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『また桜と出会う』
ファラーシャla3300

 時間を確認すると、午後二時過ぎ。
 ファラーシャ(la3300)をはじめとするライセンサーはどこか疲れた様子で依頼人夫婦の前に立つ。
「ありがとうございました」
「とても助かったよ」
 嬉しそうに告げる依頼人夫婦。
 ファラーシャ達が受けた依頼は住宅街のとあるお宅の裏庭の『草刈り』だ。
 急ぎだったのと、依頼人と受付嬢の不手際なのか、庭の規模は書かれてなかった。
 集合時間は朝九時。昼食付き。
 ちょっとした庭いじり、家庭でも出来るちょっとした畑なのだろうと思って現地に行ったらそこは坂の上にあるちょっとした荒れた森。
 ちょっとという言葉で繋ぐ単語ではない。
 観光地から住宅地に入ると坂が多いという。
 なんでも地主さんらしく、家の裏には木々が生えている。去年の冬までに出来なかった整備をしてほしいという話だったようだ。
 いつも頼んでいる業社は忙しいそうで、今回ライセンサーにお鉢が回って来たらしい。
 呼ばれたライセンサーは四人。
 土地を開墾するが如くに依頼人夫婦と共に間伐作業とも例えたって言いような作業を行い、なんとか大まかな整備が終わった。
 本部より報告は明日で結構ですと言われたので、ライセンサーはそれぞれ帰宅の途についていく。
 ファラーシャ当人は疲れたのは確かだが、道を覚えようかな……と散歩に気分が向いた。
「あの、この辺りに何か名所はありますか?」
 依頼人夫婦に尋ねてみると、夫婦は「うーん」と唸る。
 歩いて三十分ほどの隣町は桜の名所で、川の両岸に桜の花を植えており、桜が咲く時期は三キロほどの桜の川となり、散り際では花筏が見ることが出来るらしい。
 今はもう散ってしまって葉桜になったという。
「新緑の季節なので緑も綺麗だと思います。散歩して帰ります。教えて下さってありがとうございます」
 頭を下げるファラーシャに依頼人夫婦は目を細める。
「着けば平地なんだが、途中まで坂が多い。気を付けるんだよ」
「今日はありがとうね」
 挨拶をしてファラーシャは即席で書いてもらった地図を持って歩き始めた。
 出身地も坂はあったが、この地域も随分と坂が多い。勾配の角度が全く違う。急勾配と言ってもいいくらいだった。
 少しずつ坂の上に近づき、下り坂に入ったと思ってファラーシャは周囲を見回す。
「わぁ……」
 今日は快晴であり、坂の上から見る景色は住宅街の向こうに山……今いるような坂かもしれないが、かすかに見えるほどだ。
 どこの世界でも坂の上から見る景色は普段の視界とは違うものだと思う。
 坂を下り、曲り道を抜けると、菓子屋が見えた。
 信号で一度止まり、周囲を確認する。右に曲がると大きな通りに出るようで、そこからは公共交通機関なども多くあるから戻りやすいと依頼人夫婦から口頭で教えて貰ったことを思い返す。
 そのまま大きな通りに出てみようと思ってファラーシャが歩いていると、古めかしい民家を通りすがった。
 妙に気が惹かれ、足を止めたファラーシャは肩越しに振り向いてその民家を見つめる。
 木造二階建ての建物で、二階を見上げれば、乾燥植物が輪状に編まれて透かし編みの布で可愛らしく結ばれて窓辺につるされていた。
 入り口には酒樽の上に家を模した郵便受け箱があり、その横には店名だろう文字が書かれた看板が添えられている。
 読もうとすると、引き戸から客が出てきた。
「失礼」
「すみません」
 スーツを着た壮年の紳士がファラーシャに声をかけ、彼女も退店の邪魔をしてしまったのかと謝った。
「いえいえ、お客さんかな? この店はよい店ですよ。今は桜のパフェがあるので、どうぞ良いひと時を」
「はい……」
 ただの通りすがりだったのだが、客と間違えられた模様。
「え、お客さん?」
 ひょっこり出てきたのは前掛け姿の青年だ。ファラーシャと目が合うと、彼は彼女が通行人だと察する。
