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『イルカと繋ぐ心』
高柳京四郎la0389)&佐々音 紗緒la0165

 佐々音 紗緒(la0165)はイルカのぬいぐるみのイーリュンをぎゅっと抱きしめ、目を閉じた。
 しかしそれでも不安は消えない。緊張で体が震える。

「不安かい?」

 高柳京四郎(la0389)の静かな声。紗緒はゆっくりと目を開けた。現実は何も変わっていない。
 ここはグロリアスベースの水族館「☆GLORIAQUARIUM☆」、そのイルカの水槽近くにある飼育員の部屋。いつも世話をしている仲良しのイルカ達と、これから歌や踊りを披露する。
 京四郎がお膳立てをしてくれたこのライブは、イルカ的アイドルを目指す紗緒にとってまさに夢の舞台。可愛い衣装を身にまとい準備は万端。
 それでも体が震えるのは、自分のパフォーマンスを観客に楽しんでもらえるか自信がないから。

「みゅー……はい、不安です。私の歌や踊りは新たな放浪者さん達にも通じるのでしょうか」

 そう、今回の観衆には、異世界から集団で転移してきたばかりのペンギン型放浪者達が含まれるのだ。
 現在、親睦を深めるために、彼らをグロリアスベースに招待して自由に観光をしてもらっている。紗緒とイルカのライブを鑑賞してもらうのもその一環だ。

「確かに、彼らペンギン型放浪者達はこことは違う文化で生まれ育ったのだろうから、地球の芸術がどの程度通じるかは不透明だね」

 そう言いながら、京四郎は紗緒の背中を優しく叩く。温かい手。ゆったりとした落ち着くリズム。
 紗緒の体のこわばりが少しずつ解けていく。

「それでも心は通じると想わないか?」

「心……」

 イーリュンを撫でながら紗緒は考える。心。

「彼らとは言葉も通じるし、精神構造も全く異なるわけじゃないようだ。それなら心を通わせることだって可能だろうし、そう考えられたからこそグロリアスベースに招かれたんじゃないかな。だから、紗緒ちゃんの心も通じるはずだと俺は想う」

「店主……! はい! 私やってみるのですよ! 心が届くよう、イルカさん達と一緒に精一杯歌って踊ります!」

「いい返事だ。俺は客席で見ているからね」

「ありがとうございますです」

 紗緒に笑顔が戻る。
 それを確認した京四郎は、リラックスできるようにと紅茶の入った水筒を差し入れ、飼育員室から去って行った。



 しばらく後、普段からイルカやアシカなどのショーが行われている屋内ステージには観客が集まってきていた。
 舞台の幕は下りており、その前にある大きな水槽の中にはまだイルカの姿もない。
 それでもグロリアスベースに暮らすライセンサーには楽しいことを好む者も多いため、今日の特別ステージの話を聞きつけて客席は満員だ。
 期待の籠められたざわめきが空間に満ちている。

「……人類でない者もいるようだペン」

 京四郎の呼びかけに応えてやって来たペンギン型放浪者の一人が言う。
 彼女の言う通り、楽しげにライブの開始を待っている客の中には人間の姿をしていない放浪者もちらほらと見えた。

「姿形では区別できない人間の放浪者もたくさんいる。このグロリアスベースにはね」

 ペンギン型放浪者達の隣の席に腰掛けた京四郎は、彼女の言葉にそう返した。

「お前達に協力している放浪者が自由に暮らせているらしいことは分かったペン。しかしそれだけでは我々がお前達を信じるに値するとまでは言えないペン」

「だからこそ、紗緒ちゃんの表現するものを見てもらいたい」

「何を見せようとしているのか知らないが、見るだけなら構わないペン」

 そう思ったからこそペンギン型放浪者達は招待に応じこの場にいるのだ。彼女らは緊張感を保ったまま、幕が上がり始めたのに気付きステージを注視する。
 楽しげな音楽が流れ始め、観客のざわめきが静まる。
 そして可愛い衣装をまとった紗緒が舞台袖から現れた。

「こんにちはー! ☆GLORIAQUARIUM☆へようこそなのですよ!」

 彼女はステージ中央へ歩きながら、イーリュンを片手に抱え、もう片方の手を観客に振っている。眩いばかりの笑顔は来訪の感謝と喜びを表現したものだ。
 同時に水槽へ2頭のイルカも入場。広い水槽の外周を1周し、観客全員に自分の姿をお披露目する。

