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『応用は口でみることっ!』
天霧・凛8952)&瀧澤・直生(8946)

●送ろうか
 天霧・凛(8952)は「こんにちは」と花屋に駆け込んだ。
 雨が降っているにもかかわらず、傘を持っていなかった。朝、出かけるときは降っていなかったのだから仕方がない。
 まさか、ここまで降り続くとは思いもしなかったし、最寄り駅から自宅までの間に、ひどくなるとは考えなかった。
 中途にあるこの花屋で少しやむのを待つことにした。
 とはいえ、この店の閉まる時間は迫っている。閉店時間が出ていく時間であるとは理解している。
 雨が弱まってくれることを必死に祈ったり、弟が通り過ぎるのを願った。

 瀧澤・直生(8946)は花屋の閉店作業にかかっていた。雨が降っているため、外にはたくさん並べていない。片付けは少ないためのんびりしたものだった。
 そのような中、最近この店に通ってくる凛が入ってきた。普通に挨拶を交わし、直生は作業を進める。
 凛は店の物と外を見つついる。
 雨の降りが強すぎて雨宿りをしているのだろうと考える。傘を持っていても、しのげる強さの雨ではなかった。
 凛をよく見なくともわかることが一つある。
 傘、持ってない。
 店を閉めるから追い出す、というのもどうだろう。しかし、閉店には店を閉めるのが大切だ。迎えが来るのかどうかも重要なポイントだ。
「迎えは来るのか?」
 直生は問う。答えによっては考えることが増える。
 凜は直生をじっと見る。そして、外を見る。
「来ないですが、閉店ですね……出ていきます」
 凛は意を決したようだが、それをくじくような激しい雨音が店に入ってくる。
「え、ええと……それでは直生さん、お世話になりました」
 傘があってもこの中を行くのは躊躇したくなる。
「待て」
 直生は引き止める。確かに、ずぶぬれで帰ろうが家ならば対処はしやすいだろうが、荷物も何もかもが水びだしになる未来は想像つく。
 直生は愛車とともに店に来ている。
「家、近いんだろ、送ってく」
 直生自身、家に帰るのだから、ついでに乗せて下すのは大した労力ではない。この後、予定があるわけでもないので、余計にその決断は早かった。
「いえいえ、悪いですよ」
 凜は首を横に振る。送ってもらえると確かにうれしいけれども、迷惑をかけてしまうため申し訳ない。
「傘をもたないやつを、この土砂降りに放り出す方が心情によくない」
 直生はまっすぐ説明に入る。
「そ、それは……」
 凛が何か言おうとしたが、店の外からドバアとすごい音がする。店をたたきつける雨の音。滝どころの騒ぎではない気がする。
 凜は直生を見る。いつも通りの顔であり、早く帰る時間だということを訴えているよう見える。その背後に閉店時間が過ぎた時計が見える。
「お願いいたします」
 凛は頭を下げた。
「とっとと帰るぞ」
 直生の言葉に、凜はうなずいた。

●匂いとは
 車に乗り込み、出発する。雨は車の屋根をたたきつける。
 ワイパーすら役に立たないというすごい雨。
 いずれ止むとはいえ、相当ひどい降り方だ。
 直生は安全第一でハンドルを握る。

 凛の自宅に到着する。
 玄関で別れる予定だった直生であるが、お礼をしたい気持ちがある凜がいる。
「直生さん、ありがとうございました。お茶くらい飲んでいきません? 先日、おいしい飲み方を知ったんです。是非に!」
「いや、別に、目と鼻の先だし」
「でも、お礼したいです」
「なら、花買え」
「確かにっ!」
 凜は納得するが「今、お礼したいという気持ちのやり場に困ります」と続けた。
「お忙しいなら致し方がありませんが、今よろしければ茶の一服くらいいかがでしょうか。お仕事の後、まだ、一息ついていないですよね」
 凜は食い下がる。
「わかった、茶をいただこう」
「はい! では、ただいまー」
 凛は笑顔で、鍵を開け声をかけ入る。しかし、中は暗く、誰もいない。
 直生を居間に案内し、自分は台所に入る。
「あ、そうです、これから夕食作りますから、食べていきませんか? 弟たちがいないし、これから作らないといけないですし」
「そうなるのか……」
「チャーハンとスープとサラダです。シンプルですので、時間はかかりません」
「……あー、じゃ、頼む」
 直生はここまで来たら断る理由も大してない。車で行くとしても、雨のひどい降りは厳しい。
 凛がうれしそうな顔をしているならそれでよい。
「そこでくつろいでくださいね」
 直生はソファに座る。
 住人たる凛の弟たちがぼちぼち帰ってくるだろう。

 凜は手順を脳裏に浮かべる。
 材料を取り出し、鍋とチャーハンを取り出す。鍋は水を張り、火をかけた。
 その間に、スープの材料を切ったり、わかめを戻す。あと、春雨も準備する。
 沸いたお湯にスープの材料を投入し、チャーハンとサラダの材料をちぎったり切ったりする。
 葉物はちぎって洗い、ざるにあげておく。
 その間に皿を用意して、テーブルを拭く。
 水を切ってサラダを盛りつけし、スープの様子を見る。
 スープの味付けは中華風を意識して、塩コショウ、コンソメなど調味料を入れる。
 味が整えたのでスープは火を止め、ふたをしておく。食べるころには温度は程用意だろう。
 チャーハンを作り始める。ごま油を用いて肉、玉ねぎや他の野菜たち、白飯を投入して炒める。
 仕上げに、醤油やコショウ、酒を入れる。
(酒……日本酒が一般的ですよね。中華料理ならば紹興酒がよいのかもしれません。ただ、ここにはありません。そうですっ!)
 凛は料理をおいしくしようといろいろ考えた結果、棚から出した酒を振りかける。
 酒を入れるとジュと音がする。アルコール分が飛ぶと同時に、香りが広まった。

