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『桃花の姫の、美しくも自由な一日』
桃簾la0911

朝日の透けるカーテンを開く。眩しさに目を細めて窓も開けると、温かな風が吹き込んで鴇色の髪を揺らした。
柔らかな光を受け、随分春めいたものだと桃簾(la0911)は思考する。彼女の故郷は常春であったためか、この風の温度は懐かしさを想起させた。そうしたセンチメンタルに心が囚われるより早く、彼女の髪と同じ色をした小さな花弁が、窓の隙間からひらり舞い込んできて視線を上げる。
「――これは」
嫋やかな指先でそれを摘まみ上げると、それはなんだかとても愛おしいもののように感じた。

この世界はとても美しく、そして自由だ。かのカロスの地とて美しさでは負けてはいないが、それでもこの地に胸を躍らせるものが多くあるのは事実。
「大人しくしているのは勿体ない天気ですね。今日も一日、自由を謳歌すると致しましょう」
窓辺にそっと花弁を置くと、彼女はひとつ頷いた。



グロリアスベースは基地と言っても、既にそれひとつで街であるような構造をしている。そしてひとたび『街』として見れば、限りある面積で整然と管理された美しさと、一定の活気を維持する行き届いた小規模都市でもあった。
桃簾は最早歩き慣れた商業区を颯爽と歩く。繊細な白いレースの日傘の下は、華美すぎず、けれども思わず目を留めてしまう程には華やかな着物地のワンピースドレス。上品な色合いの金で縁どられた桃花柄のそれを、『今日の気分でなんとなく』選んでみた。
初めて地球の衣服を見た時も少し驚いたものだが、この世界はとにかく衣服の種類が豊富だ。民族衣装、正装、業務に合わせた制服を省いてもなお多い。スーパーでのアルバイトで服飾を扱ったり、最近にはライセンサーとしてモデルの仕事も引き受けた桃簾は、以前よりはずっと造詣が深くなっていた。
飽くなき美への探求心とでもいうのだろうか。そうして自由に選び、着飾ることをただ楽しむ文化は素直に好感が持てる。
(衣類を新調するのも良いかもしれませんが――)
折角の陽気だ。吹く風は先程よりさらに温かく、晴れやかな空を見上げるだけで清々しい気分になる。もう少し外を歩くのも悪くはない。
そういえば。桃簾は思い出すように瞬きを一つ。部屋を出る前に舞い込んできたあの花弁はどこから来たのでしょう。そう思うとつい、進路を日の差した公園の方へ向けてしまう。
何にしろ、今日をどう過ごすかは桃簾自身が決めるもの。なれば、足の運びに迷いは無かった。


少し歩いた先にある公園は賑やかだった。何本も植えられた桜が開花し、ひらりひらりと雪のように舞い散っている。いつもより人の姿が多いのは、皆それを見に来た者達だからなのだろう。
「素晴らしいですね。こんなに沢山」
地球の者たちはこの花が好きだ。それはまあ、全てが全てではないかもしれないが、少なくとも桃簾が見てきた範囲ではそうだった。『お花見』といっただろうか、そういった文化が広く根付いていることは既に学んだ後である。
「わたくしも何か購入してきても良かったかもしれませんね……」
ビニールシートを敷いて弁当をつつく家族を横目に、一人ぼやく。ピクニックというのも今日のような陽気であれば快いものだっただろう。デザートにアイスがあれば、尚更に素晴らしい時間が約束されたはずだ。間違いない。それ程にアイスは素晴らしいものでつまりアイスは――。
そこでぴたりと、ある光景にアイス思考を中断する。少し離れたベンチに座る仲の良さそうな女性二人が食べているもの――串に刺さった直方体の少し焦げたような何か――の中に入っているもの。あれはアイスなのでは? それは一瞬のことだ。一目でアイスだと断定するのは困難だったかもしれない。わたくしでなければ見逃していたでしょう。
改めて周囲を見れば、彼方此方で同じものを食している人の姿を伺えた。かつて南イタリアで見た、皆が皆ジェラートを食べていたあの光景を思い出す。ということは、店であれ屋台であれ、この近くで売られているものに違いない。
こうしてはいられないと周囲を見回した時、視線より少し下で幼い声が一際大きく響いた。
おれもアイススモア食べたかった!、かーちゃんはケチなんだからさぁ――などと、少年が言い終わるより前に、桃簾はそっと彼に視線を合わせる。
「失礼します。あれは、アイススモアと言うのですか?」
穏やかに口を開くと、少年は「あっ」と目を見開く。長い鴇色の髪に白い肌、その服装も相俟って、桃簾の姿はとても幻想的にさえ見えたのだ。
もごもごと暫し口ごもった少年が、ふっと後方を指さした。ついてきて、とだけ言うと歩きはじめる。どうやら案内してくれるつもりらしい。
「ありがとうございます、優しい方」
にこりと惜しみなく笑顔を向けて、桃簾もまた歩き出す。

