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『どうか幸せであれと願う』
神取 アウィンla3388

 突然だがメノウ・ユーファは困っていた。一体誰のことなのかというと、他ならぬ直接の上司であるところのアウィン・ノルデン(la3388)である。上司部下の関係とはいっても、執務室付きの側近なので近しい存在であり、それ以前に、もう一人の側近と共に貴族学校時代の同期でもある三人はいわば幼馴染だ。故に性格を充分に把握し把握される仲でもある。なのでまあ、このノルデン領主家に勤めながら、次男坊とはいえ間違いなく領主その人の紋様を受け継ぐ彼を蔑ろにする連中に実は結構憤りを感じている。アウィンに半分流れる庶民の血が卑しいというのならば、そしてその所為で彼が周りの人間に冷たい上に、兄の足下にも及ばない能力しか持たないというのならば――妄想で塗り固められた陰口を叩く貴方方の血はどれ程貴いものなのかと、無表情の裏で真剣に考えずにはいられない。しかしそれを例えばアウィンの父や兄に打ち明けたところで、何になるでもないと分かっていた。気付いたときには彼のコンプレックスはもはや拗れに拗れていたのだ。アウィン自身が己の存在を肯定し、一個人として解き放たれる瞬間を待つ。自分には今それしか出来ない。だから、日々をいつも通りに過ごしながら、密かにアウィンの行末を見守っていた。
「どうすればいいんでしょう……」
 補佐官代行として一人、主人のいない執務室に残りながら、ぽつりと呟いた。小さく溜め息をつき、ペンを置くとすっかり冷めた香草茶を啜る。メノウの席からは中庭に面した窓を見ることが出来、そして、そこには黒髪を太陽に煌めかせた、とある女性の姿があった。長い髪を引っ掛からないよう前に流して纏めた彼女は中庭に配置された薔薇園から花を一輪、摘みあげる。花を手に取った女性は自らも大輪の花のような笑顔を浮かべると、それを籠の中に仕舞って、スカートを翻しながらこちらからは見えない所に消えた。奥方の部屋に飾る為の薔薇だろう。彼女は使用人ながらも元先妻付き侍女という経歴を持つ奥方と非常に仲が良く、その関係でアウィンと兄、それと、現在は他領主家に嫁いだ長女の三人の子供とも交流が盛んだ。アウィンなどは以前、彼女をもう一人の姉のようと表現していた程だ。家族仲は良好な反面、領主家との縁を繋ぎ自らの地位を高めようとする貴族が、しばしば娘を使用人として送り込んでお手付きにしようと企てる為に、彼女らとは距離を置きがちな彼だ。それ自体は何も問題ない。ただそうして恋というものを遠ざけた結果、アウィンは恋愛感情に鈍感になり、初恋を自覚出来ていない。その癖、好きな女性にいい格好をしたいのは彼にも通じることらしく、今までは自分かもう一人がそれとなく促し、休憩をさせるところ、元からワーカーホリックの気があったのに拍車がかかる始末。今も査察先で倒れていやしないかと気が気ではなくなる。頼むからその見た目を裏切る天然や残念っぷりに心置きなく、ツッコミを入れさせてほしい。
「つくづく困ったものですね」
 アウィンの体調が心配なのは勿論のこと、何より、その想い人の態度もまた、彼と同じくらい分かりやすいのだ。だから、メノウはよく知っている。無垢な恋がどんな結末を迎えるか。誰一人幸せにならないことも全部。だから――大丈夫だと信じながらも憂慮してしまうのだ。
 ふと部屋の中が暗くなって、見ればいつの間にか厚い雲が屋敷の上にあった。これは一雨来るかもしれない。今ここにいない人間を心配しても仕方がないと、今までの思考を意識の隅に追いやって、メノウは手を動かす。代行として役目を果たさなければ、とやかく言えないと、そんなことを考えながら。

