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『二人で歩く明日』
龍堂 神火ka5693

 ――この地に来て、もう何度春を迎えただろうか。
 龍堂 神火(ka5693)の第二の故郷となる詩天の国は、神火の生まれ故郷に気候が良く似ている。
 春になると桜の花が咲くところも同じだ。
 だからなのか、神火は移住を果たしてから、あっという間にこの地に馴染んだ。
 それは、彼自身の誠実さと明るさが齎したものではあったけれど、詩天を滅亡の危機から救った『詩天救国の士』の1人であったことも大きかったかもしれない。
 ――そう。詩天の首都である若峰では、その話は有名であり……彼の名を知らぬ者はいなかったのだ。
 そしてもう1つ。彼の名を若峰において不動のものとしたのは、詩天の王である三条 真美(kz0198)と恋仲となったこともあった。
 別に、真美はその事実を広めようと思っていた訳ではなかったのだが――邪神終結後、詩天は天ノ都から避難してきた民を多く受け入れ、そのまま定住する者も増えた為に以前より人口が増加。更に、彼女の軍師や、忠臣たちの尽力で、詩天は未だかつてないほどの安定した国造りを誇るようになっていた。
 そうなって来ると真美との婚姻を望む声が、周辺諸国から上がるのは自然な流れで――。
 そう言った話をなるべく減らす為、真美には婿候補がいる、と率先して噂を流したのは神火その人だった。

 ――彼女は、切り札じゃなくても構わないから傍にいて欲しいと言ってくれたが。
 それでは、僕が困るのだ。
 今までもこれからも、彼女の切札であり続けなければ……。

「神火さん、すみません。遅くなりました」
 聞こえて来た可愛らしい声で中断される神火の思考。振り返ると、そこには淡い桜の花が散った着物を着た真美が立っていた。
「ううん。僕も今来たとこ。……その着物、可愛いね。似合ってる。新調したの?」
「あ、はい。神火さんとの逢瀬ですし……年に1回のお花見ですから」
 頬をバラ色に染める真美に目を細める神火。
 ――ここは、真美が兄と慕っていた従兄が眠る墓所だ。
 こんなところで花見なんていかがなものかと思われそうだが、神火も真美も、若峰では有名すぎて、どこに行っても声をかけられる。
 最近の調子はどうだとか、新作を食べて行ってくれとか。
 町人たちに悪気はないのは分かっているが、どうしても二人きりの逢瀬、という雰囲気ではなくなってしまう。
 そこで、静かで落ち着けて、桜が綺麗に咲いている場所という条件がそろったのがこの場所だった。
 ――真美から、従兄とはとても仲が良かったとも聞いている。
 歪虚に依り代として利用されたあの人を開放した時、神火もその場に居合わせた。
 姿は消えてしまったけれど……年に一度、一緒に花見ができるのは真美も嬉しいだろう。
 神火としても、いい事しかない。
 彼は真美の手を取ると、用意していた床几にそっと誘導する。
 ありがとうございます、と呟いた彼女は、得意げに手に持っていた風呂敷包みを開いた。
「神火さん。今日はお弁当を作って来たんですよ。お友達と一緒に献立を考えたんです」
「わあ。嬉しいな。早速戴いてもいい?」
「勿論です!」
 笑顔の真美からおにぎりを受け取った神火は、一口齧ると満面の笑みを浮かべる。
「うん。美味しい!」
「お口に合って良かったです」
 微笑み合い、真美お手製のお弁当に舌鼓を打つ2人。
 ふと神火が思い立ったように口を開いた。
「……真美さん。そういえば、例の件、いい資料見つかった?」
「いえ、私達の欲しい資料はありませんでしたね。初代様はどうやら、兵器や依代をお作りになる方に特化されていたようで、防衛術については記載がなくて」
「そっかー。……まあ、あの人の考え方から言ってそうだよね」
 腕を組む神火。
 彼がこちらに転居して数年。真美と共に新たな符術の開発をするべく日々地道な努力を積み重ねていた。
 それというのも、真美と神火の婚姻に際し、三条家の軍師はいくつか条件を出したからだ。
 一つ目は、神火が三条家の婿養子に入ること。
 二つ目は、詩天という土地1つに仕えて貰う為に領地の拝領をしないこと。
 三つめは、詩天において、九代目詩天の婿であると、誰もが納得するだけの実績を上げること――。
 この3つ目の条件を満たすべく、神火と真美は二人三脚で符術の開発に勤しんでいる。
 術を共同で開発するに当たり、神火まず真美にどんな術を開発したいか問うた。
 それに彼女は『主要な都市だけでなく、小さな村や、戦闘において行使できる結界術が欲しい』と答えたのだ。
 ――弱き者全てに手を差し伸べようとする、心根の優しい真美らしい提案に、神火は二つ返事で同意した。
 何より彼は、この国で長年使われていた結界術の在りように疑問を抱いていた。
 龍脈という純粋なマテリアルの塊を使うからか、術師への負担が大きいのだ。
 黒龍と共に、天ノ都に結界を張り続けていた帝は、その負担から歴代短命だったと聞く。
 そういう、誰かの犠牲の上で成り立つ術は、これから先の未来のことを考えるとどうしても避けたかった。
 誰かに負担を掛けず、皆で使える術にしたい……。
 そんな願いが込められた二人の術開発は、天ノ都に敷かれていた結界陣や、ありとあらゆる防衛結界について調べるところから始まった。
 神火が各地に赴き、結界術を調べる傍ら、真美は自分の先祖が残した符術に関する資料の洗い出しに乗り出した。
 ――真美の先祖である初代詩天は、死転の儀式という禁忌に手を出した人物であった。
 龍脈に流れる力を負のマテリアルに変換し、強大な兵器を生み出した。
 彼の考えは、攻撃に傾いていたから、防衛術については期待できないだろうと思っていたし、予想通りだったので神火に失望はない。
 ただ、1点、気になることがあった。
「……初代詩天はどうして依代作りに拘ったのかな」
「それは……より強大な力を行使しやすくする為じゃないでしょうか」
「あ! そうか! そういうことか! ……力を受ける場所を、術者じゃなくて別なもの……例えばカードとかにすれば負担が減りそうだよね」
「あ、そうですね。流石神火さんです。これだけのお話でそんなことが思いつかれるなんて」
「褒め過ぎだよ。カードの要素が使えるんじゃないかって思ってたんだけど、流用の道筋が上手く思いつかなかったんだ。これなら、スムーズに行くかも。実験付き合ってくれる?」
「勿論です!」
 にこにこと笑い合う二人。ふと、真美の顔が曇ったような気がして、神火は首を傾げる。
「真美さん、どうかした?」
「……私の、詩天の民を守りたいという気持ちは変わりません。でも、神火さんの側にもいたくて……。王としてだけじゃなく、女性としての望みまで叶えようだなんてちょっとワガママかなと思いまして」
「そんなことないよ。王だからって自分の幸せを諦めることなんてない。僕が、そんなことさせない。1つ1つ、一緒に叶えて行こう」
 神火の強い意志を称えた瞳。
 弱い自分は、これに何度救われて来ただろう。
 真美は強く頷き返すと、そっと神火の手を握った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お世話になっております。猫又です。

お届けまでお時間頂戴してしまい、申し訳ありませんでした。
神火さんと真美のお話、いかがでしたでしょうか。
神火さんは迷いなく意志が強い方なので、迷いがちな真美を明るく引っ張って下さるんだろうなと思いながら書いておりました。
何だか政治的な話ばかりになってしまった気がしますが、少しでもお楽しみ戴けましたら幸いです。
話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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2020年05月07日

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