国軍と帝国軍の戦争初期において、パワーバランスを決定付けたのは大精霊の加護を受けていたマスティマと守護者であった。
 特にマスティマはプライマルシフトを始め、他のCAMにはない特性は敵にとって脅威であった。技術革新が進み、マスティマ対策が幾つも立てられる状況の中、双方は新たなる兵器開発へと進んでいった。

 それはもう一つの戦争。
 兵器が開発された後、破壊される。
 そして、新たなる兵器がまた生まれる。
 この無間地獄の中、戦争は無慈悲にも激化していく。
 
 その兵器の一つが――この崑崙で密かに開発を進められている。
「ここ数週間、数値が乱れ続けているな。……ここ最近、何か変化はなかったかね?」
「いえ、何も……」
 鬼塚 小毬(ka5959)は、嘘を吐いた。

『鬼塚陸は死んだ』

 戦場で出会ったマスティマのパイロットに、そう断言された。
 王国軍に身を寄せたのも、自分を置いて姿を消した愛する人を探す為だ。守護者という存在は両国には無視できない。
 おそらく、彼は苦悩したのだろう。
 邪神を倒して平和になるどころか、世界は更なる激しい戦争に見舞われた。守護者でなければ平和に暮らせたのかもしれないが、世界はそれを許さない。
 だが、何より悲しいのは――彼が小毬にその事を相談をしていなかった点だ。
「まさかテストパイロットを辞めたいというのではないだろうね? 既に君に合わせてシステムは開発されて……」
「分かっています。辞める気は毛頭ありません」
 研究者の小言を小毬は一方的に打ち切った。
 テストパイロットを辞める?
 冗談じゃない。
 自分は決めたのだ。
 もし、本当に彼が死んでいるのなら、彼の乗っていた機体をこの手で破壊する。愛してくれた彼の手から離れて機体。それが破壊の限りを繰り返すなら、必ず止めなければならない。それが愛した彼の為にできる、唯一の事だから。
「そ、そうか」
「博士、分かりました。操縦者の精神状態にシステムがついて行けてないんです」
「どういう事かね?」
「操縦者の強い意志をシステムが受けきれず、リンケージに支障が発生しているのです」
 小毬は黙って研究者の言葉に耳を傾ける。
 このシステム――『Micro-Linkage System』は、王国が秘密裏に開発を続けているものだ。王国内に存在する幻獣『ユグディラ』は、意志疎通する際に念話、正確にはイメージを対象の脳裏に直接送り込む。この意志疎通方法をCAMや魔導アーマーへ転用すれば、マスティマ以上の反応速度を得られるのではないか。
 そのコンセプトを元にシステム開発は行われていた。テストパイロットには小毬が選ばれ、システムは小毬に合わせて調整が続けられている。
「これなら、システム側の調整をすれば正常に戻せます」
「そうか。だが、操縦者の精神状態にここまで左右されるとはな」
「仕方ありません。これだけ技術が進んで世界を移動できるようになっても、人の脳の仕組みは解明されていないんです。おそらく大精霊でも知らないでしょうね」
 研究者達が笑えない冗談を口にしている。
 ――囚われの小鳥。
 小毬は時折、自分の事をそう考えてる。
 王国にとって自分はモルモットでしかなく、代わりがいないからこそ大事にされている。言い換えれば、自分の行動は王国に縛られている。
 そう、ここは檻。何処にも逃げられないよう閉じ込める檻なのだ。
「何にせよ、システムとアイツの調整を急げ。上が何を言い出すか分からないぞ」
 ――アイツ。
 それは巨大な人造幻獣『エスメラルダ』の事。