アイススモアとは、大きなマシュマロの中にアイスを詰め、その表面をバーナーで焙った逸品である。
冷たいアイスと温かなマシュマロの組み合わせが楽しく、とろりとした甘さが魅力的なデザートフードだ。
屋台では、お花見に因んだのか薄い桃色のマシュマロを扱っているようだ。串に刺し、慣れた手つきで焙ると、甘く焦げる美味しそうな匂いが周囲に漂う。
「アイスであるなら買わない手はないでしょう」
陽気のお陰だろうか、ぽつんとあった屋台はそれなりに盛況のようだ。迷わず桃簾は列に並ぶ。
ここまで案内してくれた少年が踵を返す前に、彼へと声をかけた。
「あなたもひとつどうです? お礼に奢りましょう」
親切に対し気持ちを返すのはまた道理とばかり、桃簾は笑顔を向けた。皆々楽しそうな休日ともなればこれくらいは許されよう。アイスの布教活動でもある。

かくして。ベンチには美しい放浪者の女性と少年が、それぞれ屋台で貰った紙皿を手にアイススモアを頬張ることになった。
「なるほど、これは……!」
一口食べて、桃簾は厳かに頷いた。溶けたマシュマロと濃厚なバニラアイスが口の中で混ざり合い、温かさと冷たさを伴って消えていく。食感も楽しく、最後は口いっぱいに広がる甘さと共に、ほのかな桜の香りが鼻を抜けた。美味しい。
「こういうものもあるのですね。アイスは何と合わさっても美味、可能性も広がるばかりとは……」
感心した様子を不思議そうに眺め、少年も一口頬張った。美味いな! と目を瞬かせる。
ずいぶんアイスが好きなんだなと覗く少年の視線に気付き、桃簾はナプキンで口をそっと拭いて輝くばかりの笑顔を返す。
「アイス教徒とはわたくしのことです」
アイス? きょうと? クエスチョンマークを浮かべる彼の心など露知らず、女神は涼しい顔で残りのアイススモアを口にするのだった。
尊きものを崇め、残し、教え、繋いでいく。この世界においては、信じるものもまた自らが選んだ。

ああ、民がきちんと豊かさを享受し、自然な笑顔を称えていることがどれだけ素晴らしいことか。
この奇跡のような風景がどうか永遠に続くよう、自分に出来ることをやろう。それはこの世界においても、元の世界においても変わらぬ矜持だ。
見上げた空には、桜の雨が降っていた。



その後。
屋台のアイスを数度お代わりしていった女神の如き女性の、その食べっぷりに周囲が釣られ記録的な売り上げを叩きだしたとか、とある公園にはアイスが好きな桜の精がいるのだとか。そういった噂が暫くの間流布したりするのだが、本人には与り知らぬ話らしい。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【桃簾(la0911) / 女性 / 放浪者 / 姫君は自由とアイスを胸に】


お世話になっております、夏八木です。桃簾さんは初めましてですね。
このたびは桃簾さんを書かせて頂けてとても嬉しかったです!
とても素敵なところの多い方なので、お任せでどこをピックアップするか大変迷ったのですが
今回はいっぱい自由を謳歌する桃簾さんを描かせて頂きました。
……スモア、既にご試食済みだったらと少しドキドキするのですが。

リテイクなどありましたらお気軽にお申し付けください!
このたびはご発注、ありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年05月07日

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