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『誰の為でなくとも花は咲く』
柞原 典la3876

 ──まだ若い男が、花束を抱えて街を歩いている。
 胸元で燦然と輝く鮮やかで明るい赤。その鮮烈さに対し手にする男がどう映るかと言えば、これまた一切引けを取ることのない姿がそこにあった。細くさらりと流れる銀の髪は陽光に煌き、紫の瞳、そこに宿る眼光は冷たさを感じるものではあったが、それがまた冴え冴えとした輝きを湛えている。彫刻師の手によるものであれば「完璧すぎて神の怒りを買う」と躊躇いそうなまでに整い過ぎた目元や鼻筋、顎のライン。髪や瞳の色だけではなく日本人離れ──ともすれば人間離れ──したその出で立ちに、花束という存在が浮いているなどということは無く、むしろ完全に調和して互いを引き立て合っていた。
 そう、花束が彼──柞原 典(la3876)──から浮いているということは無い。その存在丸ごとが、平凡な街並みからは一層浮いているというだけで。
 ……普段以上に集める視線の多さに、典は少々辟易していた。
 この容姿が人目を集めるなどいつもの事ではある。対処も慣れたものの筈だった。見るだけで何もしてこないのであれば気にする必要は無いし、何かしてくるのであれば出方に応じて『適切に相手』すればいい。
 男女問わず色んなパターン。嫌でも手慣れてしまったそれはもはや今更だと言えるのに、こうも煩わしさを感じてしまうのは、疲れているせいだろう。
 ライセンサーとして依頼を受けた、その帰り路だった。疲労だけでなく喉の渇きも覚えて来ていて、正直なところ、どこかに寄って一息つきたいところではある……が、この調子では、喫茶店などに入っても落ち着いた心地にはなれそうにない。
 そうやって、何時になく己に向けられる視線に神経を尖らせていると気付くことがあった。
 もとより、常ならざるほどの美貌を持つ典に、見惚れることは当然でも実際に声をかけるのはそれなりにハードルが高い。出来るのは幸運にも何かしらの切欠を得たか、よほどの──あるいは無駄な──自信に満ちたものだけだ。視線は自然、その大半が遠慮がちなものになるが、今日感じる視線はその、遠慮の薄皮がさらに一枚多いような感じがするのだ。ただ畏れ多いというだけではない。邪魔をしてはいけない、この先に起こることに割り込んではいけない、といった、そんな。
 そこまで把握したら得心が行った。抱えるこの花束のせいだ──真っ赤なカーネーション。
 この季節に男がそれを抱えていたら貰ったものではなくこれから渡すものであると大半の者は考えるだろう。典はふっと、口の端を歪めた。
(──どないしよ)
 典自身にはこんなものは何の意味もなく、ただ処理に困っていまだ持ち歩いているだけだというのに。

