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『月うさぎ開店準備』
マーガレットla2896


 薬屋「月うさぎ」の店主であるマーガレット(la2896)は、目の前にある小さな四角い箱を前にして首を捻っていた。
 小型のレジスターである。
 薬屋を開業するに当たって、店舗経営に必要なものを色々と買いそろえた。マーガレットは別世界からの放浪者であり、エルフと呼ばれる自然と調和する種族である。なおかつ、元の世界では科学や機械などはない。
 ゆえに、「こんなので良いんですか?」と、こちらの世界では機能も少ないと言われている物であったとしても、マーガレットからしたらどこをどう押せば良いのかもわからない。
 なので、付属の取り扱い説明書を読んだ。まず売り物の値段を入力する。値段を確定してから、客が出した金額を入れる。そうすると、チーンという軽快な音と共に下のキャッシュドロアーがバネ仕掛けで自動的に開くという仕組みだ。おつりがディスプレイに表示されているので、その金額だけ渡す。
(仕組みはわかりました。便利ですねぇ。でも……)
 ぴっ、ぴっ、と何度か押して、マーガレットは首を傾げた。
(間違えた数字を押してしまったら、どうしたら良いのでしょうか?)
 取り扱い説明書によると、クリアボタンを押せば良いのだそうだ。試しに適当な数字を押して、クリアボタンを押してみる。なるほど、確かにゼロになった。
「ふむ……間違えても直せるのはありがたいですね」
 しかし、説明書を読み進めて、マーガレットの顔は再び困った表情になる。
「せいさん……」
 そう、店をやるからには、一日の売り上げを精算する必要がある。このレジではそれもできるらしい。差し込んだキーを「精算」に合わせて、一日の売り上げの総額レシートを出して……。
 マーガレットは途方に暮れた。
「む、むつかしいです……」
 頭の動きに合わせて、とんがった耳に飾った真珠がゆらゆらと揺れる。
「今日はこのくらいにしましょう」
 説明書を畳む。初めての事だらけで、まだまだわからないことの方が多い。それでも、少しずつでも前に進むしかない。
 鍵をオフに回して、引っこ抜く。そう言えば、この鍵もなくしてしまったらまずいことになるだろう。ひとまず、カウンターの一番よく開ける引き出しに入れると、自室に戻って、手製の根付けを持って戻った。デフォルメされたうさぎと、小さな金色の鈴がぶら下がっている。もし落っことしてしまったとしても、鈴が鳴るからすぐにわかるだろう。
 ちょっと気になって、レジスターの鍵穴にもう一度差し込んだ。キーの上に引っかかったうさぎは客からも見える。話題作りにも良いかもしれない。レジに鎮座している愛らしいうさぎは、不慣れな機械を扱って少し疲れたマーガレットの癒やしにもなった。
「ふふ」
 マーガレットは微笑むと、もう一度鍵を抜いて、引き出しに戻した。
 ちりん、と小さく鈴の音がした。


 開店までまだ日はあった。来る日も来る日も、マーガレットはレジスターの操作を学んでいる。説明書を一行一行、丁寧に読み、
「これは……ああ、このボタンですね。略語の意味が……こちらのページでしょうか」
 うんうんと唸りながら理解を進めている。略称などでよくわからないものは、紙に意味を書いてキーへ貼り付けた。
 とは言え、元々高度な知識を要求される巫女であり、薬師であり、言葉と意味を結びつけること自体は決して不得手ではないのだ。そうでなければ、神に捧げる祝詞の文言を覚えることができようか。常人なら舌を噛みそうな名前の漢方をすぐに調剤することができようか。薬草を見分け、効能ごとに混ぜることをできようか。また、読書が趣味でもある彼女は、文字を読んで理解することも決して苦ではない。開業までにやらなくてはならないとは言え(そして、いざとなったらレジスター以外で会計したって良いのだ)、そんなに慌てることでもない。
 そうやって少しずつ進めていく。数日もすれば、レジスターはすっかりマーガレット仕様になっていて、テンキーを叩く彼女の白くて細い指の動きも軽やかだ。チーン、と高らかに音が鳴って、ドロアーが開く。その勢いでレジスターが少し揺れると、挿した鍵についたうさぎと鈴が揺れて、一拍遅れてちりりと鳴った。
「ふふ」
 慣れないこちらの世界のものが、ようやく自分に寄り添ってくれるようになってくれた、その感覚に達成感を覚える。マーガレットは微笑むと、ドロアーを戻して鍵を抜いた。


 そして、数日後、薬屋「月うさぎ」は開店した。新しい漢方のお店ができたらしい、と言う話は少しずつ広まって、来店者も少しずつ増えていく。その度にマーガレットはレジスターのテンキーを叩き、会計キーを押して軽やかなベルの音を鳴らす。そうすると、うさぎと一緒にぶら下がった、鈴の音が控え目に鳴るのだ。
「可愛いですね。どこで買ったんですか?」
「ありがとうございます。自分で作ったんですよ」
「すごいですね!」
 そんな会話もちらほらと。マーガレットはその度ににっこりと笑う。耳の真珠がゆらゆら揺れる。

 根付けのうさぎに見上げられて、それはさながら月のようでもあった。


 今日も無事に一日が終わった。店を閉めて、売り上げを確かめる。特に釣り銭間違いなどはなかったようだ。安心である。帳簿を付けて、片付けると、鍵を回してレジスターをオフにする。ちりり、と鈴が鳴った。
「今日もありがとうございました」
 小さく囁いて、引き出しにしまう。灯りを消した。少しずつ日は長くなっていて、窓からは夕陽が差している。
 その、橙の光が、耳の真珠を同じ色に染めていた。
 もうすぐ月の色になるだろう。

 沈む日と、反対から登る白い月と同じ色に。

 マーガレットは最後の仕事、戸締まりの確認を終えると、カウンターを後にした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
マーガレットさんは機械に不慣れ、ということだったので、レジスターに触る話を書かせて頂きました。
不慣れというのはまったく使えないという意味ではないですし、読書がお好き、なおかつもとは高度な知識が要求される巫女で薬師のマーガレットさん、必要な情報が揃えば使えるという形で描写させて頂きました。
実際のお店では何を使って会計や帳簿をつけてらっしゃるかはちょっと気になりました。個人的にはそろばんも似合いそうだな、などと。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月07日

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