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『白く光る竜涙』
ファルス・ティレイラ3733

 樽状の容器が動くたびに、中にたっぷりと詰まった液体が波打つ振動が伝わってくる。
 広い倉庫の中で指定された棚へと容器を運んでいるのは、一体の竜だ。その巨体を駆使し、重い容器をせっせと運んでいる。
 運んだ樽の位置が間違っていない事を確認し、竜はその大きな口を開け独りごちた。
「うん! 今のところは順調だねっ!」
 ファルス・ティレイラ(3733)……、なんでも屋さんを営む竜族の少女が今回引き受けた依頼は、魔法液の入った容器の運搬の手伝いであった。
 重い容器を運ぶ事は、本来の竜の姿になった彼女にとってはさして大変な事ではない。
 仕事は、今のところ予定通り進んでいる。トラブルが起こりさえしなければ、日が暮れる前には家に帰れるだろう。
「よーし、次のやつもどんどん運んじゃおうっ! えっと、この種類の魔法液の運搬先は……向こうだね!」
 気合を入れ直し、ティレイラは張り切った様子で次の樽を持ち上げた。

「それにしても、色々な種類があるなぁ」
 魔法液と一口に言っても、その種類や効果は多岐にわたる。珍しいものから、ありふれたものまで、様々な種類の魔法液がこの倉庫には保管されているようだった。
 中には、他の液と混ぜ合わせる事で初めて効果を発揮するという面白そうなものまである。
「この魔法液、良い香りがするなぁ。どんな効果があるんだろう? 気になる〜! ……おっと、いけないいけない、今はお仕事頑張らないとだよね」
 ティレイラの胸に宿る好奇心という名の芽がむくむくと成長していきそうになるのを、彼女は必死におさえこんだ。いたずらに触れて、魔法液を台無しにしてしまうわけにはいかない。
「それに、危ない効果があるかもしれないもんね。……うん?」
 ふと、彼女の視界の端に人影が映った。
 今はこの倉庫にはティレイラしかいないはずなのに、小さな影がこそこそと何かを探すように歩いている。
「あれって……話に聞いていた魔族?」
 今回ティレイラに手伝いを頼んできた依頼人から、最近魔法液を拝借するために忍び込んでいる魔族がいるという話を彼女はすでに聞いていた。どうやら、あれが件の魔族の子で間違いはなさそうだ。
 魔族は樽を抱えて、それをどこかへと勝手に運び出そうとしている。
「貴重な魔法液を盗むなんて……許せないよ! ちゃんと捕まえとかないとねっ!」
 翼を羽ばたかせ、ティレイラはいっきに相手との距離を詰める。
 しかし、捕まえようと伸ばした腕が届く前に、偶然振り返った魔族と目が合ってしまった。慌てた様子で、魔族は持っていた樽を投げ出して逃げ出し始める。
「痛っ! ちょっと、勝手に商品を壊しちゃダメだってば!」
 投げ出された樽は、ティレイラにぶつかって割れてしまった。
 溢れ出した魔法液が彼女の身体へとかかってしまうが、今はそれを拭っている暇はない。
 逃げる魔族を、慌ててティレイラは追う。魔族が邪魔になりそうな樽を片っ端から魔法で破壊しているせいで、棚に綺麗に並べた樽も次々に割れ、中身が巻き散らかされてしまう。
 降り注ぐ魔法液のシャワーを不快に思いながらも、ティレイラは内心ニヤリと笑った。なにせ、魔族の子が逃げた先は行き止まりだったからだ。
「追い詰めたわよ。観念しなさいっ!」
 壁とティレイラの間に挟まれ、魔族は絶望したような表情を浮かべる。竜の巨体に遮られてしまっては、逃げる事など出来ないだろう。
 ふふーん!、とティレイラは勝利を確信し胸中で笑った。散々手間をかけさせられたのだから、その報いは受けてもらおう。
「もうこんな事しないように、お仕置きさせてもらうわよ!」
 魔族を捕まるために、ティレイラは相手に向かって前肢を伸ばす。
 だが――、その肢が魔族に触れる事はなかった。
「えっ!?」
 何故か身体の動きが鈍く、思うように動いてくれない。
「な、なんで? 私の身体……どうなっちゃったの?」」
 たしかに今自分は前肢を動かしたはずなのに、その猛々しい竜の肢はどうしてか途中で静止してしまっていた。
 原因が何なのか、慌てて自分の身体を確認したティレイラは気付く。
 なにせ、前肢は液体まみれだったからだ。先程、魔族の子がひっくり返した樽に入っていた、魔法液である。魔族が散々暴れまわったせいで、様々な種類の魔法液が彼女の身体にはかかってしまっていた。
 ティレイラにとっての今日一番の不幸は、身体にかかった魔法液が硬化剤の入っていた魔法樹脂に作用する事で効果を発揮するものだった事だろう。
 異なる性質を持つ複数の魔法液は、ティレイラの肌というキャンバスの上で混ざり合う。そして、瞬く間に硬化し始めていた。
 竜でも一度には運びきれない程の大量の樽がひっくり返されてしまったのだ。その中から溢れた魔法液は、ティレイラという竜の身体すらもまるまる飲み込んでしまっている。
 つまり、ティレイラは――。
(翼も尻尾もダメ、後肢も動かない……! 私の身体、全身が固まっちゃってる!?)
 全身を魔法樹脂に包まれ、竜のオブジェと化すしかないのであった。

 ◆

 突然動きを止めたティレイラに、魔族も困惑しているようだった。警戒しながらも、ゆっくりと魔族は近づいてきて、恐る恐るティレイラへと触れる。
 もはや瞬きをする自由すらも失った竜の顔に、魔族の手が触れた。コンコン、と異形の手はそのまま竜の少女の顔を叩く。
 甲高い音が響いた。とても生きた者の身体からは発せられる事がないような、無機質で硬い音だ。
 魔族を捕まえようと腕を伸ばした体勢で固まっているティレイラを見て、その鋭い爪のはえた前肢へと魔族は身体を寄せる。捕まえてみろとでも言いたげな、誘うような素振りだった。
 ティレイラが完全に動けなくなってしまっている事に気付き、挑発しているのだろう。先程まで絶望に染まっていたはずの魔族の表情は、ティレイラを小馬鹿にするような晴れ晴れとしたものへと変わっている。
 大きく開いた口を閉じる事すら叶わない竜の鼻先へと、魔族はぴょんと飛び乗った。そのまま、足をぶらぶらと揺らし魔族は子供のようにはしゃぐ。
 まさに目と鼻の先に魔族がいるのに、捕まえる事の出来ないティレイラを嘲笑う楽しげな咲い声が倉庫へと響いた。
 新しいおもちゃを見つけたとばかりに、魔族はティレイラの身体を触ったり叩いたり、飛び乗ったりと好き勝手にし始める。威厳溢れる竜の角も翼も、今の魔族にとっては面白い遊具でしかない。
 固まりきっていなかった魔法液が、ティレイラの身体を伝って一筋零れ落ちた。しかし、まるで涙のように流れるそれすらも床に触れる前に固まり、竜のオブジェの一部になってしまうのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
魔法液を運ぶお仕事中に現れた魔族のせいで大変な騒ぎになってしまったティレイラさんのお話、このような感じになりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら、幸いです。何か不備等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、いつもご依頼誠にありがとうございます! またお気が向いた際は、いつでもお声掛けくださいませ。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年05月07日

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