「イルカの飼育員でイルカ的アイドルの佐々音紗緒です! この子達はトトとルル。そしてこの子はイーリュンです」

 紗緒が水槽の縁まで歩を進めると、2頭のイルカ、トトとルルが彼女の前に並ぶ。
 紗緒はホイッスルをピッと吹いて上手にできたねと褒め、腰に付けていたバケツから餌の魚を手に取り1つずつ与えた。

「今日は普段のイルカショーとは違う特別ステージです。グロリアスベースに暮らす皆さん、そして外からいらっしゃった皆さんも、私達の息の合った歌と踊りをどうぞ楽しんでいってください!」

 観客から拍手。京四郎も拍手を送ったが、ペンギン型放浪者達はただじっとステージを見ている。何が行われるのか見定めようとしている様子だ。

 流れていた曲が途切れ、別の曲のイントロが始まる。緩やかなテンポの元気な曲。
 紗緒は明るい笑顔を見せながらリズムに合わせてステップを踏み、踊り出す。
 トトとルルも水槽の深くに潜り、音楽にタイミングを合わせてジャンプを披露。紗緒の振り付けの一部がイルカへの合図となっているのだ。

「〜♪」

 来てくれた人達に笑顔を届けられるように。そう願いながら紗緒は歌う。
 イルカが大好き。来てくれた人達のことも好き。愛を籠めて紗緒は踊る。
 紗緒の歌・踊りとイルカ達のパフォーマンスはマッチしていて、お互いがお互いを引き立て合う。
 間奏ではトトとルルが紗緒の指揮に合わせて鳴き声を上げ、音色に微笑ましさを加えた。

 観客は徐々に盛り上がっていく。紗緒が彼らに手拍子を求めると、多くの人がリズムに合わせて手を鳴らし始めた。

「ありがとうございます」

 紗緒はお礼を伝え、さらにイルカ達と共に観客を魅了する。
 気付けばペンギン型放浪者達も軽く手拍子を送っていた。
 京四郎は同じくリズムに乗って手を叩きながら、紗緒のことも放浪者達のことも薄く微笑みを浮かべて見ている。

 1曲が終わり、次の曲、さらに次の曲へと。
 段々と曲調は緩やかなものから激しいものへと移っていき、会場の熱も連動して上がっていく。
 歌い踊り、さらにイルカ達のことも気にかけ続けている紗緒の体には疲れが溜まってきているだろう。それでも紗緒は満面の笑顔を崩さず、イルカとライブを続けた。大好きなイルカと共に人々の前でアイドル活動ができるのが楽しくて嬉しくて、疲れを感じている暇などないのだ。
 それでも紗緒の体力にもイルカ達の集中力にも限界がある。

「今日は最後まで私達のライブを楽しんでくださり、本当にありがとうございました! また私達に会いに来てくださいね!」

 最後の曲が終わり、万雷の拍手を浴びながら幕は下ろされた。

 ペンギン型放浪者達も静かに拍手をした。
 特別ステージが終了したので客席を立ち外へ向かい出した人々も多いが、彼女らは混雑に巻きこまれるのを避けるためまだ着席を続けている。

「どうだったかな、紗緒ちゃん達のライブは」

「……熱量を感じたペン」

 京四郎の問いかけに放浪者の一人が答える。

「紗緒ちゃんがあなた方に伝えようとしたものは届いただろうか?」

「ふむ……。少なくとも悪意や敵意は感じなかったペン。見る者聞く者を楽しませようとする意気ごみは伝わったペン」

「ならよかった。紗緒ちゃんはあなた方のことも楽しませたいと言っていたから」

「そうかペン」

 冷静な口調で言った彼女は、同胞達と顔を見合わせて頷きあう。

「地球人類を全て信じるには至らないが、中にはあの娘のような者もいるということなら分かったペン。好意を示してくれる人間に対し、我々ももう少し歩み寄ることにやぶさかではないペン」

「ありがとう」

 京四郎が放浪者の一人に手を伸ばす。彼女は人間の慣習に合わせて握手をしてくれた。
 京四郎は心の中で紗緒にも感謝を捧げる。彼女の真摯な気持ちが放浪者達の心を動かしたのだ。
 この調子でお互いに心を示していけば、きっと良好な関係が築けるだろう。京四郎は微笑みながらそう思った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 この度はおまかせノベルのご発注、誠にありがとうございました。
 現在進行中の大規模作戦【FI】の内容を絡めた、イルカとアイドル活動をなさる紗緒さんとそれを優しく支援し見守る京四郎さんの物語を紡いでみました。
 少しでも心に響くノベルとなっておりましたら幸いです。
おまかせノベル -
錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月27日

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