 ◆◇◆

 突然だがヒスイ・ロウカンは困っていた。一体誰のことなのかというと、他ならぬ直接の上司であるところのアウィン・ノルデンその人である。どうせ自分はその紋様故に立派であると信じたい連中の妄言でしかない陰口を真に受け、兄のユークレースに劣等感を拗らせる、そんな生真面目さが良くも悪くもらしいという結論になった彼だ。今日も執務室では紙にペンを走らせる音が三人分響いていたのが、不意に一つが止まる。手を止めて顔をあげれば、予想通りぼんやりしているのはアウィンだった。査察に出たとき、時折物陰から様子を窺っている村娘の姿を見る。濡羽色の毛髪と藍宝石の瞳が彩るのは、感情の起伏が少ないクールな顔貌。美形以外の何物でもないその端麗さから賞賛が半分、妬みが半分の分量でつけられた渾名は氷の貴公子だ。今まさにペンを浮かせた中途半端な姿勢に物憂げな顔で黙りこくった姿はその内実さえ知らなければ、異様な程様になって見え――一人密かに苦虫を噛み潰す。まるで、休んだら死ぬといわんばかりに働き詰めの彼には常々ゆっくりと休んでほしいと思っている。最近は特に、なるべく押し付けがましくない言い方を心掛けても頑なに譲らず、先日いよいよ倒れてしまったところだ。そして、恋煩いは失恋に変わった。
「――アウィン」
 呼び掛けても全く以って微動だにしない。溜め息をついてペンを置くと、傍に置いておいた書類を手に取り彼のデスクに歩み寄る。傷一つない滑らかな机の上を滑る一枚の紙が小さな音をたて、今気付いたように顔をあげた彼と目が合う。腰に手を当てて、ずずいっと顔を寄せればアウィンはどこか呆けたような表情でこちらをじっと見返した。
「ここ、不備があったぞ」
「えっ、あ……本当か?」
「こんなことで嘘ついてどうする」
 元々幼馴染三人でいるときの彼は公的な場は勿論、いっそ仲のいい家族より余程素の自分が出ていると思う。確かな家族愛があるが故の辛さもあるのだから。言葉こそ厳しく、しかし声音は柔らかく指で該当箇所を指し示すとアウィンは眼鏡のブリッジを押しあげ、早速書類を確認し始める。惚けたようだったのが次第に覚醒して、割り当てる予算の額が一桁間違っているのを発見すると、彼は思わずといった様子で側頭部に手を当てて、溜め息をついた。
「すまない。危うく父や兄に恥を掻かせてしまうところだったな」
「……まあ、そうならない為にも俺たちがいるんだけどな?」
 言って振り返れば紫瑪瑙の瞳が緩く細められ、軽く肩を竦めてみせるのが見えた。些細なミスを未然に防げたのに気落ちしているアウィンの肩を掴むと、加減しつつも様々な思いを込めて揺さぶる。
「っ、おい」
「何でもかんでも一人で背負うなって言うんだよ! 全部包み隠さず話せとは言わないがな。そりゃあ傲慢ってもんだ」
 誰しも言えないことはある。バレバレでもアウィンが己の口から彼の根幹に居座っている悩みを話したことが今まで一度もないように。光に当たって青みがかって見える髪を無遠慮に掻き乱すと流石に鬱陶しがられて、振り払われてしまった。そうして顔をあげた彼に、にっと笑いかければ唖然とした表情になる。アウィンは視線を流した。その先にいるのはもう一人の補佐官かつ幼馴染。くつくつと聞こえる声に、顔を見なくても表情が伝わる。それを見て、ふ、と蕾がかすかに開き始めたような、そんな微笑が浮かぶ。つられて自然な笑みが溢れ出した。
 女は一人じゃない等という台詞は許嫁がいる自分に言えたことではないと知っている。ただそれでも一人間としてのアウィンを見てくれる何者かが現れ、愛し合うなんて夢物語が。現実に起きてほしいとそう願わずにはいられないのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
おまかせノベルの新仕様を見た瞬間、もしも機会を
いただければ絶対やりたいと思っていたことでした。
とはいえ、関係性や喋り方がイメージと違っていたら
ただただ申し訳ない限りですが……書いている本人は
カロス時代のアウィンさんを再び想像してみるのが
とても楽しかったです。今はいちゃいちゃラブラブで
幸せ一杯、地球で暮らす未来が待っているからこそ
初恋のときの周囲の人の様子に触れてみたかったです。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年05月07日

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