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『深き水に眠る』
海原・みなも1252

●受け入れる
 海原・みなも(1252)はいろいろあって雪女の姿だ。
 それは存在する誰かである、となんとなくそう思う。その誰かに実際会っていないため、確証はない。
 どこかにいる雪女そのものだという認識はある。
 呪いならばもとに戻れそうだけれども、どうも戻らない。
 戻らない上、化けるのとも異なる感覚がつきまとう。居心地が悪かったのがなじんで来るという恐怖もある。
 一方で、どのような姿でも自分は自分だと言う思いもわく。

 なお、元の姿に戻れないからといって避難を続けるわけにもいかない。
 自宅に戻ることにした。しかし、家族がいるため、その反応は恐ろしくあった。
 追い出されることも覚悟だ、みなもだと理解されないで。
 現状の理解については、家族がどこまで血筋などを理解しているかである。
 南洋系人魚の末裔だと知っているとしても。

 街の中で純白に錦の帯といういで立ちの雪女。
 外見が人目を引いているということはすでに意識していない。
 みなも自身はこの姿が当たり前になりつつあったから。
 当たり前になってはいけないとどこか自分で思いもする。

 家の前に到達し、鍵を鞄から取り出した。開ける前に深呼吸をする。
 鍵を開けた。聞き慣れた鍵の音が家に帰ったという思いを強くした。
「ただいま」
 声を掛けられた家族は驚き、誰かと問う。
 みなもは追い出されるにしても、事情を説明するしかない。
 質疑応答の後、沈黙が流れる。
 状況は受け入れられていた。
 みなもは涙がこみ上げる。ここに居場所はあり、いてよいのだと分かったから。
 風呂に入り、ご飯を食べる。家にいるときの、家族がいるときのいつも通りの風景だった。
 姿がどうあれ、みなもの家族であり、居場所だった。

●一面であり、多面である
 夜、みなもは夢の中で、水面に立っていた。
 見渡す限り水であり、海だ。
 陸地は一切ない。足元は水しかない。水面は澄んでおり、上に立つみなもを写す。
 水平線が周囲に広がるが恐怖は特にない。陸地がなくても気にはならない。
 水平線の上には空が広がる。白に近い青の空だ。その空はてっぺんに向かい、白く溶けている。

 歩くと、波紋が広がる。
 水面を歩く音はしないが、衣擦れの音は耳に届いた。
 和服のすそが歩くときに擦れて立てる鋭い音、長くたらし気味の帯が立てる固い音。

 みなもが歩いてもどこにもつかない。
 水平線は動く。
 世界は丸いのだなとふと思う。

 みなもは歩く、波紋は複数広がる。波紋は広く、大きくなっていくようでもある。
 草履をはいているにも関わらず、水の冷たさは感じている。
 冷たいけれども、それは心地よさであり、ぬくもりだ。
 水の持つ特性。

 波紋が広がり、広がっていく。
 複雑な模様にみなもは微笑む。
 水面に映る姿が、人魚のみなもだった。
 水面に立つみなもの姿は和服と草履姿。

 面白いこともある。

 歩き始める、また。
 徐々に心が軽くなる。
 雪は水になる。
 水は氷になる。
 氷は水になる。
 水は雲になる。
 水は命のもと、すべてのもと。

 みなもは考え歩く。水面は徐々に下っている。
 水の中に入り込んでいくようだった。それでもすそが浮いたり、そでが水に流されたりしない。
 地上で坂道を下るように。
 進んでいくと道がねじれる。ねじれていくと、天が地となり、地が天となる。
 ねじれるけれども落ちたりしない。足は地につく。
 みなもはふと足元を見た。
 足元は水面であり、その先は青い空がある。
 そこにいて水面を覗き込むのは人間の姿のみなもだ。

 人間のみなもは水面を歩く。
 坂道をあがるように空に向かう。

 雪女のみなも歩く。
 道は坂のようになる。進めば深い水底に向かうだろう。

 みなもたちは離れた。

 みなもは歩く。
 ただ、歩いていく。
 たどり着いた先は、砂浜にある図書館だ。
 図書館というのも不自然であり、砂浜に木製の本棚がずらりと突き刺さっている。砂浜に垂直に立っているだけでなく、土台がゆがんだのか斜めのものもある。
 乱雑に見えて、規則性もありそうだ。
 砂浜には小さな波が寄せて返す。白い泡がはじけて消える。
 海の底であるために、空に見えるのは水で、本当の空は海の外だ。
 暗くはなく、光は届く。
 みなもは本棚の間を歩く。通路は広いが、通ると広がるようにも感じられた。
 本棚に触れようとしたところ、それは水となり、パシャリと崩れ砂に消える。
 本棚が無くなると通路ができる。
 その通路を進むと、固い床の建物の中になった。
 薄暗い図書館の通路。左右には本が適度に埋まる本棚がある。
 扉があるためそれを押す。
 扉は重かった。
 それが開かれると、みなもの周囲は真っ白な雪山の真ん中だった。
(どうしてこうなるのでしょうか? 海の底だったはずなのに、いいえ、図書館の中だったはずなのに?)
 みなもは雪山を歩く。
 サクサク音がするのは砂浜と同じ。
 違うのは白い雪だということ。
 小さな猟師小屋がある。
 それを見てみなもの脳裏にはじけた記憶。

 人間の男性を愛しました。
 私は雪に属するもので、ぬくもりはありません。
 人間はこの冷たい肌、冷たい吐息で死んでしまうのです。
 愛したい、愛されたい。
 どうすれいいのかわからないのです。
 声をかけて、振られればよかったのです。
 結果は、愛し、愛され、殺しました。
 それが性質と言われたら元も子もありません。
 どうして、どうすれば?
 私は恨みました。

(あたしであり、あたしではない。誰かであり、誰かではない記憶。それがこの雪女……)
 名前もわかるそれはみなもであり、今のみなもではない。
 この姿もこの記憶も受け入れるつもりはある。それはみなもなのだから。
 みなもとしては自分として受け入れたい。たくさんの自分がどこかにいるのは、多くの経験を積んでいることにつながる。
 同時に、すべてのみなもの記憶が今のみなもに備わり続けるのは苦しい。
 記憶は書物である。
 それを深遠の海にある名もなき図書館に所蔵する。そうすることで、必要な時に知ることができるし、みなもに安定が訪れる。

 司書であり、利用者であるみなも。

 水面のみなもは扉を閉じた。
 深遠のみなもは雪の中に消えた。

●今は今
 みなもは目を覚ました。
「あれ、なんで?」
 パジャマのそでで涙をぬぐった。変な夢を見た記憶はない。
 誰かが朝食を作っているらしく、部屋にその匂いが漂ってくる。
 カレンダーと時計を見た。
「……学校っ!?」
 みなもは起きると髪がもつれているのに気づいた。
 青い、長い髪がもつれる原因は、生乾きで寝たに違いなかった。
 リビングに行くと朝の挨拶、いつもの風景がそこにあった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 図書館ではないけど図書館だよねとぶつぶつ言いながら、どういう雰囲気なのか、作りました。
 しまうところであり、資料であり、そして、異世界とつながる場所。
 空間のねじれをあちこちに作ってみました。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年04月30日

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