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『flower colors』
瀧澤・直生8946)&天霧・凛(8952)

「このあたりに、花を飾ろうと思ってるんだが」
 そんなことを言い出したのはバイト先である喫茶店の店長だった。カウンター席の端、落ち着いた雰囲気ではあるかどこか寂しいと天霧・凛(8952)も少し前から感じていた。
「……とは言っても、私は花には詳しくなくてね」
 店長は少々困り顔でそう言った。
 凛はそれを見聞いてから、少しの間を置いた後にこくりと頷く。
「それでしたら、心当たりがあるので……任せてもらってもいいですか?」
 店長は彼女の言葉を快く受け入れ、頼んだよ! と嬉しそうに笑っていた。安堵したかのようにも見えて、凛も小さく笑う。
 そうして彼女はエプロンを外して、早速花を見繕いに外へと出かけた。

 バイト先までの道筋に一風変わった花屋があると知ったのは、少し前の事だった。
 花屋自体は普通の佇まいだったのだが、やけに女性客が多くその先を見れば若い男性が接客を行っていたのだ。それも、美男子ばかりが3人もいる。女性客たちはそれぞれの好みで自分の『推し』に会いに行く。そんな話題が、近所でも囁かれるほどであった。
「おっ、凛じゃん」
 表で水の入れ替えをしていた一人の青年が、凛の名を呼んだ。
 輝く金髪が遠くからでも目立つ、瀧澤・直生(8946)であった。
「……前にも言いましたけど、馴れ馴れしいです」
「なんで? 初対面でもねぇんだし、いいじゃん」
 直生はそう言いながら屈託のない笑顔を凛に向けてくる。凛はこの直生の距離感が、慣れなかった。
 顔が良い上に背が高く、とくにそのキラキラとした金髪が眩しいのだ。
「で? ウチに来たってことは、花だろ?」
「……あ、えぇ。そうなんですけど」
「何系? あ〜、まぁ、とにかく見て行けよ」
 ポン、と直生の手のひらが、凛の肩に触れた。
 その僅かな触れ合いに、凛は自分の感情の『何か』が動いた事を自覚する。
 少し離れた場所から、常連客らしい女性たちが不満のような声音を出していることに気が付いた。
 凛はそれに振り向こうとしたが、遮ったのは直生だった。
「俺でよければ選ぶけど」
「え……」
「なんだよ、その不満そうな顔。美人が台無しだぜ」
「な、なに言ってるんですか」
 直生に店内へと導かれた凛は、さらに言葉で距離を詰めてくる彼に、動揺した。
 普段であればさほど気にも留めないはずの言葉並びが、何故だか耳に残る。
「んで? どうする?」
「……で、では、お願いします。バイト先で必要なんです」
「ふーん。凛のバイト先ってどこだっけ」
「この通りの、喫茶店ですけど」
 直生は凛の言葉を聞きつつ、視線は花に向いていた。すでに選別は始まっているのだろう。
「店先? 店内?」
「店内です」
 直生はそれだけで、いくつかの花を手にし始めた。明るい色合いの花たちだ。
「今の時期だったら定番なのはチューリップだな。八重咲のとかもあるし、色数も多い。あそこの雰囲気だと、落ち着いた色合いのほうがいいかもな」
「お店の事、知ってるんですか」
「ん? あぁ、よく飯食いに行ってるぜ。気に入ってんだ」
 あー、フリージアもいいかもな、と繋げつつ、直生はそう言った。
 彼の頭の中では、喫茶店の情景が巡っているようだ。
「先月までだったら、ミモザが一押しだったんだけどなぁ」
「黄色い、可愛い花ですよね」
「そうそう。あれだったらあの店にすっげー合うと思うんだよ」
「…………」
 直生の表情が眩しかった。ギラついた印象のほうが強いはずなのに、こうして近くで見ていると穏やかな表情をしてくれる。花に対する知識も高く、そこから感じる愛情も強いと凛は思った。
 ――もっと、見てみたい。色んな表情を。
 純粋に、そう思ってしまった。
「おい、凛?」
「……っ」
 名を呼ばれて瞬きをすると、直生の顔が目の前にあった。
 呆けていたのが彼にも伝わり、様子を窺ってきたのだろう。
「……大丈夫か? 疲れてんじゃねぇの」
「い、いえ。大丈夫です」
「ふーん。ま、いっか。ほれ」
「!」
 目の前に広がったのは、春色の花束だった。鼻孔をくすぐる香りに、凛は一瞬戸惑いを見せる。
 可憐な花たちを見てから、ゆっくりと直生へ視線をやる。
 すると彼は、得意気に笑って見せた。
 その仕草が少しだけ子供っぽいと思ったが、それ以上に――。
「ありがとうございます。これ、頂きます」
 凛は己の思考をそこで止めて、花束を受け取った。
 すると直生は、満足そうに彼女を見て、また笑った。
「なぁ、凛。あんた何時だったらバイト先にいんの?」
「……だいたい、今くらいの……午後から夕方までですけど」
「へーぇ」
 直生の質問に、何のためらいもなく答えた凛であったが直後にしまったと思ったのか、顔を上げた。だが、その時にはすでに遅かった。
「ちょっと……私のいる時に来ないで下さいよ?」
「俺は行くとは言ってねぇけど」
「だったらなんで、聞いたんですか」
「……なんでだと思う?」
 直生の言葉に、凛は答えを作ることが出来なかった。
 わかるようでわかりたくない感情が、その時に生まれてしまったのかもしれない。
 そして凛は、慌てて花束を抱えて踵を返し、店を出て行った。
 店に残された形となる直生は、そんな彼女の後姿を見送り、楽しそうに笑っていた。

 カラン、とドアベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいま、せ……」
「よぅ、凛」
 凛が視線を向けた先には、直生の姿があった。
 彼はあれから、凛のバイト先であるこの喫茶店に頻繁に訪れるようになった。しかも、凛が居る時間帯を見計らってだ。
 直生の座る席は決まっていて、窓際の一番奥だ。
 遅めのランチメニューとコーヒーを注文して、窓の外で行き交う人を見ながら、ゆっくりとした時間を過ごす。しばらくするとゆらりと紫煙が上り、凛は遠目にながらもその光景を見つめる事が癖になっていった。
 大した会話をするわけでもない。客と店員としての距離は保たれたままだったが、凛はそれからバイトの時間を増やし、直生もまたこの喫茶店に通う回数が増えていく。
 店内には、季節の色を取り入れた花がいつも静かに存在を示している。それは直生がこの店の為に選んでくれた、何よりの色と香りだ。
「なぁ、今度の花はどうする?」
「直生さんにお任せします」
 最初は『瀧澤さん』であった呼び方が、いつの間にか『直生さん』となった。その直生に『凛』と呼ばれる響きが心地よくて、何度も呼んでもらいたい。
 そんな事を思える頃には、二人の距離はとても近いものへと変化しているのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。いつもありがとうございます。
お二人のお話を書かせて頂けてとても嬉しかったです! 
『知り合い』から、少しの進展へ…という感じで書かせて頂きました。
楽しんで頂けましたら幸いです。
またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
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東京怪談
2020年04月30日

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