 直生は凛の手際を見て、感心していた。
 店に出入りする凛から見えない一面である。
「いつも、料理してんのか」
「それが、料理しようとすると、気づくとできているんですよね」
 謎の回答に直生は「はっ?」と聞き返す。
「えっと、作ろうとしていたら、思い出した家事をしている間に、弟たちが作ってしまうので」
「なるほど」
 直生は料理が気づけばできている理由は納得した。
 しかし、凜は作らせてもらえていない。その理由は本人ではわからないだろう。
 手際がいい。
 漂う匂いは食欲をそそるものだ。
 状況を見ると、料理を作らせてらえていないのは非常に謎だ。
 今はそのことを問うのはやめておく。
 直生は凛が味見をしていないのに気づいていはいた。しかし、分量通り作っている、いつも作っている味ならば、味見する必要はない。
 凜の状況からよく作っている料理を作っているととらえていた。
 だからこそ、凜が言う、料理を作らせてもらえない理由がわからなかった。
 手元が見えないため、凜が料理にひと手間くわえていたことなど考えもしなかった。

●味とは
「できましたー」
 テーブルにはチャーハンとサラダ、スープが並んでいる。
 直生は勧められた椅子に着く。
 においはいいし、見た目も普通。
「では、いただきます」
「どうぞ、召し上がってください」
 にこにこ笑顔の凛。
 直生は相互を崩して、スープを一口飲んだ。口の中に、素材の味がよく広がった。
「薄……、いや、素材の味が生きているな」
 直生は言葉を選んだ。
「え? そうですか?」
「いや、別に、これはこれでいいぞ」
 直生の好みの味かどうかではなく、この家の味だろうものにとやかく言うのはご法度だ。
 チャーハンもきっと、匂いの割に、味付けは薄いのだろう。
 野菜と白飯と肉がとれる、立派な料理だ。栄養が摂れて健康にはいい、と直生は分析する。
 直生はチャーハンをスプーンですくい、口に入れた。鼻に近づくにつれて、ちょっと独特な匂いだと感じた。
 口の中に入れ、一回目の咀嚼を行ったところ、味が口の中ではじけ、口から鼻にかけて、これまで考えたことがない最低、最悪な臭いが抜けた。
 何がどうして、どうなったらそうなるのか。
 とりあえず、そういった現状を理解できず、理解したくなく、考えることを手放した。
 つまり、意識が飛んだ。
 理屈ではなく、匂いが臭いになり、劇薬を食らったかのようになっていた。
 人間、まずいもので意識、飛ぶんだ……と初めて知った。意識は飛んでいるけれども、どこか冷静に思い出したくないにおいを考えている自分がいるということは、脳は動いているのだ。
 直生は比喩でいえば魂が抜けた状態、気絶とはまた違う、変な状態となっていた。
「直生さん? 直生さん! どうしたんです、白目向いていますけど。まさか、そんなにおいしかったんですか! さすがウイスキー」
 凛は感激している。
 この声で直生の意識は現実に戻ることができた。
「ウイスキーだぁあああ?」
 地獄の底から響くような声で問う。
「はい! ウイスキーです!」
 キラキラ笑顔で答える凛。
「なんで、ンなモン入れたんだ!」
 直生が怒りを抑えた声で告げる。
「紅茶を飲むとき、ウイスキーを入れると大人の味とあったので、試してみたんです。そうしたら、とても美味しかったんです」
「で?」
「だから、別の料理にも応用できないかなと思いまして。ほら、チャーハンって酒入れる作り方もありますよね? だから、日本酒じゃなくてウイスキーでもいいんだと思いました。紅茶を引き立てるあのうまみ! 米粒、玉ねぎ、にんじんなどの味も引き立ててくれるんですよね」
 うれしそうに、良い着眼点だというように、凜は笑顔で言う。
 直生の頬がひきつった。
「あんたはっ!」
 直生はいろいろ言いたいことがよぎる。
 ドバっとそれを吐き出したところで、目の前で事の次第を理解できていない人物が理解できるのか分からない。そもそも、考えることはいい。一番の問題をズバリと言わないといけない。
 葛藤のため、一瞬言葉を切った後、直生ははっきりという。
「味見はしろっ!」
 凛は首をかしげる。
「え? でも、応用したということは」
「理屈じゃねぇ。とにかく、人に出す前に味見しろ」
 直生はきっぱり言う。
「え、でも……」
 納得できない凛に、直生はスプーンに盛ったチャーハンは凛の口に放り込むのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 発注ありがとうございます。
 え、それで味付けるの? どうなるの、と不安と想像でいっぱいでした。
 料理したくてもしないというあたりをどう弟たちが止めるのかということや、凜さんが自分の味をどう思っているのかなどもやもやと考えつつこうなりました。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2020年04月30日

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