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『プレイ・タッグ』
鞍馬 真ka5819


 夜の街、石畳の上を、蜘蛛の足が破壊していく。鞍馬 真(ka5819)は全速力で建物の間を駆け抜けた。本当だったら、幻獣に乗って行きたいところではあるが、今日は同行していない。
「ねえ、真くん! 止まってお話ししましょうよ! 逃げるなんて、ずるいわよ!」
 アウグスタ(kz0275)が、三メートルはある巨大な鉄板蜘蛛の上から大声で呼んだ。真は走りながら苦笑する。
「嫌だよ、そんなことを言って、私が止まったらぺしゃんこにするつもりだろう?」
「そ、そうとは限らないわよ。私だって、平和にお話しくらいできるわ」
「本当かな」
「じゃあ今お話ししてるこれは何なのよー!」
 もはや、彼女の声も辛うじて聞き取れるかどうか、と言うところだ。蜘蛛の足音がやかましい。鉄板で出来ているような足が八本、それぞれに動いているのだから当然と言えば当然である。アウグスタって、意外と声が大きいんだな……と、真は頭の片隅で思ったりもした。
 八歳女児の姿をした嫉妬歪虚は、配下の蜘蛛を器用に操って真を追い続ける。

 自由都市同盟での歪虚出現現場に派遣された彼は、仲間たちと一緒に討伐に当たっていたが、そこで不穏な金属音が響いた。彼は真っ先に、それがアウグスタだと気付いた。何しろ、顔を合わせて機嫌を損ねること数知らず。もはや宿敵と言って差し支えない。
 そして予想通り、アウグスタがご機嫌にお出ましした。真を見るや一瞬で機嫌を損ねたのだが、またすぐに機嫌を取り戻し、
「良いわ! 真くん、鬼ごっこしましょう!」
 と一方的に宣言して彼を追い掛け始めたのである。
 真はすぐに、頭の中にある街の地図を思い描いた。無線で、仲間と連絡を取りながら、彼はひたすら走った。

 この町は港町だ。真がいた住宅街から、広場を挟んで反対側に港がある。彼はそこを目指していた。
「港に向かう。広場で一回足止めをするから、全員が着いたら教えて欲しい」
 無線に向かって、他にいくつか仲間へのお願い事を告げる。なかなか大きな声を出したとは思うが、そこはそれ。鉄板蜘蛛の足音でかき消され、アウグスタには聞こえていない。噴水が見えた。真はその縁に飛び乗ると、外周を駆けて方向転換した。事実上横に逸れたことになる。アウグスタの蜘蛛は簡単に横には曲がれず、急ブレーキをかけて石畳を粉砕した。
「ちょっと横に避けたくらいで、逃げ切れると思ってるのかしら!」
「そっちこそ、まっすぐ追い掛けたくらいで私を捕まえられると思わないでほしいな」
 真はカオスウィースとオペレッタを抜いた。鼓舞するように、オペレッタが音楽を奏でる。
 蜘蛛が真に向き直った。尖った蜘蛛の足、その先端が、石畳に突き立てられ、欠片が飛び散る。
「鬼ごっこはタッチされるまで決着が付かないよ」
「わかってるわ。ここでタッチね」
「ところで、タッチされたら、今度は私が鬼になって君を追い掛けるのかな?」
「うーん、タッチしたら死んじゃうからそれは無理だと思うわ!」
 勝ちを確信したアウグスタは満面の笑みで蜘蛛に合図した。蜘蛛が勢いよく飛び出して、真に向かって足を振り上げる。
 蜘蛛の八本足、それが相手にとってはネックだ。何故なら、真の様な身軽なハンターなら、そのジョイント部分が階段のようにとっかかりになるからである。蜘蛛からの攻撃を避けた彼は、石畳を蹴ると、地面に近い曲がった所に飛び乗った。そのまま坂道を駆け上がるように足を登っていくと、蜘蛛の上でびっくりしているアウグスタに斬りかかるふりをする。
「きゃっ!」
 彼女は咄嗟に身を伏せた。真はその上を飛び越えると、反対側の足からまた駆け下りた。着地して振り返ると、ちょっと慌てた様子のアウグスタがこちらを見ている。
「べべべべ別にそれくらいじゃ怖くないんだから!」
「そうかな?」
「うるさいわね!」
 その時、無線が鳴った。他のハンターたちが港に到着したとの連絡だ。真は送話ボタンを押して軽くマイクを叩くと、踵を返して駆け出した。
「捕まえてごらん」
「見てなさいよ」
 アウグスタは簡単に挑発に乗った。真はまっすぐに、仲間たちが待つ港へ向かって行く。
 彼は全速力で、浮き輪が引っ掛けられている杭の所まで駆けて行った。その先は海。
「逃がさないわよ!」
 アウグスタの高らかな声が背中に投げつけられる。真はカオスウィースを天にかかげた。

