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『うつしとるのはあなたとの』
セシア・クローバーka7248

 陽射しは暖かくなってきたと思うけれど、風が吹けば肌寒さも感じられる。
 身体を冷やさないようにと上着を羽織りなおしたところで、セシア・クローバー(ka7248)の髪を風がなびかせていく。
(予想より強いな)
 視界を遮る髪をかきあげ手櫛で整える。時間に余裕をもって家を出ているし、これくらいなら家に戻るほどでもない。心持ち歩みを緩めながらでも十分に身嗜みは整うくらいだ。
 眩しい程ではない柔らかな陽射しがきらり、差し込む理由に首を傾げようとして、すぐに思い至った。
 髪を整えた己の手に光る、ダイヤの指環。自身で思うよりは慣れた、馴染んだ重み。けれど意識して見るとその存在感は増す。
『Io continuero a vivere insieme』
 思い出されるのはこの指環と共に贈られた言葉。それは彼の母国の言葉で、生まれた世界が違う言葉ゆえに最初こそすぐに判らなかったけれど。大切にしまわれた小箱を開けて、彼の態度を見ればおのずと正しい意味が、答えが浮き上がってくる。
 付き合いを続ける中で、神霊樹が届けてくれる彼の言葉は最初こそどこかかたいものに思えたけれど。表情を、あの青の瞳に籠もる熱量を近い距離で感じとれば次第にわかってくるものだ。
 互いのマテリアルを近しく親しむほどに、想いが強く向けられているのだと分かる。だから、するりとセシアの胸の中へと届いた。
『共に生きよう』
 それは出会いを喜ぶ言葉であり、想いを重ねた今だけでなく未来を望む言葉。世界の行き来は可能になるのだ、何の柵もなく、互いを結びつけるための言葉。
(……いけない)
 気付けば歩みを止めていた。頬が熱いのは気のせいではないようで、吹く風を妙に冷たく感じてしまう。きっと赤く染まっているだろう頬の紅色を抑えたくて手でも仰ぎながら道を急ぐことにする。
 時間帯が良かったのかただの偶然か、行き交う人はそう多くない。照れを隠そうとするセシアを気にする者が居ないのは幸運で、風向きは丁度向かい風といったところ。都合も良かった。
(で、ブルーのニホンの祝い事か)
 指輪を受け取ったその日から、丁度一ヶ月。婚約者となった彼の母国ではあまり馴染みがなかったようで、彼も知らなかったイベントだ。
 けれど今の二人には都合の良い内容で、だからこそきっかけとしてデートの約束を交わした。
 贈り合うと決めたのは花束とプレゼント。もうすぐ、目的の花屋が見えてくるはずだった。
 ほんの少し、早歩きをしたせいで紅潮している、そんな程度におさめてしまわなくては。

 店の前でちらり、中の様子を伺うのは念の為だ。今は互いに暮らす場所が近いので、その行動範囲も重なっている。だから恋人がこの場に居たら、折角贈り合うまでのお楽しみ、花束の答え合わせが出来てしまう。
(大丈夫そうだ)
 そのまま店員の招きに誘われるまま店内へと足を進める。並ぶ彩りの中から青を少しでも多く見つけ出そうと視線を巡らせていく。
「花束を一つ頼みたい」
 どのようなご用向きで、と問われ注文を続ける。
「青い花を集めたものにしたいのだが、今なら数は揃うだろうか」
 明確な注文だが、用途は見えない。
「ああ、すまないがその案内は断らせてほしい」
 口を開いた店員に軽く首を振ってさえぎっておく。用途例を挙げてきた段階で、花言葉が続くことが読めたからだ。
「それは誰かの物語のものだろう」
 既に起きた何かになぞらえて寄り添う言葉を贈りたいわけじゃなかった。
「私は、彼だけの意味を贈りたいんだ」
 その意味は、贈るセシアの中に確かな形としてあればいい。籠めたその想いごと、彼に受け取ってもらえればいいのだから。

