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『距離は近付けども同じには非ずと』
ラシェル・ル・アヴィシニアla3428)&珠興 若葉la3805

 皆月 若葉(la3805)は深呼吸した。――大丈夫、最初程は緊張していない。両親がライセンサーといっても、家族にもおいそれと詳細を話せない仕事柄、彼らの後を追うように同じ世界に足を踏み入れるまで、他の人とそう変わらない漠然としたイメージだけ持っていたのだ。それが突如ナイトメアの襲撃を受け、声に導かれるままに、適合者として目覚め――ライセンサーになることを決意したあまり昔でもない一日を思い返す。閉じていた目を開き、若葉は手をあげ合図を送った。途端に辺り一帯が草原に変化し、眼前には三体のナイトメアが姿を現す。すぐさまこちらを認識し敵と見なした連中が襲いかかってきた。位置をずらしてあったゴーグルを下げ、レンズ越しに姿を確認しつつ、腰のホルスターから拳銃を取り出す。反動でぶれないように両手で構え、まずは一番脆いバクを狙った。拳銃とは思えない発砲音が断続的に響く。一対多の戦況下で重要なのは、可能な限り人数不利の状況を作らないこと、それと比較的弱っている相手に確実にトドメを刺して数自体を段々減らし戦況そのものを改善すること。成態は通常であれば然程脅威にはならないが、別種の三体を一人で相手取るのは中々に骨が折れる。
(それでも、俺に出来る限りのことはしなくちゃね)
 思いつつ放った銃弾はバクの胴体に吸い込まれる寸前、銀に鈍く光り輝いた。続けざまに二発三発と撃つと障壁を破り、ぬいぐるみのような顔が苦しげに歪む。上空のアーマーバードが飛ばした羽根は腕に装着した小盾を展開することで上手く防いだ。カンカンカンと甲高い音が立て続けに響いたのは、それがまさしく金属のような性質を持つからである。再格納し距離を詰めてきていたマンティスの攻撃を横に跳んで回避。ごく短時間でアーマーバードの移動先を予測しながら、より強い意志を弾丸に込めて撃つ。狙い違わず撃ち貫き、すると不自然な痙攣の直後鳥を模したナイトメアは地に落ちた。当分は戦線離脱になるだろう。二体の行動を制限した上で若葉は得物を小太刀に変え、マンティスへと肉薄する。
(大丈夫、冷静にね――)
 言い聞かせるように胸中で呟き、紫陽花に似た刃文の小太刀を上段に構えて斬りかかる。が、その巨大な鎌に容易く受け止められた。そのまま押し切られるも何とかシールドは壊されずに済む。もう片方の鎌は半ば強引に転進し避け、一呼吸。
 倒すと強く心に念じた。想像力が一時的に身体能力をぐっと引き上げる。ただ絶対に倒すとイメージして、若葉は先程回避した動きから脇へ、更に滑るようにマンティスの背後へと回り込んだ。これならあの鎌に邪魔はされない。脆そうな胴と翅の継ぎ目に狙って突く。
「しまっ……!」
 予想通り急所に入って倒せそうな実感と同時、背後からの気配に背筋に冷たいものが走った。思っていたよりも復帰が早い。小盾を展開し防ごうにも、めり込む小太刀が邪魔をする。諦めたくないと思考をフル回転させるが打開案は浮かばず、重い一撃を覚悟したとき。
 耳のすぐ側を鋭い音が通り過ぎ、一瞬遅れて僅かに風が髪を揺らす。マンティスが消滅し、手応えがなくなるのを感じながら振り返れば、光を纏った矢に貫かれたバクが丁度倒れるところだった。次いでアーマーバードも的確に急所を抜かれ、即死とまではいかないが、直に消えると目に見えている。そうやって良好になった視界に見知った顔を認め、若葉は力が抜けるのを感じた。ゴーグルを上げ呟く。
「ラシェル……」
「余計な世話だったか?」
 声に気遣いが見え隠れしている。緩く首を振った。無愛想に見えて心根の優しい人であることはまだ付き合いが短い自分も分かっている。思いも寄らぬ助っ人――ラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)が歩み寄ってくる後ろで、一面に広がった草原が無機質なトレーニングルームに戻った。シミュレーション終了の音声ガイダンスを背景に聞きつつ若葉は小太刀を仕舞う。
「ううん、助かったよ。ありがと」
 たかが訓練と多少の怪我は承知の上、しかし実戦に向けての訓練なのだから当然、五感を含む感覚も正確にシミュレートされているのである。負傷はなるべく避けたい。
「流石、うちの隊の副隊長。何だか場数の違いを感じるなあ……」