 それが合図だった。
 武器に飛行能力を付与するマジックフライト。隠れていた魔術師の仲間が真の剣にそれを発動し、彼はすぐに上に飛び上がる。真の姿はアウグスタの目の前から消え、
「あらっ?」
 彼女は……彼女を乗せた蜘蛛はそのまま海に転落した。
「ええええええええええええー!?」
 凄まじい水しぶきが上がった。それは飛んでいた真にも届き、頭から水をかぶる。海水が口に入り、
「塩辛い……」
 真は顔をしかめた。やがて、蜘蛛がぷかぷか浮いてきた。胴体部分は空洞なのだろうか。アウグスタも水から顔を出して、真をキッと睨み付ける。
「ずるい!」
 夜空に響く大絶叫。
「ずるいずるいずるいずるーい!!!!」
「そっちこそ、蜘蛛に乗って追い掛けてくる時点でずるじゃないか。私が剣で飛んでちょうどおあいこじゃないかな」
「うるさいわね! そう言う時は素直に『意地悪してごめんね』って言うものなの! オトメゴコロがわかってないわ!」
 アウグスタはぷりぷり怒りながら、海中で蜘蛛の上に乗った。
「きょ、今日の所はこれくらいにしてあげるんだから!」
「その方がお互いの為だと思うね」
 実のところ、ハンター側もスキルの回数が残っていなかったりする。うっかりアウグスタが陸に上がってしまった日には割と不利なのだ。
「ところで、その蜘蛛は泳げるのかい?」
「あなたには関係ないでしょ!」
 アウグスタが手綱を引くと、蜘蛛はがちゃがちゃ言いながら水中を非常に遅いスピードで進んで行った。
「……錆びないのかなぁ……」
 真はその姿を見送りながら呟いた。
 というか、沖に進んで行ったけど、帰れるのだろうかなど、色々気になることはあったが、問いかけたところで、恐らく水の音や蜘蛛の音で聞こえないだろう。アウグスタが蜘蛛を叱咤激励する声がしばらくこちらには聞こえていたが……やがて聞こえなくなり、姿も見えなくなった。やっぱり陸に戻ろう! としてもどれくらい掛かることやら。
「……とりあえず、オフィスに報告しようか」
 アウグスタが戻って来るにせよしないにせよ、状況が変わった以上報告は必要だ。とは言え、何だか拍子抜けしてしまっている。

 夜の海を渡る風に吹かれながら、真はしばらくその向こうを眺めていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
身軽で身体張ってる真さんはきっとこれくらいやってくれるだろう、と思って書かせていただきました。
多分真さんは正面から来たアウグスタを飛び越えるくらいのことはできるんじゃないかな……とは思ったんですが、剣で空飛ぶ真さんを書いてみたかったので、今回は飛んで頂きました。
この魔術師は赤毛かもしれないしそうじゃないかもしれないんですが、ご想像におまかせします。
アウグスタが生きてたら年齢が近かったと思うとちょっと感慨深いですね。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年05月01日

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