 気怠い気分と身体を引き摺るように進んでいると公園が目に入った。片隅に、自動販売機とベンチ。いくらかの休憩にはなるだろうと、珈琲を購入して腰を下ろす。プルタブを持ち上げて一口啜ると、ふう、と息が零れる。意外といい具合で、少しここでゆっくりするのもいいか、と思えてきた。
 持て余していた花束を傍らに置くと、やはり視線を無視して喫茶店に入るよりこうするのが正解だったと思えた。テーブルの上に置けば己の目にも付き続ける。別に花が何も悪いわけではないが──と。
 そう考えたら、ふと。
 ──勝手に意味を、役割を決められて、花からしたらいい迷惑かもな、などと。
 そんな戯言が思い浮かんだ。
 想うのは、ここに至るまでの人々の視線……よりもさらに少し戻って、そもそも典がこの花束を抱えることとなった経緯。
 一言で言えば、ついさっき退治したナイトメアが出没した先が、花農園だった。それだけの話だった。
 ……が、それがこの時期であったことで、ちょっとした余談がつくことになった。もうすぐ世間が迎えるイベントを考えれば当然、今一番出荷を控えているのはカーネーションだ。農家の主人も当然のようにその花を中心にした花束をいくつか指して、花の色は何がいいか、と聞いてきた。
「どっちでも。カーネーションとか渡す相手おらへんし、親知らんから」
 そう答えると、主人の態度にありありと恐縮が生まれた。
 典は「気にせんとい」て、と、気軽に花束の一つ──とりあえずで無難な赤にした──を取り上げてみせたが、典に向ける相手の瞳から複雑な色合いが消えることは最後までなかった。
 ……別に典からすれば。ただ事実を述べた、それだけの事なのだ。そう、花はただ時期が来たから咲いた。それだけの事であるように。
 なのにそこに、外側から勝手に意味を、感情を重ねられる。
「自分が不幸とか、特に思うたことないんやけどなぁ」
 捨て子で親が居ない、それだけの事実だけで自分が『可哀想』だとは典は思っていなかった。……施設で育った、それ故に。親がいたからこそ不幸になった者たちも嫌と言うほど見てきている。
 ……が、幸せだと思ったことも無いな、と、直後に思った。
「しあわせって、何やろうなぁ」
 そうしてまた、とりとめもなく考える。
 何も感じずに日々を過ごしているわけではないのだろう。食事や酒を美味いとは思うし、女の肌は心地よいと思うから触れ合いに応じるのだろう。ただ、それらの時をもって幸せなのか……と、言われると違う気がする。
 片手で己の頬から顎をなぞる。輪郭を確かめるように。容姿が極めて優れているものだと言う事は自覚はあった。だがそれが人生に勝利をもたらすかと言えば面倒も多かった。容姿……そこに意識が向かったところで、また別の記憶が引っ張り出される。
 また、典の唇に先ほどとは別の笑みが浮かんだ。思い出したのはもっと前に受けた依頼でエルゴマンサーと交わしたやり取りだった。この顔はどうやらかの存在にも気に居られる物らしい。その事を……面白いとは、思っている。
「早いか遅いかだけで、人間いつかは死ぬんやし……食われるんも無くはないなぁ」
 自然に微笑が浮かぶ──面白い、そう、幸せかどうかは分からなくても、面白いと感じることはある。当面はそれで己には事足りるように思えた。
 ……別にもとより、深刻に考え込んでいたわけではない。身体を止めた分、することが無くて思考が廻っていた、それだけの事なのだろう。区切りがつくとまた歩き出すには十分と思えるほどの気力体力は戻ってきていることを自覚する。
 立ち上がれば、ベンチにポツンと残る花束。苦笑して手に取り、数歩歩くと……。
「やるわ」
 投げやりに、その辺で遊んでいた小学生に差し出した。
 目を丸くして、ただ反射的に受け取ったのだろう相手が我に返る前にひらひらと手を振って立ち去ってしまう。
 ……順当に考えれば。
 育ててくれた院の先生にお世話になりましたとでも言って送りつければ美談にもなるのだろうが。
 だからこそこれでいいのだ。どれほど多くの者が「そういうもの」であると考えようが、その為の花、その為だけの花である必要などないだろう。

 そう。典にとっては意味は無い。渡す相手も、渡した花の色も……──。
 ただどうしても、人はそこに勝手に意味を付けたがる、のもまた真理。
 花を渡された少女は、呆然と、綺麗な花をくれた、夢のように綺麗な人が立ち去る先を、暫くずっと、ずっと……。








━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池シリルです。
この度はご発注有難うございました。
先日はシナリオの方のご参加も有難うございます。まだ付き合いも浅い故、発注文に添って、本人にとっては取り留めもなく重くならずに、こちらのセンスで表現だけ膨らませていただいた……というつもりですが、上手く収まったでしょうか、ね。

何か至らない点ありましたら申し訳ありません。
この度は、ご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月07日

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