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『ありふれた日常とそう不思議でもない不思議』
清水・コータ4778)&ラン・ファー(6224)

「何だ、誰もいねぇじゃん!」
 心の叫びがしんとした部屋に虚しく響く。清水・コータ(4778)はがくりと肩を落として溜め息をついた。いつものようにふらふら出歩いて軽く一週間弱。民族系ショップの店員は表向き、裏では便利屋を営むコータに度々仕事を斡旋してくるのがこのビルの所有者であるラン・ファー(6224)だ。一応生物学上は女の筈のランは一言でいってしまえば変人で、コータからすると生活費の結構な割合になる彼女からの仕事も本人的にはただの趣味。その目的さえも、面白い人と出会いたいからというものだ。となればぶっ飛んだ依頼ばかりになるのは想像に難くないだろう。コータも楽しそうなことは大歓迎なので、こうして商品調達と銘打った旅行から馳せ参じたのだが――。コータは無遠慮に足を踏み入れ確認する。それなりに年季が入った仕事机の裏側、椅子を引っ張り出し、上半身を傾けてまで覗いてもいないものはいない。謎の染みがついた天井を見上げる。ランの住居は最上階の四階だ。が今日日このビルはエレベーターがない。普段ならば御構いなしと、階段を駆け上がってインターフォンを連打するのも辞さないが、今はその気力もなかった。知らない国でも体当たり的なコミュニケーションで何とかなるコータも、機材トラブルにはお手上げだ。相次ぐ欠航、いつ出発出来るか分からず空港で待機すること如何程だったか。いつでもどこでもすやすや出来る性質なので睡眠時間は無事確保出来たが、どうも疲れが取れない。それでも先にここに来たのは、話を聞いて、受けるか否かを決めてからゆっくりしようと思っていたからだ。コータはちらと来客用のソファーのほうを見る。
(ちょっとだけ。ってか、アイツが居ないのが悪いんだよな、うんうん)
 一人で勝手に納得して、コータはソファーに歩み寄ると荷物を脇に置いて、遠慮せずに寝転がった。見た目と比べて意外に柔らかい寝心地――瞼を下ろせばすぐ眠りに落ちていく。疲れた分、よく寝れそうだと夢見心地のコータの耳に規則正しい音が遠く聞こえる。近付いて遠ざかりまた近付いて――突如として目の前にプリンが現れる。いつ取り出したんだっけと思いながら、いそいそと封を切って、スプーンを挟んだ手で頂きますをして、大口を開き――。
「誰が寝ろと言った、誰が!」
「もがっ!」
 高過ぎず低過ぎず、やけに頭に残る声が響き渡る。と同時に衝撃を受けて、コータは押さえられた口の中から奇声を発した。無駄に重い何かが離れていく。寝付きがよければ寝覚めもよく、九割方寝に入っていたにも拘らず数秒で覚醒をした。
 目の前にはそこそこ整っているほうと自負するコータも足元に及ばない本物の美形がこちらを見下ろしていた。手にした扇子がばっと開いて、その口元を覆い隠す。コータはぼんやり、
(そういえばコイツ、美形だったっけ)
 とふと再確認した。実際どういう性格かを知っていると真面目に忘れる。人間、中身が大事なのが真実だ。ランを見ていると心の底から思う。ヒリヒリするだけで済んだ鼻を押さえながら起きあがる。
「この私が折角仕事を持ってきてやったというのに、何とだらしのないことよ」
「いや、お前が言った時間とっくに過ぎてるから!」
「おや、いつの間に」
 壁の時計を見て確認するも、悪びれる様子もない。曲がりなりにも日本に住んでいるなら、日本人の常識に則ってくれと西洋と東洋が混在する血を引いた、国によって名を変えているコータは強く思う。まあ言って聞くなら初めから苦労はしない。優雅に一扇ぎしてからランはコータの背中を押した。
「君はあっちだ」
 と言われ渋々対面に座り直せば、上座を確保した彼女は優雅に足を組む。筋肉がついていても細いその脚は確かに女のものに間違いない。ソファーの上に胡座を掻くようにして座ったコータはランが世間話を始めそうな空気を感じ口を開いた。
「それで、俺に何の仕事だって?」
 ラン相手に怒り散らすようでは、彼女との付き合いはストレスで胃をやってジ・エンドとなるのがオチ。茶を出してくれると期待するのはやめて早速本題に入る。
「なに、実に簡単な仕事だよ。君にはある人物の遺品整理を頼みたい」
「遺品整理?」
 鸚鵡返しに訊き、眉をひそめる。頼み方次第ではただの留守番でも受けるが、ランにしてはどうも地味な仕事だと思った。とそこまで考えた後気付く。
「あれか? 金庫とか開かないヤツがあるのか」
 RPGのシーフよろしくコータの手先の器用さはそういう方面にも発揮される。因みにスリもお手の物だ。これは治安が悪い地域に行ってすられた際にすり返すのに役立つ。
「まぁそれもある。しかし一番は依頼人は勿論、家主だった人間の名も明かせない。つまりそういうことだ」
「なるほどな……」
 それを知ったら怖いお兄さんに住所を特定されるヤツだと悟る。ただ仕事を持ってきたランは勿論のこと、コータも別に動じたりしなかった。
「後はもう一つ。何か気になるものがあれば持ち帰ってもいいとのことだ」
「持ち帰ってもって……なぁ大丈夫? 俺、後で追われたりとかしない?」
「見られて困るものは粗方回収しただろう。人の手が入っていない部分だけ気にすればいい」
「あーはいはい」
 それで完全にリスク回避出来るかは疑問の残るところだが分かりやすい。相槌を打つコータの正面、足を組み直したランが彼女の性格を知らない人間なら胸を高鳴らせるような、艶然とした笑みを浮かべて言う。開いていたのを閉じる小気味いい音がして、ランは扇を机の上に置く。
「さて、どうする?」
「報酬による! ……と言いたいところだけど、フツーにどんな感じか興味あるし、面白いもん見れそうだしな。その仕事、俺が引き受けた!」
「うむ、いい返事だ」
 満足げに言うとランはメモ用紙にさらさらとペンを走らせ、即席の契約書を作る。これは趣味だからと適当なのではなく、仕事別の注意事項や報酬を書いたものだ。ランの仕事のやり方について把握済みだと手間がなくていい。出された契約書の内容を一通り確認して、サインした。