 小隊白椿には現在四名が在籍、内三名が遠距離攻撃を主体としたクラスに属する。ラシェルは本来、若葉と同じスナイパーではなく近距離戦闘を得意とするグラップラーの技術を習得しているのだが、先天的な適性が魔法もしくは超能力と呼ぶべき力なので役割分担の関係で弓を扱う場合が多かった。
「練度に差があるのは仕方ない。俺は前より確実に成長していると思うぞ」
「本当!?」
 と賞賛の言葉にぐいと身を乗り出し、ラシェルが若干仰け反ったところでふと我に返った。ふぅと溜め息が零れ落ちる。
「ラシェルって、大人だよね……同い年なんて信じられない」
 身長こそラシェルのほうが十センチ程高いが、横に並べば一応は大体の人が若葉のほうが年上だと思うだろう。そんな二人は実は同学年だったりする。誕生日でいえば約半年若葉が上だ。しかし両親に憧れながらも適合者ではないらしいと覚醒まで諦めていた若葉と彼では、戦闘経験が違う。能力は然程引けを取らない。ただ土壇場の判断が明暗を分けている。自分の力を最大限活かせないのは悔しいし、性格面も見習うべきことばかりだ。むっと頬を膨らませて、ラシェルが困惑しているのに気付くと笑う。
「あっ、別に拗ねてるわけじゃないからね! 俺は俺で、他の何者にもなれないし。俺も自分らしく頑張るから」
「そうだな。若葉にしか出来ない戦い方も必ずある」
 うんと頷いた。気は遣っても下手な慰めはしない。そういう人と知っているから全く邪推することなく受け止められる。
「ところでラシェルも今からトレーニング? 違うなら少し付き合ってほしいんだけど……」
「ああ、俺も別の部屋で済ませてきたところだ。どこに……かは、訊かないほうがいいか?」
「どっちでもいいんだけど……折角だから内緒にしようかな」
 偶然に出会った我らが副隊長、というか単純にラシェルに見てほしいものがある。一先ず見つけた反省点を頭の中で挙げつつ、不思議そうに首を傾げるラシェルを伴いシヴァレース・ヘッジを離れた。

 ◆◇◆

 若葉が何処に行きたがっているのか、気にならないといえば嘘になるが、本人の意を汲んで彼の行く方向を確かめつつほんの少し後ろを追う。――と、それも長くは続かず、ラシェルは「ごめんね」と口の高さで手を合わせて謝る若葉に「気にするな」と返し、偶然出会った老婆を連れて宛のある道中に出た。
「こんなお婆ちゃんのせいですまないねぇ」
 そう言って老婆は恐縮しきりだ。大通りの交差点、往来の邪魔にならないよう隅で縮こまりながら立ち往生していた彼女に声を掛けたのは他ならぬ若葉だ。
「大丈夫ですよ。それよりもほら、早くお孫さんのお家見つけましょ」
 そう言うとさりげなく老婆の背を支えて、歩くのを手伝う若葉の顔に浮かぶのは一点の曇りもない笑顔だ。
「俺は一人っ子だし、周りに結婚してる人もいないからあまり馴染みはないんですけど、曽孫もきっとすっごく可愛いですよ」
 腰の曲がった老婆に合わせ姿勢を低くした若葉の首元から、ペンダントの鎖が覗いた。人に語れる程経験はないが、恋に年齢も性別も身分も少しも関係ないと思う。しかし、若葉を見ていて、すとんと腑に落ちたのは彼と元の世界にいる叔父がよく似ているからだろう。歳は約半分と若いが、外見も性格もあまりにもそっくりだ。ラシェルが元いた世界ではこの世界のように異世界出身の人間が多く、そして無数に存在する異世界と行き来出来る手段も確立されていた。今も同じ故郷の仲間は何人かいる。しかし知っている人と同じ星の元にあるとしか思えない人物と偶然に出会い、親しくなるという経験は今のところ彼らだけだ。それも家族の一員と最も近い関係である。最初は正直、叔父と同い年だったらこんな関係だったのだろうかと考えたこともある。今は人となりを知っているので重ねるなどと失礼な真似はしないが――。先程のように目上の人でなく、対等な立場の相手からまっすぐな賞賛を受けるのはかなり照れ臭かった。
「俺達ならいつでもここに来れる。だから、何も気にしなくてもいい」
 もしかすると無理して付き合っているだけだと勘違いされているのではと思い至って、努めて柔らかい声で添える。老婆はまた頭を下げたが、顔をあげると笑みで目尻の皺が深くなっていた。安心したらしいと察すると、ラシェルも肩の力を抜く。
(若葉のほうが余程大人だな)
