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『墓守の耳』
ノゾミ・エルロードla0468


 ある屋敷の主人にレヴェルの可能性あり。その情報を得たSALFは来栖・望(la0468)に潜入調査を依頼した。望はそもそも戦いをあまり好まず、しなくて良いなら敵意すら向けないこともある。そう言う意味では、一般人のレヴェルの相手としては適任だ。なにより、本職のメイドなので、カモフラージュとしても申し分ない。偽のメイドを送っても、すぐに露見する。
 そう言うことで、かなり急な話ではあったが、望は普段使っているメイド服を持ってその屋敷へ向かった。出迎えの執事は事情を知っていると言うことだったが、そんなことはおくびにも出さない。まるで望が潜入でも何でもなく、本当に新しいメイドとして来たかのように振る舞い、一通り屋敷の説明をした。
 家族写真が飾られていた。妻らしい女性と、娘らしい少女の家族写真だ。娘は母親似の様だった。
「こちらが旦那様のお部屋です」
 ある部屋の前で、執事が言った。望も普段は大きな屋敷にメイドとして務めているため、どこに主人の部屋があるかはなんとなく想像が付いていた。やはり、という気持ちで頷く、
「旦那様には、商売柄あまりよそには持ち出せない書類も数多くございます」
 執事は望の目をじっと見た。
「くれぐれも……『私に無断で中にお入りになりませんように』」
 つまり、証拠探しで中に入る時に自分に言えば、主人の気を逸らすなりなんなりしてくれる、ということだろう。
「わかりました」
 望はこっくりと頷いた。

 住み込みということだったので、望は一室を与えられた。荷ほどきをして、端末を取り出すと、本部に中間報告を入れる。
 そう言えば、他の家族は紹介されなかった。屋敷の中にいるのだろうか。それが少し気がかりだったが、執事の方も、本物のメイドではないからと割愛したのだろうか。
(そう言うところからボロが出てしまっても困るのですが……)
 あるいは執事も慣れないことで緊張しているのかもしれない。折を見て尋ねるとしよう。
 さて、メイドとして入ったからには仕事をしなくてはならない。掃除の手順などについては説明されている。早速、主人の部屋を掃除しよう。主人は出掛けている様だが、一応執事に断りを入れて、部屋に入る。流石に全く掃除をしないのもまずいので、一通り綺麗にしたところで引き出しなどを調べ始めた。しかし、出てくるものは当たり障りのないものばかり。
(そんな簡単に見つかるはずもありませんね)
 その時、彼女の目は書架の一冊に引き寄せられた。ハードカバーの児童文学集だ。結構読み込まれているようだが、そこまで年月は経っていない。主人が幼い頃のものではなさそうだ。他の書物と並んで、明らかに浮いている。
(写真のお嬢様の本? でもどうしてご主人のお部屋に?)
 疑問に思っていると、執事が呼びに来た。主人が帰ってきていると。望は元通りに片付けると、部屋を出た。


 それから、数日は何事もなく過ぎた。ある時、彼女が屋敷内を掃除していると、
「あなた」
 不意に声を掛けられて、望は心臓が口から飛び出しそうになった。潜入捜査を引き受けたは良いが、生来の臆病さというのはある。振り返ると、少女がそこに立っていた。十歳くらいだろうか。顔色が悪い。
(写真で見た……)
 家族写真に写っていた少女だ。病気でもしているのだろうか。望は膝を軽く曲げて目線を合わせ、微笑み掛ける。
「初めまして、お嬢様。来栖望と申します」
 丁寧に挨拶する。青白い顔をした少女は望の袖を引っ張った。
「お願いがあるの」
「なんでしょうか?」
「こっちに来て」
 少女が向かった先は、主の書斎だった。入る時は執事に言うように、と伝えられているが……娘の付き添いなら大丈夫だろうか。望は少女に続いて部屋に入った。娘はまっすぐ本棚に向かう。
「これ、私の本なの」
 本棚の中で異彩を放っていた、ハードカバーの児童文学集だ。じっと望を見上げている。望は後ろを振り返りながら、そっと本を抜いた。
「私は墓守のお話がお気に入り」
 それを聞いて、望は少しだけどきっとした。自分も、元の世界では墓守だったから。
「そうなんですね」
「パパもそれを知ってる」
「どう言う意味でしょうか?」
 少女はじっと望の顔を見つめた。望も見返していた。息を詰めて。やがて、少女は弾かれた様に駆け出すと、部屋を出て行った。
「あ、待って……」
 しかし、足音は聞こえない。もうそんなに遠くまで行ってしまったのだろうか。
「墓守の話って……」
 目次を見て、該当の話はすぐにわかった。ページを開くと、封筒が入っている。望の心臓がまた跳ねた。深呼吸をして中身を取り出し、開くと、それはこの屋敷の主人が、レヴェルの団体へ多額の金銭を提供している確固たる証拠だった。


 その後、望がどうしたかと言うと、単純だった。主人を説得したのだ。彼女は包み隠さず自分の身分と目的を明かし、証拠を突きつけて説得した。
「お嬢様が教えてくださいました」
 そう告げると、それまで否定していた彼は、憑き物が落ちたように納得して、自ら出頭した。

「あのさぁ、望」
 報告を終えると、オペレーターのパメラ・ハーロウは少し神妙な顔になった。
「はい、なんでしょうか?」
「女の子に会ったって言ったわよね?」
「ええ、お嬢様だと思うのですが」
 結局、家族は紹介されなかったままだ。あの子はなんと言う名前なのだろう。
 相手は黙って、新聞記事を表示させた端末を彼女の前に出す。数年前の日付だ。
『ナイトメアが切り裂いた家族の団らん 少女死亡』
 望は目を瞬かせた。記事の中身は見出しの詳細だ。彼女の目は、被害少女の写真に釘付けになっている。
 望に父親の秘密を托したあの子の顔だ。
「急だったから、家族構成について伝え損ねていたわね。彼がレヴェルになったのも、この件がSALFの落ち度だと思ったからみたいなんだけど、それは置いとくとして、やっぱりこの子だったの?」
「ええ」
「そっかぁ……あたし、幽霊は信じないんだけど」
 パメラは端末をオフにした。
「そう言うことってあるんだわね……」
「そうですね……」
 彼女の望む形で、自分は応えられたのだろうか。
 そうであって欲しいと願うけれど、確かめる術はない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
「SALFに所属した理由」欄の、「常に傍らに寄り添っていたはずの、声も先も消えた世界」という所から色々妄想しました。
メイドとして入ったら家族構成とかちゃんと確認するだろう、とか色々書いてても思うことはあるんですが、少女幽霊から秘密を託される望さんというのは書いてみたかったので……!
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月07日

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