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『技比べ』
水嶋・琴美8036

 水嶋・琴美(8036)が特務統合機動課からの出動要請に対し、なにを問うこともなく引き受けた理由はごくシンプルなものだった。
 第一の理由は、自らを投じる価値を認めたから。
 そして第二は、件の都市伝説が矛盾していたから。
 都市伝説は自らを保つための餌――獲物を必要とする。いずれ姿を変えるのだとしても、自身の内にて完結している現状はおかしい。
 もしくは、それだけのエネルギーを蓄えているかですね。
 満腹であれば餌を求める必要はない。しかし言い換えれば、内にそれだけの力を蓄えているということでもある。
 だからこそ、琴美はうなずいたのだ。
 死地こそが彼女の求める舞台なればこそ。


 突き込まれた穂先を下から押し上げた右手の苦無で受け、そのまま一歩踏み込めば、武者の空いた脇へ切っ先が届く。
 琴美は腰裏に寝かせる形で縛りつけている小太刀を左手で抜き、そのまま武者の脇から心臓までを貫いた。
 そのまま編み上げブーツの脛で骸を押し剥がして地へ転がり、突き出されてきた多数の穂先を避ける。一転する間に小太刀を横薙いで兵の脚を刈り、さらに苦無を握る指の狭間より粉末を風へ流して、点火。
 粉末火薬の炸裂で兵が弾け飛ぶが、このとき琴美は後ろへ転じ、ブーツの裏で爆風を受けている。爆風を足場にして転がり起きた彼女は前へ跳び、先を塞ぐ矢立――矢を防ぐことや、兵の浸透を押し止めることに使う木板の大盾――の隙間を通して裏の武者を棒手裏剣で貫いた。
 ……的を絞らせぬよう立体機動を演じる琴美だが、俯瞰して見ればその機動範囲の狭さに気づくだろう。
 広く動くほど、敵の狙いは定まらなくなる。しかしあえて狭い範囲に動きを留めることでどうなるか? 答は明快、敵をひとつところへ集め、密集させることとなる。
 これは乱戦を呼ぶことで槍のような長物の殺到を封じることが目的であり、先と同様に、一気に仕末をつけるためでもある。
 果たして。火薬を用いて敵陣に大穴を開けた琴美は、さらに陣奥を目ざす。

 ごぎじづげぎ……異音響く最奥部よりいくらかの手前。三人の武者が、琴美の前を塞いで立った。
 見れば、その当世具足は皮膚のごとくに武者の体を包んでおり、さらには胴の背から後方へ、管のようなものが伸びていた。
 半ば吸収されて、繰られているのでしょうか? だとすれば、誰にと訊ねるまでもありませんね。
 繰り手は知れている。この攻め手の軍の大将だ。
 完全に吸収しなかった理由は、琴美を攻め立てる手を減らさぬためだろうが、それにしてもこの三人、大将から相当に信頼されていたようだ。
 太刃の小太刀を腰裏へ納め、左右それぞれの手に苦無を握り込んだ琴美は、槍、薙刀、金砕棒を構えた三人と対し、引き結んでいた唇をわずかに緩めた。