 ◆◇◆

「契約完了だな。では早速向かうとするか」
 サイン入りの契約書を回収して立ち上がった途端、むんずとショールを掴まれてランは半端な姿勢で止まる。掴んでいるのは勿論コータだ。先程から少し目がぎらついているような気はしていたが、顔を近付けると血走った白目がはっきり見えた。
「いや、今からは流石に無理だろ。俺すげー疲れてるし一旦寝させてくれよ!」
「そうかそうか、それは悪かった。ならばそうだな……明後日の夜はどうだ?」
 提案にコータの腕の力が緩んだ。少しばつが悪そうに顔を背けると、腕を解き頭を下げる。
「悪い、むしゃくしゃしてた」
「なに、構わん。この通り何事もないしな」
 軽く身なりを整え、鷹揚に言うとコータは気が抜けたように笑った。その後互いのスケジュールを調整し、時間を決めると二人は別れる。その後ランも意気揚々と出掛けた。やりたいことは山程ある。一日二十四時間では足りないと思う程に。

「うっわー……こりゃあ部屋っていうより倉庫って感じだなぁ」
 借りてきた鍵で玄関扉を開けて、手近な部屋を見るなりそんなコータの第一声が聞こえた。入口で立ち止まった彼の横からそれを眺めて、ランも納得がいく。とにかく物物物で足の踏み場もない、というと大仰だが、少なくとも座るのは大変に見えた。
「すぐに取り掛からなければ明日の朝になるぞ?」
「いや、真面目にやってそれで終わるのか……?」
 尚も固まっているコータの背中を押すと、彼はつんのめるように入ったが、そこは器用に床に積まれた本やら箱やらを避けて問題なく立てそうなスペースに滑り込む。その彼の足元に持ってきたゴミ袋の詰め合わせを投げ入れた。振り返ったコータの視線が恨みがましい。
「私も忙しい身でな。あまり掛かるようなら置いていくぞ」
「分かった分かった。……よし!」
 ぱんぱんと両手で頬を叩いて気合を入れたらしい彼はゴミ袋を一枚取り出して口を開けると、それを一旦脇に置いて手近の何が入っているのか謎の桐箱を手に取った。空いたスペースに座り込んで、躊躇なく蓋を開ける。とそこまでは遠目からも見えたが遺品整理はあくまでコータの仕事。とはいえ彼の仕事ぶりをただ眺めているのも退屈と、ランも同じ部屋へと踏み入った。
 聞いた人物像とは随分かけ離れているというのが感想だった。かつて数々の犯罪に加担した彼は自らの足跡を辿られる可能性に、神経を大層尖らせていたのではないかと思う。警察の目を逃れる為に各地を転々としていたなら尚更、荷物は極力少なくしていた筈だ。しかし晩年、彼は足を洗った。ごく少数の信頼出来る者以外と縁を切り、慎ましく生きたという。
(――奪うばかりで何一つ得られなかった男がその反動で、か……?)
 結果、これだけの品々を集めたなら中々に皮肉なことだ。コータが「おぉー!」と感嘆の声をあげて持ちあげたのはランには何処の国の物なのかも分からない木彫りの置物だ。彼が興奮していることから察するにあの店に並べうる品だろうとは思う。しかし、仕事外でもそれがトレードマークだといわんばかりにターバンを巻き、オリエンタル系のアクセサリーを身に付けた彼には妙に似合う。用途不明な物を喜んで貰ってくるらしいので実際の彼の部屋も相当汚い。
 手持ち無沙汰のあまり、壺やら人形やら国籍も不明な品々を拾っては眺めたが、邪魔といわんばかりにコータに悉く奪われるので次第に飽きてきた。その背を見下ろしながら扇で口元を隠して大欠伸を一つ。喉が渇いたので、水を拝借しようと台所に向かう。電気が点くのだから水道も機能するだろう。と――。
