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『術比べ』
水嶋・琴美8036

 特務統合機動課は自衛隊内に設立された一部隊である。
 とはいえ、陸海空のいずれにも属さず、どの“科”に内包されることもなく単独で成り立つ“課”。それは彼らの任務が非合法であることに起因しているが、もうひとつ……彼らの“敵”が法規の外に在るからでもあった。
“敵”とはすなわち、人外。
 異世界からの侵略者、人であることを棄てた超常存在、さらにはなんらかの作用で人を害するに足るだけの力と形とを得た超常現象――都市伝説。
 そして今、大きな不穏をはらんだ都市伝説が生まれ出で、特殊統合機動課は対処のため彼女を向かわせたのだ。手練れぞろいの課員の内で「唯一無二」と謳われる水嶋・琴美を(8036)。
 彼女を出すということは、上層部が件の都市伝説をそれだけの脅威であると断じたからであり、彼女が出るということは、彼女がその任に自らを投じる価値を認めたからに他ならない。
 かくて琴美は終戦なき合戦場の中、己と相手を比べ合う。


 矢雨降る合戦場の最前線では、竹束――まさしく竹を束ねて拵えた据え置き型の盾――の裏に身を潜めた一方と、攻め寄せるもう一方とがぶつかり合っていた。
 攻め手の魚鱗陣を鶴翼陣で迎え討つ受け手。激しく削り合いながらも互いに勢いを衰えさせないのは、単純に死人である兵らが「致命傷を受けた」ことを納得できていないからだ。
 琴美は両軍の槍が作った屋根の下へ滑り込み、竹束を蹴って攻め手側へと軌道を変えた。
 降り落ちてくる脇差や槍の石突を滑りくぐって投げ打ったのは、柄頭にワイヤーを結わえた苦無である。苦無は琴美の手に繰られて地を跳ね回り、攻め手の足軽どもの脚へ巻きついて、一気に絞り斬った。
 生者ならぬがゆえにもろい肉を刈られ、ごそりと崩れ落ちた足軽どもに、すとん。次々と棒手裏剣が突き立って、巻きつけられていた炸薬へ起爆が命じられる。
「死人に口なしとは言いますが、耳目はおありですか? お持ちでしたら、ご自身が死にゆく様を存分にお楽しみください」
 琴美が慈愛も容赦もない冷めた声音で語る中、足軽の肉を伝って拡がりゆく炎が攻め手の陣を崩しゆく。
 しかし守り手が打って出ることはなかったし、琴美もその理由は見抜いていた。故に彼女は炎をワイヤーへ伝わせ、竹束へと移したのだ。
 燃え落ちる竹束の裏でおののき、騒ぎ立てる守り手をよそに、琴美は低く身を沈み込ませた。
 果たしてその上を飛び行く鉛玉。
 戦国において竹束が登場した理由は、材料の安価さばかりの理由ではない。日本へ、そして戦場にまで伝来し、戦の有り様を大きく変えた火縄銃への対抗策であった。
 琴美は攻め手側に火縄銃があることを察し、足軽を刈ると共に竹束を燃やして射線を通してやったわけだ。
 忍の戦いとは、武をもって為すものにあらず。そしてそれは、超常の域にある戦闘能力を備えた琴美であればこそしかけることのできる、大胆苛烈な術策。

「ふっ」
 短く息を吹き、琴美が右へ跳び、左へ跳び、斜め前へ転がって、攻め手の鉄砲隊へ駆け込んでいく。
 彼女はこちらへ向けられた数十の銃口、そのすべてを見て取り、その射線から自らの体を外していた。
 そうなれば銃手は撃ち込むことができぬうちに、あるいは下手に撃ち込んで再装填の隙も与えてもらえず、懐まで跳び込んできた琴美の一閃を喰らうよりない。もちろん脇差を抜いて応じようとした者もあったのだが。
 斬りつけた刃から琴美の上体が回りながら遠のき。その回転に乗せて打たれた横蹴りは、兵の頭を横に一回転させ、息の根を止めた。死んだことを納得させるためのオーバーキルである。

