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『縺れた糸を解く、その前に』
吉良川 鳴la0075)&吉良川 奏la0244

 そわそわソファーの前を行ったり来たりして、繰り返し時刻を確認する。母は勿論のこと、翻訳家の父もまだ仕事中、少し年齢の離れた兄は学校にいる筈だ。その点自身――水無瀬 奏(la0244)は五限で授業が終わるなり、教科書と文房具を掻き集めて猛然とした勢いで急ぎ帰宅した。普段なら放課後に友達と話したり、一緒に遊んだりとゆっくりした後で帰るのだが、毎週この日は特別だ。
「そんなに必死にならなくても、テレビは逃げたりしない、って」
「うーみゅ……だって見逃したくないんだもん」
「それなら、もう点けとけば良いんじゃない?」
 呆れを隠さない声に、奏はハッとして彼――吉良川 鳴(la0075)の顔を見返す。鏡がないので自分がどんな顔をしているかは分からないが、鳴はまるで気圧されたように軽く仰け反った。
「名案だよ、鳴くん!」
 喜び勇んでテレビ台の下に収納されたリモコンを取り出し、電源を点けた後ソファーに腰を下ろす。子供の体重でも、勢いをつければ空気が抜けるぽすんという音と共にクッションが沈む。奏は意に介さず、急いで目的のチャンネルに合わせた。呆れた様子で見守っていた鳴が溜め息をつきつつも隣に座ろうとした為、横にずれてスペースを確保する。奏より年上で兄と同い年の彼は年齢以上に落ち着き払った――いや達観した面があり、自分の前ではどちらかといえばそういう態度を見せる場合が多かった。年齢差と性別の影響が強いのかもしれない。兄や両親の前では結構子供っぽいから。とはいえ名字が違うことからも分かる通り、水無瀬家と鳴に血縁関係はない。彼の親が健在だった頃に交流があった縁で施設から引き取り、同居しているのだ。
「奏は、何か微妙なとこは抜けてるよなぁ……」
「ねえ、何か言った?」
「いや、別に? それよりもほら、始まる、よ」
 言葉だけでなく視線でも促され、奏は正面に向き直る。丁度コマーシャルが明け、目当ての番組がスタートした。画面内に現れたのは自分とよく似た容貌の女性――姉妹と紹介されて納得する程印象を同じくする彼女は奏の母だ。たった一度の為に作られた衣装はスパンコールがあしらわれ、きらきら輝いている。その華やかな衣装に母は全く見劣りしなかった。
 アイドルといっても様々なタイプがある。たとえば活動は個人かグループか、どういうイメージで売り出しているのかに、役者やタレントとしての側面があるか。画面の母はドラマに出演している。しかし女優的には特別光るものはなかった。それならば何故こんなに楽しみにして、夢中になっているか――それは母の役柄がアイドルだからだった。舞台裏を描いたシーンには特筆すべき点はない。だが作中でステージにあがった瞬間空気は一変する。その透き通る歌声が、心からの笑顔が、視聴者を惹きつけてやまない。練習のシーンで覚えた振り付けで踊り出したくなる程だ。足でリズムをとりながら身体を揺らす。歌は我慢しきれずに、小さく口ずさんだ。
「いつ見ても思うけど、今と全然、変わらない、よなぁ」
 鳴が零したのは独り言だろうか。画面から意識を外して彼の顔を見るも、横からでは頬にかかる髪が邪魔をしてその翡翠色の瞳は見えない。ただまっすぐ若かりし頃の母を見ていることは伝わった。夕方頃に再放送しているドラマは奏も鳴も小さい頃のものだ。奏は物心もついていない程昔。当時でもアイドルとしては高めの年齢に差し掛かりながら全く違和感なく、今でもそれは変わらない。永遠のアイドル、永遠の十七歳といわれるのも納得だ。
 奏は視線を戻し食い入るように母を見つめる。それこそ物心ついた頃からの憧れの存在だ。ナイトメアから人々を守る力があるライセンサーも格好良い。だがアイドルにも心を元気にする力がある。だから、母のようなアイドルになるのが目標だ。
「――綺麗、だ」
「凄く綺麗だね」
 そんな短い言葉を交わして、その後も二人はドラマが終わるまでじっと見ていた。奏の自慢のママ。圧倒的な実力を目の当たりにして、頑張らなきゃとますます気合いが入る。母や母と親しいアイドル仲間、デビューしたばかりの新人から刺激を受け、遠い背中を追いかけていこう。
「よーしっ、頑張るよ!」
 ニュース番組が始まると電源をオフにし、奏はすっくと立ち上がる。それから座ったままの鳴に向き直り言った。
「鳴くんも応援してね?」
「んー? まあ気が向いたら、ね」
 曖昧にはぐらかす言い方をしていても奏は知っている。母が勉強用に個人的に所有しているパソコンとソフトを使い、独学でミキシングの勉強をしていることを。まだ下手だから聴かせたくないと言いながらも、納得がいく出来の物が完成した後、奏の歌を素材に作ってみてもいい、とも言っていた。適当な約束をする人ではないから楽しみにしている。
「はわ、そろそろご飯作らなきゃ」
「じゃあ宜しく……と言いたいとこだけど、俺も手伝う、よ。居候だしね」
「鳴くんだって家族だよ」
「んむ」
 頷いているんだかいないんだか分からないけれどほら、当然のように側に居てくれる。二人で何が作れるだろうかと考えを巡らせる奏は終わりが近付いていることなど微塵も疑っていなかった。小学生から中学生へ、大きな一歩を踏み出す少し前のことだ。