 ぃぃぃぃぃ――漏れ出した息が一条の「ぃ」を為し、戦場に吹き流れる。
 それを声なき雄叫びで吹き散らし、踏み込んだのは槍使いだった。
 中段構えから淀みなく突き出される連続突きを、琴美は息を吐きながら苦無で弾き、詰まった間合を前蹴りで押し開けた。
 と、振り込まれくる薙刀。巴型と呼ばれる身幅が広く、強く反った刃は、太刀同様に突くよりも斬ることを考えてのものだ。しかし、長い柄を保つ薙刀は、太刀では容易に届かぬ敵の脛を、立ち構えのまま斬ることができる。
 と。蹴り足ならぬの軸足を払ったはずの刃が、高く跳ね上がっていた。前蹴りを打ったと同時に蹴り足を振り戻し、それまでは軸足であった足の爪先で新たな蹴りを打った琴美の技によってだ。
 手と刃との距離が遠いことは、それだけ多くの力を乗せられると同時に相手からの干渉を受けやすくもなる。言い換えれば、琴美の蹴りを凌ぐだけの力がなければこそ負けた。
 しかし、だからこその三の攻めである。金砕棒は戦国の世でも過去の流行に過ぎない得物だったが、膂力に優れた者が「打ち合い」に使えば、それは無双の得物となる。
 金砕棒の重量が武者の膂力で振り出され、遠心力を吸い込んで加速する。
 まだ琴美の足は地へ届いていない。狙い通りに膝を打ち据えられ、砕かれれば、ただ地へ落ちて囲まれ、潰されて刻まれるばかりであろう。
 さらには琴美の逃げ場を塞いで槍の突きが繰り出されており、薙刀の武者もまた構えなおしきれてはいないがその体をもって槍の動きを支えていた。
 三方塞がりですけれど、八方を塞ぐには五方足りていませんでしたね。
 唐突に、琴美の体が後方へずれた。タネと言うほどのしかけはない。地へ打ち込んだ苦無に結んでいたワイヤーを引いただけのことだ。
 三人は琴美の前を塞ぎ、網を打つように彼女を押し包みに来た。しかし、その連動がカバーしていた角度は、得物の長さを踏まえても270度。真後ろを塞ぐことはできていない。
 そして。
 長柄を構えていればこそ、後ろに下がられれば好機と見る。相手の反撃よりも自身の追撃のほうが迅く届くのだから。
 それこそが琴美の技であり、誘いであった。
 三者が連動し、遠ざかりゆく一匹の獲物を追うことが引き起こす、得物の集中。
 もちろん、穂先も切っ先も打面も、すべては互いを邪魔せぬよう異なる角度より突き込まれ、振り込まれてはいたが――身を縮め、的を小さくしていた琴美がほんのわずかに後退を加速しただけで、三者は重なり合い、絡み合う。
 琴美の指先から放された棒手裏剣が三人の両眼を抉り、炸薬を爆ぜさせて“皮”を噴き飛ばした。
 大上段に掲げて見せつけるのではなく、振るったことを知らせぬままに討つ。それこそが技の真髄です。
 得物の先を絡ませたままのけぞった三人がそろって感じたものは、上から降り落ちる苦無の圧、ただそればかりである。

「大将首をいただきにあがりました」
 低く紡がれた琴美の声音に、攻め手の軍の大将が面を上げた。
 かろうじて人型を保ってはいたが、その様はすでに人外と化しており、配下の兵を喰らってさらにその体を膨れ上がらせる。
「そうですか」
 琴美は息をついた。
 得心したからだ。大将は、自らの意志をもってここに在るのではない。終わりなき合戦を演じるがための相手……都市伝説の核を為すものが生み出した舞台装置に過ぎないのだと。
 人外は体のいたるところから腕を伸べ、掴みかかってくる。
 対して琴美はその場に己を据えたまま、苦無と蹴りを繰って腕を弾き続けた。
「敗北することを定められたあなたに、私を討つことはできません」
 この場において、もっとも尊重されるべきは核たるものの存在を保つことだ。
 琴美という核の都合に左右されぬ存在が在る以上、核ならぬ大将に多くの力を注ぐことはできまい。ここで彼女を殺せなければ力を損なったまま対峙することとなるのだから。そしておためごかしに雑兵の微力を吸収させたところで、状況を覆すほどの弾みとは成り得ない。あの三人の武者が斃れた時点で、大将の命運――出番は強制終了させられたのだ。
「せめて作法に従い、終わらせましょう」
 無数の腕が掴み出し、振り下ろしてきた刃をかるく跳び越え、琴美は苦無の切っ先を大将の左の首筋へ突き立てた。自らを前へ投げ出す勢いで刃を引き、一気に切断して、地へ降り立つ。
「私が確かに討ち取りましたよ」
 首級を掲げた琴美に突き立つ鋭利な圧は、この合戦場の核たるものの視線。
 彼女は艶然と笑みを返し、首級を地へ落とした。
「今、参ります」


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月28日

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