 最後の兵の首をワイヤーで絞り斬り、鉄砲隊を壊滅させた琴美は、守り手の陣へ視線を向けた。
 銃が仕末されれば当然、銃を持たない代わりに温存してきた戦力を投入してくるでしょうね。
 彼女の思考に正解を告げるかのごとく、守り手側から飛びだしてきたのは騎馬隊だが――ちなみにこの鉄砲隊と騎馬隊、これまでの繰り返しの内には登場しなかった兵種である。
 私という異分子のせいなのか、ただの必然なのかは知れませんが、この戦場は確実に進化している。止めさせていただきますよ、ここで。
 それはこれまで合戦の流れを読み、先を取ってきた琴美の矜持であるが、言い換えるなら自分なればこそ止められるのだとの自賛。
 それを自覚せぬまま、琴美は薄笑みをもってここへ至るまでに敷いてきた術の“端”を引き絞る。
 先陣を切った騎馬の脚へワイヤーをかけて転ばせ。
 その衝撃は同じワイヤーで繋がれた、未だ発射されていなかった火縄銃の引き金を引き。
 ワイヤーで固定された銃は、至近距離にまで呼び込んだ騎兵を穿ち。
 闇雲に駆け抜けるよりなくなった騎兵の首へ炸薬つきの棒手裏剣が突き込まれて爆ぜ。
 わずか数分の内、守り手側の騎兵隊もが全滅した。
 と、書き出してみれば単純な術策だ。
 しかし、先陣の騎兵にこちらの思惑通りの軌道を進ませるために“景色”を整え、続く兵を討つためその内にしかけを施した。陣容を駆使して敵を惑わす術は、それこそ古代中国より伝わっているが、この短時間でここまでの幻惑陣を張ってみせた琴美は、時が時ならば軍師としても名を馳せたのかもしれない。
 そうしている間に、攻め手側の後方にいた本陣がこちらへ向かってきた。あちらでは守り手の軍も蠢いてはいたが、こちらへ攻め寄せてくるまでの圧は感じられない。まあ、それはそうだろう。守りきれば勝ちなのだから。……たとえ時が巻き戻るのだとしてもだ。
 繰り言ですけれど、ここで止めさせていただきます。
 思いを胸に琴美は凜と声を張り、攻め手側の軍へ告げた。
「名乗りを上げるつもりはありませんが、これだけはお報せしておきましょう。私はあなたがたの大将首を獲ります。阻む意気のある方はどうぞ前へ」
 果たして。

 元は偉丈夫であったのだろう鬼面の武者と対し、琴美は息を絞る。
 強い念が、あるべき形すら変えつつあるようですね。急ぎましょう。
 勝利への歪んだ執念が、兵らを人ならざるものへと変えつつある。理(ことわり)そのものが崩れ落ちぬうち、為すべきを成そう。
 人ならぬ筋肉を膨れ上がらせた腕をもって、武者は大太刀を振り下ろしてきた。
 刃の太さと長さは、「打たれれば一撃で死ぬ」という説得力を生むためのもの。そしてそれを信じた武者に打たれれば、琴美は実際に死ぬこととなるだろう。
 だからこそ。
「刃風すらも届かせはしません」
 右手で逆手に握り込んだ苦無、その円環状の柄頭へ包み込むように左手を添えたまま、琴美は足を繰って踏み込んだ。
 地を叩いた大太刀を置き去り、重心を据えたまま歩を踏み止め、武者の具足の胸元へ苦無を突き込んで。
 強く踏みつけた足から、“通し”を為した。
 捻り込まれた震動が武者のかき回し、内に詰まったなにかを引きちぎる。
 膝をついた武者の錣をかき分け、首を掻き斬った琴美は詰めていた息を吹き抜いて。
「参ります」
 目ざすは大将首ひとつ。
 しかし、兵よりも遙かに強い念で縛られた大将が人の形を保っているとは思えない。おとなしく刈られてくれはしないはずだ。
 暗い予感を眼前に吸えられながら、琴美は艶然と笑む。
 そこへ行き着けば、私を凌駕するなにかを見せていただけるでしょうか。完膚なきまでに打ちのめして、死を乞わせるだけのものを――


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月28日

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