 ◆◇◆

 高校卒業を機に水無瀬家を出るとこの家に来たときから鳴は決めていた。四人家族はいい人で仲良しで、兄妹の両親はずっと家にいていいとまで言っていた。鳴が小さい頃に交流があった、ただその一点だけで優しくしてくれる。それは有難いことと感謝しているが同時に独り立ちを決意させた。居候して申し訳ないという気持ちは実はそれ程なかった。ただ仲が良い家庭だからこそ、自分自身を異物のように感じたし、世話になった分のお返しをしなければとの思いにも駆られるのだった。その点、一人暮らしであれば背負うのは自分一人の生活、責任が軽いだけに気ままに生活出来る。児童養護施設に馴染めず、転々とした過去がある鳴にはその生き方が性に合うのだ。
 しかし、高卒の子供が大人の後ろ盾なしに自立するというのは鳴が思っていた程、簡単なことではなかった。家を探すには給料や勤め先の住所を踏まえる必要があり、今日日バッティングセンターは流行らないので管理人でもたかだか知れている。絶対に失敗は出来ないと、そうこうしている内にずるずる時は流れて、気付けば花見の季節、鳴は一生懸命弁当を作った奏を本気で怒らせた。後で振り返れば我ながら幼稚だと思う。だが怒りを引き摺って無視をされても「俺が悪かったよ」と頭を下げられる程、鳴は殊勝ではなくて、奏の両親と兄が困っていることを知りながら喧嘩はゴールデンウィーク直前まで縺れ込んだ。
「……言わなくたっていいよな?」
 備え付け以外の家具はせめてもの餞別にと買ってもらったので、手続きをする必要はない。ここに落ち着くまでの経緯から私物はあまり持たないようにしていた為一回で持ち出せる量しかなかった。鞄を手にし、がらんどうの部屋を振り返る。奏を怒らせ、リベンジ宣言されて、その約束の日を控えた頃のことだ。急遽迎えた引越しにちりちりと罪悪感が燻った。
(別にこれが今生の別れになるわけでもないし、ね)
 距離を置いて時間が経てば、素直に謝る気にもなるだろう。他人事のように思い鳴は階段を下りる。
「――もう行っちゃうのね?」
 思わぬタイミングで声を掛けられてびっくりした。残り二段と中途半端なところで固まった鳴の横、リビングから顔を覗かせたのは永遠のアイドル――奏の母親その人だった。ここに世話になると決定したときに大人二人にも家を出るとは話していたのに、いざそのときが訪れると心の底から残念に思ってくれる。罪悪感にちくりと胸が痛む反面で、鳴の心には得も言われぬ高揚感が湧きあがった。言い訳じみているかもしれないが、奏との喧嘩の原因も元はといえば彼女への淡い恋心に端を発するのだ。本人は勿論、他の誰にも明かすつもりはないが。後は何故だか奏に意地悪をしたくなったというのもある。
「はい。今まで本当にお世話になりました」
 普段使わない敬語を口にしたのは絶対に撤回はしないこと、それと少なくとも生活が安定するまでは連絡もしないという意思を示したかったからだ。階段を降りきって頭を下げる。そうすればどんな顔をしているかが見えなくていい。彼女には子供じみた意地悪な言葉を投げたくはなかった。
「せめてあの子にも伝えて……ううん。黙って行くって決めたのなら、口出しする権利はないわよね」
 流石に二人きりのとき以外は会話していたが、そのぎこちなさに彼女ら家族が気付かない筈がない。心配し、奏のリベンジの結果がどうであれ、元通りになると期待もしていただろう。しかし言い方は悪いが奏との関係修復の為に遅らせることは出来なかった。適当に言い繕うこともせずに、外していた視線を戻せば、彼女はつらそうに笑っていた。女優ではなく天性のアイドルだから演技はあまり上手くない。彼女の夫である水無瀬家の大黒柱に改めて言付けをお願いし、また頭を下げる。そして靴を履き、玄関扉を通った。後は振り返らずに行こう。