「勝手に決めつけないでくださいよ」
 じとりと客を窘める店員だろう青年に壮年は「お嬢さん、失礼をした。気を悪くしたら申しわけない」と告げる。
「いえ、入ろうと思ったので大丈夫です」
 するり、と言葉が出てしまったファラーシャは平静を装っているが、目が点になっているので隠せてない。
「そうでしたか。どうぞ、こちらへ」
 入り口の方へ手を差し伸べる店員に案内されるままに中に入る。
 外観も古めかしいが、中も古い。郷愁に満ちた……というか、自分がいた世界に似ているわけではないが、妙に落ち着く。
 全く埃っぽくないので、綺麗に掃除されているのがわかる。
 所々の隅に可愛らしい小物や人形を置いており、奥には商品を陳列しているようであった。
 耳飾りや首飾り、小さな数珠玉が細やかに編まれた腕輪、布の花弁で重ねられた大輪の椿を模した髪飾り。
 先ほどの紳士は食べ物の話をしていたのではないか、不思議に思うファラーシャに店員が「お好きな席にどうぞ」と声をかける。
 差し出されたメニューにどうしようかと思っていたファラーシャだが、紳士が言っていた言葉を思い出す。
「桜の……ぱふぇを」
 まだ横文字は慣れてないが、一応言えなくもない。
 パフェ……この世界でいうところのテレビ受信機や写真を沢山載せてある書物で知った。
 筒状の器に何層にも重ねられた菓子の盛り合わせ。
 その可愛らしさに目を引いた記憶を蘇らせる。
 この世界にも桜があり、少し前はどこで桜が咲いているのか、それに合わせた小物の情報が飛び交っていたのもファラーシャは知っていた。
 濁流のように情報と横文字が飛び交い、時に気疲れを起こすこともあるこの世界だが、桜の凛として艶やかな姿は安心したのもついこの間だ。
「かしこまりました。奥の品物で買いたいものがありましたら、お声掛けください」
 お冷とお手拭きを席に置いて青年は厨房に向かっていった。
 遠慮なくファラーシャは立ち上がって奥の陳列棚へと向かう。
 綺麗に展示された商品は春の桜を意識したものだろうか。
 布と板を使って川と桜を模している。
 桜部分には桜や花の趣向を凝らしたデザインの耳飾りや胸飾りが掛けられている。川と線引きされた水色の布の上には舟の模型があり、小さいぬいぐるみ二体が向かい合わせで座っており、周囲に髪飾りが盛られている。
 橋の模型には首飾りが掛けられていた。
 小さな花の飾り達は春を引き立てている。
「お待たせしました」
 後ろから声をかけられると、ファラーシャは踵を返して席へ戻った。
 自分の席には散ったはずの桜が咲いていた。
 頂にある桜を模ったチョコレートと小ぶりの苺が一番に目を引いた。その下には一口で食べられる桜餅がちらりと見えた。
 横から見ると、薄い桜色のアイスクリームに焙じ茶色の焼き菓子や苺色で細かく崩した葛菓子、抹茶を練り込んだ薄焼き菓子、チョコレートアイスが確認でき、最下層は抹茶のアイスクリームだ。
 沢山の種類の菓子が色鮮やかに一つの器に込められている。
「完璧……」
 ぽそりと呟いてしまったファラーシャ。
「パフェの語源はフランスの完璧という言葉からと聞きます。完璧なデザートという意味です。お客様にとって完璧と言って頂けて嬉しいです」
 店員がそう告げると、厨房へと戻っていった。
 ファラーシャは魔術師を見るような目で店員を見送ると、完璧なる桜の菓子と相まみえる為に柄が長い匙を取った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご発注ありがとうございました。
こちらのお菓子はお好みでしたでしょうか?
戦闘依頼とは違った依頼の後ですが、疲れた後の甘味がお気に召されますように。
おまかせノベル -
鷹羽柊架 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月27日

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