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『うつしとるのは君への』
レオーネ・ティラトーレka7249

 いつもより早く家を出るのも、あらかじめ予定していたことだ。
 待ち合わせの時間に十分余裕を持つというのは当たり前でいつも通りだけれど、今日はいつもとは違う予定が入っているからだ。
 レオーネ・ティラトーレ(ka7249)の足は、示し合わせた場所とは違う方角へ続く道を進んでいる。
(ホワイトデー……とはまた面白い)
 思い返すのはその理由であり、今日という日に彼女とデートをするに至った切欠の事。
 リアルブルー、つまりイタリアに居た頃は全く馴染みがないイベントだ。しかしそれを知ったのはクリムゾンウエストに来てから、と言うのが特に面白い。
 そして自然と浮かぶのは、バレンタインデートの時の彼女の反応だ。
(驚かれたなぁ)
 バレンタインの文化もまた世界を越えていて、それはチョコレートを中心としたもので。だからだろう、レオーネが婚約指環を贈ることそのものにも随分と衝撃があったらしい。
 最初はただ、驚きを。
 徐々に理解が追い付いていったようで、少しずつ紅色に染まる様子はいつまでも見ていられると、そう思った。
 毅然とした雰囲気を持つけれど、ふとした仕草が、様子がとても愛らしい。それは初めて個人的な会話をした、あの案内の日からわかっていたことで、そんな彼女はその愛情深さを、表情だけでなく言葉選びからも感じさせてくれる。
 求婚をする側としてはとても喜ばしい事として、その芯たる様子を見せてくれることが誇らしい。なにより、そんな愛らしさを示す理由がレオーネであることも誇らしかった。
 想いが届いていること、一方的なものではなく、互いに向け合って、重なっていること。
 家族に向ける愛情とは別に、レオーネに愛情を向けてくれていること。
 思い返すほど、思うほどに笑みが浮かぶのは仕方のないことだった。
 そんな彼女と交わした今日の約束は、ただデートというだけではなかった。
 レオーネにしてみれば、バレンタインは年齢性別問わず愛を交わすもので、返礼なんて思いつきもしなかった。けれど折角の文化があるならば、乗じてみるのも面白い。
 贈り合うことに決めたのは花束だ。だからレオーネは今花屋へと向かっている。
 いつも通りの道にも花屋はあるけれど、そこはきっと彼女が立ち寄るだろうから。レオーネは回り道をして別の花屋に向かっているのだ。
 これがいつものデートなら。彼女の家の近くまで向かって、それこそ偶然同じ時間に出たのだと、そんな同道手段をとるのだけれど。
 今日は特別な趣向が決まっていて。それを互いに最大限に楽しむためだから。そのためにレオーネは早い時間を選んだのだった。

 店頭に並ぶ花の香りを、気の早い風がレオーネの元へと運んできてくれている。
 花がもたらす甘い香りは勿論だけれど、植物特有の青い草の香りもまた爽やかなもの。
 初春と呼べるこの時期特有の香りは、彼女自身を彷彿とさせる。
(君は緑の人だ)
 傍に居ても、こうして思い出す時でも。ふとした時に思う彼女はいつも、緑にあふれている。
 緑は萌え出る草花の色。雪の内から春の到来を告げる柔らかな色。長い冬に耐え忍んだ時間を温かいものに染め上げてくれる色だ。
 彼女自身を彩るやさしい金色は、そんな緑を呼び覚ます陽射しなのだろうと思うことがあるくらいだ。
 震える身体をその腕で抱きしめてあたためるように。凍えた心に真直ぐ届く言葉は確かに、レオーネの過去を照らした。
 けれど眩しすぎることはないから、太陽ではないのだろう。
(俺の地上の星)
 届かないほど遠い、けれど熱だけをもたらす一方的な存在ではなくて。手が届く場所に、傍らに寄り添ってくれるから。
 再び寒さで凍えなくても済むように、先への道を示す光。陽射しをやさしく照り返し輝く若葉はきっと未来を示している。
 無理に背を押すこともなく、可能性を示して、選ぶのは二人で。
(だから、君は春でもある)
 そうして辿り着いた花屋の並びで、レオーネの目が吸い寄せられたのは緑の薔薇だった。