 ◆◇◆

「え……何で? 嘘だよね?」
 放心して小さくなる声も二人きりの部屋にはよく響く。母はごめんねと、まるで自分が追い出したように言った。
「ずっと前から決めていたことなのよ」
「でもそれなら、今じゃなくても……」
 奏は手に提げたままの学生鞄を強く掴む。中にはいけないことと知りつつも寄り道して買ってきた料理本が入れてあった。鳴に隠れて猛特訓もしていたのに。叩きつけた挑戦状の日は目の前だ。鳴だって少し面倒臭そうな顔をしたものの拒否せず、絶対に次は美味しいと言わせると燃えあがっていた。だから、「うん分かったよ」と納得は出来なかった。悲しみが胸に去来し、そしてすぐに怒りへと転じる。
(何で、何でっ! 鳴くんのバカバカ!! ……だいきらい)
 大好きな家族と他ならぬ鳴の為に一生懸命作って、見た目が悪いと食べてくれなくて。現役アイドルとして活動する傍ら、家にいるときは家事もこなす母と比べれば全部が劣るのかもしれない。一口でいい、不味いと言っていい。それはそれでムッとはするけれど、素直に上達しようと思えただろう。あれ以降鳴の言葉が引っ掛かって、今まで出来ていた筈の料理も出来なくなったのに――ずるい。悔しい。許せない。母の気遣う声に首を振った。
「もう、いいよ。ごめんねママ、ご飯は後で食べるね!」
 どうにか気持ちを切り替えて、笑みを作ると奏は半ば逃げるようにリビングを出て自室に戻った。アイドルはどんなに辛くても苦しくても笑顔で観客を元気付けるヒーローだ。ナイトメアと戦うライセンサーと同じくらいに格好良い。自分も目指すなら見習わないとと気合を入れた。しかし鞄を置けば手が固くて痛む。いつの間にか力が入り過ぎていたらしい。私服に着替えて息をつくと、ベッドに沈み込む。
(……少しも気付けなかったな)
 前からがいつ頃を指すか分からないが、早い段階からそうだったら、態度が変わらないのは当たり前だっただろうか。大人は気持ちを隠すのが上手だ。鳴も大人みたいにそうした。年齢というものを見せつけられた気がする。思い当たることがあるとすれば、同じ高校に通っているのに、兄は遅く鳴だけが早く帰ってくる日が多かったこと。部活は面倒臭いと言った彼はきっと友達を作りたくなかった。――遠くに行くと決めていたから。
「私のことなんてどうでもよかったのかなぁ」
 母のことが好きなのだ。それはあのときに限らず彼の言動の端々に滲み出ていた。奏は家族みんなのことが好きだが、取り分け母は目標で自慢なのに、それなのにどうしてだろう、鳴が母を見る際の眼差しを思い出すと胸が痛くなるのだ。
 どうにか気持ちを持ち直して起きあがると、ご飯やお風呂に入る前にと、鳴の部屋に立ち寄った。まるで初めから存在していなかったかのような空っぽの空間。リベンジもミキシングした曲を聴かせてくれることもなかった。もう二度と会えないとは思わないけれど、当分は難しいのだろう。怒りが再燃しそうになったので奏は扉を閉めて母の元に向かう。
 数年後再会し、暫しの間この一件を呼び名という形で引き摺ることになると、奏も鳴も思いも寄らない別れの一日だった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
お二人とも精力的に活動されているイメージなので、
下手に趣味や好きなものから話を考えようとすると
被りそうな予感がしたので前に書かせていただいた
和解ノベルの補足的な内容にしてみました。
奏ちゃんのお母さんの喋り方等が完全に捏造なのと、
鳴くんが水無瀬家を離れた時期が受注の時の年齢に
現在は一歳プラスされている前提になっていますが、
そもそも別れは四年くらい前というお話だったので
盛大に間違っていたら申し訳ないです。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月27日

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