 ――鬼塚 小毬。
 彼女こそ、王国で唯一エスメラルダに乗る事のできるパイロットだ。


 鬼塚 陸(ka0038)――ゲフェングニス大佐にとって、彼女の遭遇は想定外であった。
(小毬が、何故王国軍に……)
 いつ振りだろうか。
 ――小毬の姿を目にしたのは。
 もう二度と許されないと思っていた。自分が守護者である以上、彼女を捨てなければ戦争に巻き込まれる。もう二度と、大切な人を失いたくない。だからこそ、彼女を置いて家を出る事にした。
 これで彼女を、大切な人を傷付けずに済む。
 そう考えていた。
「大佐」
 自室のモニターに部下の顔が映し出される。
 部下に顔を見られないよう白銀のマスクを装着してから、カメラの前に出る。
「なんだ?」
「本部から作戦概要が送られてきました」
 ――作戦概要。
 先日、小惑星帯で王国軍と予定外の遭遇戦が発生。それを受けて王国軍は崑崙の防衛を強化していた。だが、帝国軍はその動きも織り込み済みだった。
 本部より大佐の乗艦である『ウィルヘルミナ』へ新たなる作戦案が送られてきたのだ。
「来たか」
「それから大佐の友人からメッセージを預かっています」
「読め」
「は、ですが……」
 口籠もる部下。
 だが、既に部下はメッセージを目にしている。
 今更、躊躇されても遅い。
「構わん」
「は。
 ……『今度の作戦はかなりデカいみたいだな。次こそはあたしが先陣を切ってやる。負けねぇからな』……以上です」
(あいつめ)
 誰からの通信かは想像がついた。
 それは自分を帝国軍へ召還した存在だ。同じ守護者であるが、あいつの立場を考えれば無碍に断る事もできない。自分もあいつも、様々なしがらみに捕らわれながら戦う道を選んだ。
 あいつも様々な物を犠牲にしてここまで来たのだろう。
 だから、自分も――。
「大佐、ブリッジまでお越し下さい。各艦隊の艦長へ命令を下さなければなりません」
 部下の声で現実に引き戻される。
 そうだ。今は昔を懐かしんでいる場合ではない。
「分かった。すぐに向かう」
 モニターに手を伸ばしてスイッチを切る。
 帝国が進めてきた作戦は大規模な物だ。今回の戦いにすべてを賭けるつもりなのだろう。
 戦いとなれば、手を抜くことはできない。たとえ、邪神との戦いで轡を並べた者が相手としても。
 唯一、気がかりがあるとすれば……。
(小毬……)
 願わくば、この宇宙で邂逅しない事を――。


「作戦『ピースホライズン』。それはチューレを崑崙へ落とすの作戦だ」
 ウィルヘルミナのブリッジで、ゲフェングニスはそう告げた。
 クリムゾンウェストにおける王国と帝国の戦争において、宇宙戦の中心は崑崙にあった。リアルブルーの技術によって作られたこの基地は、現在王国の拠点となっている。この地でCAMを製造して王国内へ送る流通ルートを破壊しなければ、帝国側の完全処理はあり得ない。外交的なアプローチを行う為にも崑崙の制圧は必須であった。
 しかし、帝国は崑崙の攻略に手を焼いていた。
 王国側は帝国による宇宙からの本土攻撃を警戒。防衛戦力を高め、鉄壁の要塞として守り抜いてきた。そこで帝国は思わぬ作戦を選んだ。
「チューレって、あの巨大な岩の塊ですか?」
 チューレ岩塊。
 チューレ宙域と呼ばれる宇宙空間。そこに浮かぶ巨大な岩の塊である。邪神戦争後に突如現れたこの岩はまったく別の世界から転移されたという説を持つ謎の岩である。現在も研究が続けられているが、帝国はこのチューレを崑崙に落とす作戦を取る。
「そうだ。崑崙をこれで破壊する。帝国にとっては手に入れずとも、破壊できればそれで良い」
「ですが、質量を考えれば月の崩壊が考えられます。そうなればクリムゾンウェストに月の欠片が降り注ぎます」
 部下の懸念はもっともだ。
 巨大過ぎるチューレを月面に衝突させる事は、月そのものを破壊する恐れがある。軌道を考えれば月の破片がクリムゾンウェストへ降り注ぐ事も考えられる。そうなれば地表のダメージに加えて気候にも大きな影響が出る。被害を少し考えただけでも背筋が氷る。
「俺もそう思う。だが、既にチューレには大型魔導エンジンが装備されて運搬が始まっている。作戦が開始されている現状では、もう止められない」
 ゲフェングニスは、苦悩する。
 かつて邪神ファナティックブラッドの手から守り抜いたクリムゾンウェストを、自らの手で破壊しようとしている。
 あの時、命を賭けて戦ったのは何の為か。
 あの時、倒れていった者達に何と言えばいいのか。
 いくら守護者になったとしても、歪んだ政治力の前では無力に等しい。
(頼む、小毬。基地から離れてくれ)
 心の中で必死に願う。
 ――どうして、こうなったのか。
 自らの過去を振り返っても答えは無い。
 本心を顔に出さないよう注意を払いながら、部下に指示を出す。
「我が艦隊はチューレ落下まで敵の防衛戦力を叩く事だ。……俺も、マスティマで出る」