 この花屋にある花の中でも、青だけを。水色でも、紫めいたものでもなく正しく青とだけ表現できる花を一輪ずつ選んで小さなブーケにしてもらうことにする。
 同じ青はなくて、それぞれに趣が違うけれど青と呼べる部分だけは同じ。
(ひとつとしてない青)
 けれどセシアが思う青は花だけで表現しきれるものではない。ただ、少しでも近いものを、想いを形にできるように選ぶ。
(彼だけの空の青だ)
 あの日、夜空を眺めていた彼はたった一つの星を探していたから。
 空の青はひとつではなくて、彼の為の星が輝く空はどれだけ見上げて探しても見つけることは難しい。
(でも、あなたの空が変わらずに心の中に広がっていれば……)
 今ここに居ない彼を想う。居ないからこそ思い出して、その描いた色の為に集める。

 水平線の近くで、海の色と混ざり合ったような青のヤグルマギク。
 品種ごとに色合いも変わる、けれどどれも夜空に向かう途中の空の青を湛えたスターチス。
 はっきりとした鮮やかなニゲラは湖をうつしとったよう。
 小花を集めたヒヤシンスは一輪でも賑やかさを演出してくれる。
 デルフィニウムは早朝に見上げた空のように淡く涼やか。
 アネモネの青はいくつもの青を纏めて引き締める。

(……その、空の上になら。彼の星はそこにある筈だ)
 見上げてまで探すのは、傍に無いと考えているからに他ならない。
 けれどセシアは思うのだ。それだけ強く想うなら。ずっと傍に在る筈だ。
 忘れずに愛しく想えばいい。その上で彼を幸せにすると伝えているのだ。
 思い出してほしい、心のうちにあるその輝く星の存在を。
 気付けば全ての青の花を選び終えていたらしい。どれほど並ぶ鼻を見回しても、新たな青は見つからない。
「では、これでお願いしよう」
 ブーケの形に整えるのは、店員へと任せることにする。

「……?」
 もう選び終えたというのに、視線はまだ花を探してしまっている。
 青は選びきったと分かっているのに、何かの予感があったのか。
 セシアの目に飛び込むのはブルースターの文字。
 青で、星で。それはブーケには選ばなかった花。何故なら切り花ではなく植木鉢だったから。
 近寄って手を伸ばす、そう大きくもない軽い鉢を持ち上げて、蕾さえも出ていないそれをしげしげと眺める。
「これも一緒に贈りたいな」
 完成したブーケを手に戻ってきた店員にそっと差し出せば、二つが丁度入る、おあつらえ向きのバスケットが提案されるのだった。

 気付いてほしいのは、胸の内にある、空で輝く彼の星。懐かしむ過去は遠くにあるわけではない事を伝えたい。
 変わらずに輝くけれど、時は止まらないものだから。星の意匠の懐中時計で、その星と共に時を刻むのだと示したい。
 ブルースターの開花時期は夏なのだそう。未来に咲く花はきっと、これから共に過ごす時間をより彩ってくれる筈だ。
「私はあなたの地上の星なのだろう?」
 バスケットに向けていた視線を、進む先へと戻す。
 待ち合わせ場所はもうすぐで、そろそろ彼の姿も見えてくるはずだ。

 彼を幸せにすると決めた。
 彼と幸せになると決めた。
 胸の内の星も、寄り添う星も、どちらも。
 彼は大切にしてくれるはずだから。
 気恥ずかしさはあるけれど、指輪を受け取っただけでは伝えきれなかった想いを込めるには、これくらいして当然だと思ったのだ。
「……どんな顔をするのやら」
 楽しみに思うその感情が、セシアの胸を温める。
 風が運んでくる肌寒さなんてもう、気にならなくなっていた。

 想いを込めて届ける言葉には、忘れずに。
 君だけに向ける笑顔の花を咲かせるから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【セシア・クローバー/女/19歳/魔符術師/未来/共に歩むための、道筋をみつめて】
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2020年04月30日

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