 エージェントとして活動していた分、彼よりも戦いの経験は豊富だ。大事な人を守れる強さを得たいと志しているから、どんなときも冷静に見極めるべきと己を律している。しかし、こと対人関係に関しては若葉のほうが大人だ。ラシェルも道に迷う老婆を見過ごせなかったが、多分行き先を聞き出そうとしても遠慮されて、交番に連れていくのが関の山だろう。と自分のことながら容易に想像がついた。
 無事気を取り直し、老婆が持っていた葉書の住所を元に、三人でグロリアスベースを歩く。この人工島は広大な面積を有し、しかし一般人には立ち入れない区画も多く、逆に居住区は集中しているので家を一軒探すのも、意外と難しいことではない。だが番地を書き忘れるとはうっかりにも程がある。尚、自分達も把握出来ていない地理のことは他人頼みだ。こういうときにも、
「すみませーん。ここの御宅なんですけど、ご存知ないですか?」
 と率先して話しかけるのが若葉の性格で、初対面の人間が相手でも、気さくな話し方に嫌な顔をする者は滅多にいない。ある種の才能といえるだろう。そのことに賞賛を贈れどもトレーニングルームでの若葉の言ではないが、真似しようとは思わなかった。自分が誤解される分には全く気にしないし、赤の他人の面倒等は一から十まで見ようという発想もない。先程の老婆のように気に病ませるのは悪いくらいで。
「……荷物のほうは大丈夫だろうか? 大事な物でなければ、その……気兼ねせずに持たせてほしい」
 誤解されないようにと、言葉を選んで言えば、腰が曲がっている為元々低い位置にある顔がますます低く、長身のラシェルからはどうしても見下ろす形になる。若葉が通りすがりの相手にスマホを見せつつ顔を突き合わせているのだ、自分なりに出来ることはしようと思う。少し姿勢を低くして、手は差し伸べずに、老婆の意思に委ねる。彼女は暫し目を瞬き、今度ははっきりとした笑顔を浮かべて、持っていた手提げ鞄をラシェルに渡した。
「ありがとうね。貴方もそちらの彼も優しいわ」
「そんなことは……いや、どうせならそうありたいとは思う」
 元の世界にいる両親や若葉のように、関わりのある人が胸を張れるくらいは。鞄を慎重に抱え持ち、ふっと息を吐き出せば、道を聞き終えた若葉が軽く手をあげ戻ってくるところだった。吸い寄せられるように目が合う。若葉はにっと歯を見せて笑ってみせた。何だか急に恥ずかしくなって、ラシェルは大きく視線を逸らす。何も言わないのがかえって突き刺さる。
 結局そのとき聞いた場所が正解だったようで、おおまかな住所を特定し、周辺を歩き回るとすぐ目的の家は見つかった。出迎えた娘に丁寧に対応され、お茶でもどうぞと誘われたがこの後用事も控えていたので丁重に断った。
「行く暇なくなっちゃったね」
「それであの人が迷わずに済んだんだ。それでいい」
 ラシェルの言葉に若葉も笑顔で頷く。帰り道を歩きながら、そういえばと疑問を口にした。
「結局どこに行くつもりだったんだ?」
「あー、それ? 全然大したことじゃないんだけど……犬とか猫とかの可愛い動物のパーカー見つけてさ。折角だしお揃いで着てるの見たいなーって」
 それだけ、と若葉はそう締め括った。動物といわれて真っ先に思い浮かぶのは野良猫のタマさんだ。あの子もまた、立派な家族の一員である。お揃いの言葉はまた別を指しているのだろうが――。
「お揃いが二着ずつというのもいいな」
 そう言えば若葉はきょとんとし、そして花が開くように笑った。お互い相手が誰かよく知っている。近いうちにまた訪問し直すと決めて、ラシェルと若葉は大切な人が待つ家へと帰ることにした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ギャラリーにある弓使いラシェルさんと銃使い若葉くんが好きで、
そこを追求してみたかったというのと、前半の戦闘経験の違いと
コミュニケーションがスムーズに行くかどうかの違いが大きくて、
互いに自分にはない部分を尊敬、というと凄い大袈裟かもですが
補い合える関係だといいなあと、勝手に思っていたりもするので
自分の中の二人の好きなところを一杯盛り込んでみたつもりです。
尚、前半のトレーニングは機器の設定を大分無視しちゃってます。
ゴーグルをつけて戦う若葉くんが見たいという完全な趣味でした。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年04月30日

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