「エスメラルダ、出ます」
 小毬は、人造幻獣『エスメラルダ』と共に宇宙へ飛び立った。
 エスメラルダは、『Micro-Linkage System』――MLSを組み込まれた試作幻獣である。その姿は燃え盛る巨大な鳳凰だ。かつて当方で倒れたとされる大幻獣の卵を確保した王国は、様々な幻獣の要素を注入して誕生した。そのあまりに巨大過ぎるエスメラルダは制御面で大きな問題を抱えていた。それをMLSによって課題をクリアする事ができた。
「小毬、帝国は聞いたな?」
「はい。崑崙に大きな岩を落とそうというのですね」
 メリオダスの艦長が通信機越しに小毬へ声をかける。
 帝国が立案した作戦『ピースホライズン』は、帝国に送り込んだスパイのおかげで事前に察知する事ができた。
 だが、察知するにはあまりにも遅すぎた。既に帝国はチューレの移送を開始。所定位置まで運んでエンジンを点火すれば、真っ直ぐ崑崙に向けて突き進む。
「そうだ。あの岩を崑崙に落とされれば、月はタダでは済まない。下手すれば月の破片がクリムゾンウェスト各地に降り注ぐぞ」
 チューレの質量を考えれば、月が破壊される恐れがある。
 その破片が重力に引かれ、クリムゾンウェストの大地を破壊するかもしれない。そうなれば、クリムゾンウェストの気候も乱れて穀物の育成にも影響が出る。所謂、核の冬に似た状況が世界で引き起こされるかもしれない。
「みんなが守ろうとした世界を……自分の手で壊そうとするなんて」
「この戦争が、歯止めを抑えられなくなっているんだ。俺には分かる。みんな、戦争で狂っちまったんだ」
 吐き捨てるように艦長が言った。
 あの邪神戦争を経験しても、人は戦争を止められない。
 しかし、当の小毬は――。
「私は諦めません。最後まで抗って見せます」
 小毬は断言した。
 あの人が、愛する人が最後まで守ろうとしていた世界。
 たとえ、あの人がいなくなった世界であっても、小毬の手で守り抜く。
 そう、あの人が生きていれば――きっと、それを望んだはずだから。
「なんだ、あれは!?」
「王国側の兵器か?」
 崑崙宙域に進軍してきた帝国側の魔導型デュミナスが数体。
 エスメラルダを発見して、進路を確保に出る。アサルトライフルを放ちながら撃墜を狙っているようだ。
「お願いだから……前に出ないで下さい!」
 小毬は叫ぶ。
 同時に、エスメラルダの激しい羽ばたき。
 宇宙空間であっても強力な羽ばたきが衝撃破を生み出す。
 嵐の中にでもいるかのような衝撃が、デュミナス達を襲う。
 動けないデュミナス。そこへ猛スピードで接近したエスメラルダ。燃える羽根でデュミナスに体当たり。高温に包まれるデュミナスは、魔導エンジンより炎上。数秒後には宇宙空間に大きな爆発を生み出した。
「ありがとう、エスメラルダ」
「油断するな、小毬。新しい客だ。こっちも友軍を発進させる」
 艦長の言葉で前を向けば、帝国の艦隊が接近している。
 あの艦隊の先にチューレが迫っているはずだ。
 そして、そこにはきっとあのマスティマも――。
「承知しました。鬼塚 小毬、敵へ攻撃を開始します」


「なんだ、あの巨大な鳥の幻獣は?」
 ゲフェングニスはマスティマの操縦席から予想外の存在を目にした。
 見た事もない幻獣。あれが王国の新兵器か?
 だが、そうだとしても作戦を失敗させる訳にはいかない。
「済まない。もう少し頑張ってくれ」
 ゲフェングニスは愛機であるマスティマを労る。
 作戦が成功すれば、戦争は終わる。
 そうなれば、また平穏な日々へ戻れるのだ。
 あの小毬が待つ、幸せな日々が――。


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ファナティックブラッド
2020年04月24日

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