「……ん?」
 視界の端、廊下の奥を何かがちらと通り過ぎた気がした。生き物を飼っていたとは聞いていないが――首を傾げるも確証は持てずに気を取り直して台所を目指す。あれだけ物に溢れていても食器棚はすかすかなのが使う者の少なさを物語っていた。食べ物は処分されているので本当に水だけだが、コップ二つに汲んで、再び廊下に出る。闇の中にふと小さな月が一対見えた。よくよく目を凝らせば黒いシルエットがそこに淡く浮かびあがる。それはにゃあと鳴いた。
「私の考えていたことが分かるのか?」
 ランの問いかけにもう一度にゃあと鳴いた。そうか、とランは頷く。
「お前が幸せと言うのならば、そうであったのだろう。お前の友人に非礼を詫び、冥福を祈るとしよう」
 黒猫もまたその言葉の意味を理解し、駆け寄ってくると足にまとわりつく。撫でてやりたいところだが生憎と両手が塞がっている為、撫でるに撫でられない。
「撫でてもらいたいのならば、コータの元まで行くといい。奴にも休憩が必要だろうしな」
 言うと黒猫は唯一光が漏れる部屋まで駆けていった。その後をランも追う。
「ん? 黒猫はどこだ?」
「へ? 黒猫? 猫なんか来てないぞ」
 丁度休憩中だったらしいコータが顔を上げて怪訝そうにこちらを見返した。既に半分が要る物と要らない物に分けられ、また要らない物はゴミの分別まできっちりとこなしていた。こちら向きにマイプリンをマイスプーンで食べている彼が黒猫に気付かない筈がない。ということはだ。
(幽霊だったか)
 見える触れるというのは厄介で時にはその判別が危うくなる。物陰に隠れているのでなければ成仏したことになるのか。何も人間同士の触れ合いが特別ではない、と、家主と黒猫との関係をただ肯定しただけに過ぎないのに。自身とコータが、または他の人材とそれなりに上手くやれているように――。
「いや、何でもない。ただの気のせいだったな。それより……そろそろ休憩し時だろうと思って水を汲んできた。――まさか、それを独り占めするわけではあるまいな」
「……しゃあねーな。分かってるよ、ほら」
 真正面に腰を下ろせば、コータは置いてあったプリンをランの目の前に差し出す。勿論スプーンも一緒に。勝手に食べなければ、自分の大好物を他人に譲れる人間なのだ、彼は。水道の水もコータにとっては美味しく飲めるもののようで、一気飲みしてぷはーと息を吐き出す。彼の言いたいことをランは的確に読み取った。
「おかわりなら自分で汲んでこい」
「ケチ」
 べっと舌を出すコータの顔を閉じた扇で軽く叩く。間抜けな声は聞こえなかった振りをした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
初めましてなので喋り方や関係性が合っているか不安ですが、
二人ともが明るい雰囲気なので書いている本人もノリノリで
掛け合いを考えながら書くのが凄く楽しかったです。
またランさんの能力については拡大解釈した部分もあるので
コレジャナイ感が強かったらとても申し訳ないです。
ギャラリーのイラストも幾つか参考にさせていただきました。
今回は本当にありがとうございました!
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東京怪談
2020年05月01日

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