 光のヴェールを重ねたような淡い緑を眺めながら思い出す『希望を持ちえる』なんて言葉。まさにレオーネにとっての彼女そのもの。
 その色彩だけでなく本数でも意味を変える薔薇は、それこそ組み合わせを考え出すといくつもの道筋を示せる花だ。
 勿論それぞれの意味は知っている。だから迷わず『互いに敬い、愛し、分かち合う』想いを紡ぐ、6本を指定する。
 それだけでも想いは伝わるだろうけれど、レオーネが彼女に向ける想いはそれだけではない。
 だから寄り添わせるのは『感謝』のホワイトレースフラワーで、薔薇達をくるりと包み込む形にならないように纏めてもらうことにする。
 まずはお試し期間からと、恥ずかしそうに応えてくれた彼女はその言葉通り、レオーネに向き合ってくれた。
 深く話したわけではなくても、心の奥底にあるものを見通し、その上でそのままのレオーネに手を伸ばしてくれた。
 レオーネの為に、地上の星になってくれると、想いをくれた。
 手をとってくれたことに。
 見つけたものを守ってくれることに。
 この先も道を重ねてくれる程の想いを向けてくれることに。
『希望の君よ、共に生きる感謝を』
 完成した花束を前に、彼女の温もりがどんな熱をもってこたえてくれるのか。
 時間にはまだ余裕があるというのに、どうしてか、駆け出してしまいそうになる。
 奥底にあるものは、もう見せてしまっているけれど。格好良く見せたいのも本当で。
 落ち着いた足取りを意識して、改めて道を歩むことにする。

 彼女の気配をまだ感じられるわけではないけれど、待ち合わせ場所に近づく度に胸が熱くなる気がする。
 一時期忘れていた感覚だ。思い出してからは新鮮さと、懐かしさも重なる感情に時折、思い出も過る。
 胸の奥が痛むようなことは減った。忘れ去る必要はないと彼女が示してくれたから。すっかりと軽くなることはないけれど、こうして時折思い出して懐かしむこともできるようになっているから。
 家族に向けるものとも、彼女に向けるものとも違う、けれど愛情を向けていても構わない。その懐の深さはとても尊いもので。
 だからこそ、彼女への愛情は募る。
 渡してからすぐは、その手に新たに増えた指環の存在感に、気付く度照れる様子を見せていた彼女。
(マリトッツォにまつわる昔の習慣を教えたら、どういう反応をするだろう)
 新たな関係性へと変化していく互いの距離感に慣れ始めていた彼女に、ほんの少しの悪戯心を交えて。バッグの中に用意している、もうひとつの贈り物についてを考える。
 甘いクリームをたっぷりと挟み込んだパン菓子は、そのクリームの白さも選んだ切欠のひとつと言えるけれど。
(時期としても近いからね)
 クリームの上に指環を乗せて婚約者に渡せば、求婚の意味になる。指環を贈ってからちょうど一月の今、気がはやいと焦るのか、それとも照れたように頷いてくれるのか。
 どんな形になるにしても、更に愛らしい様子を見せてくれるのは間違いない。
「そして君は、俺にどんな花を示してくれるのかな」
 彼女の視点は、愛情の違いが解らないと言われがちなレオーネを違わず見出してくれる。その彼女によって選ばれた花が楽しみで、期待だって高まる。

 今日の挨拶は、愛の言葉は。
 どんな言葉からはじめよう?

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【レオーネ・ティラトーレ/男/29歳/猟撃影士/想い/浮かぶものは多く、すべてが愛おしい】
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石田まきば クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年04月30日

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